第116話 こんな時代にろぉどまっぷって
今回の毛利編、作者の推しは輝元ではなく
『戦国のほいけんた』こと、ほい元清ですw
シリアスな場面で敢えて空気読まないキャラって大事よね。
俺の発言に紅茶を啜っていた誰もが手を止め、優雅な雰囲気が一瞬にして凍り付く。変わらないのは4男のほい元清が嫁の食べきれなかったメインディッシュの仔羊に骨ごとしゃぶりついている咀嚼音だけだ。
何と答えるべきかと迷う表情を見せた輝元に、小早川隆景が立ち上がって傍らに行き、何やら耳打ちしている。
「この大毛利の首都たる広島を発展させ、これを中心に毛利領を革新的発展地域として完成させる事は、壮大なますたぁぷらんに則り綿密なろぉどまっぷに基づいて10年計画の元に、行われておるのであります。
その大義の為に発展が遅れ犠牲を被る領地が出るのは仕方のない事、であります。それも他が全て豊かになればとりくるだうん効果によって下々の暮らしにも恩恵がしたたり落ちるようになっておるのであります。
それが分からんのか!」
うっわぁ、なんだかマスタープランだのロードマップに基づいてだのトリクルダウンがどうの、語尾のあります口調とか、どこぞの政治家みたいなことを並べてきやがったぞ。
俺も大体分かんないけどこの時代の人間がそんなの、普通に分かるわけがない。現に元春は訳の分からないワード満載で言いくるめられて頭を抱えている。きっと出雲の窮状を訴えるたびにこんな感じの対応をされてきたのだろう。
元清以下の面々は微妙な笑顔でうんうんと頷いているが多分、誰一人としてよく分かっていないんじゃないだろうか?そもそもこんな単語が出てくる段階で1つの可能性にしか行き当らない。
「あのー、えっと……転生者、なの?」
外れてたらエライ事になるなぁと思いながらもおずおずと聞いてみる。しかし……
「はぁ? 何じゃそのテンセイシャとは? 何処ぞ朕の知らぬ国ではスッピィチの事をそう呼ぶのか!?」
うん、今の反応で確信した。コイツじゃなかったわ。
「コホン、あー、我が主は『今の言葉は輝元様自らのお考えになった言葉なのですか?』とお聞きになりたかったのだと思います」
軍監がここでナイスなフォローを入れる。この場面で『転生者』って言葉に対して反応して動けるのはコイツだけだったからな、助かった。海に突き落とさないで正解だった、って初めて思ったわ。
「なぁんじゃ、聞き慣れんと思えば献策する者の事か。普段はここにおる小早川隆景叔父の息子・元景が朕の南蛮主義を完全に理解してくれて色々と献策してくれておるのじゃがの。
この晩餐会で隆景叔父が広島に来ている隙を突いて備前の宇喜田直家めが攻め込んでくるやもしれぬ、と隆景と入れ替わりに備中高松城にて睨みを聞かせてイタタタタッ」
俺の視界からギリギリ見える角度で隆景が輝元の足を踏みつけているのが見えた。その顔を伺うと『余計な事をベラベラと喋ってくれやがって』と言いたそうな表情だ。だがこちらとしてはこれで、押さえておくべき相手が明らかになった。あとはその人物に直接対峙してその真意を明らかにするだけだ。
「アナタはそうやって、人の言いなりで良いの? 本当にそれが正しいと思ってる?」
黒幕が分かった以上、ここでのやり取りはもう必要ないかと思っていたのだが、ここまで隣で黙って話を聞いていた光が輝元を睨みつけ、鋭い口調で問いかけた。聞かれた輝元は急な発言にしどろもどろになりながらもこう答える。
「ち、朕は周りの者の言い分が最もじゃと思って、寛大な心で聞き入れてやっているだけじゃ。それをなんじゃ、そんな風に……」
「可哀そうに。これまで誰も本当に『あなたの為』を思って何かを言ってくれる人は周りに居なかったのね」
光は憐れむような表情を浮かべながらそう言い放った。言われた輝元は流石にその態度が見下されていると思ったのか、無礼だとかギャーギャーと喚きたてるが、それを全く意に介せず凛とした声で話を続ける。
「私にも出来の悪い兄が1人いてね。その長兄を支えるために他の兄たちが必死で奔走してるの。でもだからと言って兄たちの誰一人としてその長兄を悪く言ったりはしない。何故か分かる?
それは長兄が家族や領民たちの事を何よりも一番に考えている事を皆が知っているからよ」
光が『出来の悪い兄』と語るのは間違いなく慌て者で調子に乗りやすくて美味いものに目が無い、北条家の現当主である氏政の事だ。アイツは今頃、遠く小田原城で噂をされてくしゃみでもしてるだろうな。
「そういう事は本来ならば両親や兄弟・近しい者たちとのやり取りの中でお互いを大切に想う気持ちを知り、自分の治める領内に住む民たちにもそれぞれに大切な家族があると分かって自然と育まれるべき、領主に必要な心よ。
でもあなたは早くにお父様もお爺様も亡くし、兄弟もなく年の離れた叔父たちの中で毛利家の当主として立派なフリをしないといけなくなった。だから誰かを大切に想う心なんて持てないままで今に至った。違う?」
「おのれェ、言わせておけばたかが小娘が女の分際で朕に説教など生意気な!」
輝元は今にも腰に下げたサーベルを抜きそうな勢いで椅子から立ち上がろうとする! が、それは目の前に掌を突き出しながら怒鳴った光の一喝に圧倒された。その姿に一瞬、岳父の姿を思い出す。
「侮らないの! 今アナタの目の前に居るのはただの小娘じゃない、紛れもなく関東の獅子・北条氏康の血と魂を継いだ娘よ! 今アナタに向けた言葉も間違いなく父・氏康がこの場に居たならそう諭していたわ!」
確かに、あのビッグなダディならそれぐらいの事を言いそうな感じはする。それも全く同じ口調で。光はそこから緩急をつけるように、今度は懇願するような口調で言葉を注ぐ。
「だけどね、貴方の事を想ってくれている人はちゃんといるのよ。
御方様、新庄局様は自分の息子たちと同じくらいにアナタの事を心配で、不憫でならないと言っていたわ。元春さまもよく御方様に『叔父ではなく父の代わりと頼って相談して欲しいし、いつでも力になりたいと考えているのに、何かすれば隆景に謀叛の意思ありと捉えられかねないから見ているだけしか出来ない』と零しているそうよ。そこまで想ってくれている人たちの声を聞き入れるつもりは無いの?」
吉川夫妻は二人とも気まずそうな表情を浮かべている。多分だけどこの二人は、自分達だけならばそう思っている事さえも伝えずに居たはずだ。誰よりも領民や家族を想っているのに口下手で、それを言う事で何かが変わるよりもと自分の内に感情を閉じ込めてしまう。でも、こういう事はきちんと口に出した方が良い。それが本人の口からでは無くても。だが。
「御屋形さま、惑わされてはなりません。この者達はそのような戯言を並べ、吉川家の良いように毛利を操ろうとしているのです」
「へぇー、それは一体、どちらの思惑かな?どうせまた脅し文句でも耳打ちして言う事を聞かせようとするんだろ?」
「貴様! 客人とはいえ、この小早川を愚弄するとは許さぬぞ!」
自分に有利な方へ話を持っていこうとする小早川隆景を牽制する。この男が知略と叔父という立場を駆使して輝元を傀儡に仕立て上げて実権を握っているというのは戦国好きな前世の弟からすでに具体的な事案も込みで情報を得ているからな。何ならこの場でソレについて追及したって良いんだぜ?
「ええェーい、もう止めじゃ!! 止め!」
急に輝元が叫んだ事でまた場の空気が変わった。俺も隆景も言葉を止め、輝元の方へ向き直る。
「朕は気分が優れぬゆえ、晩餐会はこれで終わりとする。客人も両叔父も部屋に戻られよ。朕は朝餉の時間まで寝るゆえ、誰も訪れるでないぞ」
それだけ告げて天守閣の最上階に続く狭い螺旋階段を上がっていく輝元。なんか反抗期の中学生みたいなキレ方だな、と思って似たようなセリフを吐いていたアイツの事を思い出す。今頃どうしてるだろうか?
「はま寿四郎殿! 今宵ばかりは『義輝様よりの使者』として寝所の用意はしておく。だが夜が明けたら即刻、この安芸より立ち去るがいい! 」
そう言い放って踵を返す隆景の背中を睨みつけながら、俺達も用意された部屋へと大人しく戻ることにした。




