第95話 蹴鞠から始まる領土防衛
「殿! よくぞご無事で! 」
「だ~から言っただろ?ウチの寿四郎にサバも行くなら大丈夫、って」
「うむうむ、そういう事だ。まあ、万が一があっても俺が居るから大丈夫だが」
駿河の本拠地・田子の浦にある俺の居城、三枚橋城。
慌てて戻るなり駆け付けた作戦会議室には俺の帰還に胸をなでおろす軍監や多羅尾の他に、それほど心配した様子の無い魚兵衛兄と、久しぶりに見る顔が中心に座っていた。
「氏真! 」
元・今川家当主でこの駿河の国主だった男、蹴鞠王子こと今川氏真である。今はもう「今川の苗字など邪魔なだけだ」と言って蹴鞠の名家である師匠から名乗りを許され「飛鳥井【鞠王丸】氏真」と名乗っているらしいが。
「駿河・遠江の地里と各城主を務めてる奴らの事なら大体わかってるからな。蹴鞠で言う『でふぇんす』の配置と考え方は同じ事だ」
そういって机に広げた駿河・遠江の地図に何本もの線が書き込まれた配置図を見せる。そしてその線上には味方の名だたる譜代家臣の名前を書いた木札が全て置かれていた。
あぁこういうの、確かにサッカー解説なんかで見た覚えがあるぞ。このポジションだと選択できるパスコースがコレとコレで、でもディフェンス側がここを塞いでると何処にもパスが通らない、って奴だ。しかも中には俺が把握していなかったり予想だに出来ていない進軍ルートも書き込まれてそれらも全部、対策のための配置が置かれている。うーん、これは見事なディフェンスですね氏真ジャパン!
「その中で特に敵が押し寄せてくると思われるのはココとココだろう」
そう言って指をさしたのは俺達が日頃、甲斐との交易に使っている富士川沿いを通るルートと、富士城の北・本栖湖のほとりを抜けて朝霧高原(朝霧ヶ原)から南下してくるルートだった。
「このうち、富士川沿いは騎馬の大群で通るには不向きな上に岩などを落として道を塞ぐのは容易。川を使って筏で攻め入ろうとする者は川に杭を打ち、木々の間に幾重も網を張れば勝手に引っかかって自滅するであろう」
「この作戦、俺が考えたんだ。定置網で魚を獲るようなもんさ」
そう言って愉快そうに魚兵衛兄が笑う。こっちの方は魚兵衛兄に任せて大丈夫そうだな。
「さて、こちらのまっすぐに南下してくる方だが……ココとココに砦を置き、本陣はこの辺りで迎撃するが良かろう」
氏真がそう言って「はま寿四郎」と書かれた木札をバチンと置いたのは高原のど真ん中だった。
「こんな所で迎撃するって、それこそ武田騎馬軍団の格好の餌食じゃないか!?」
さすがにちょっと言ってる意味が分からないので反論する。
こちらはつい最近、小谷城の戦いで騎馬隊を大量に失ったばかりなのに対して、武田自慢の騎馬軍団は聞いた話じゃ1万騎以上。
しかも機動力がフルに発揮される高原での野戦なんて、どう考えたって不利な条件でわざわざ勝負を仕掛けるようなもんだ。それよりも細い山道で待ち伏せて戦った方が良いんじゃないか?
「こちらも相手も大した損害を出さず撤退させるような『引き分けの戦』で良いなら確かにそうだろう。だがそれで勝頼は黙って駿河攻めを諦める男か?」
いや、確かにそれでは同じ戦を何度も繰り返すだけだ。その間に織田・徳川が更に勢いづいたり、勝頼を支持する声が甲斐に広がったら国力では間違いなく勝てなくなる。
ここで勝頼を仕留めるためにはハイリスクハイリターンな戦いを選ばなければいけないのか。
「だが別に勝ち目のない戦いを挑んで来いという訳ではない。
一見するとこちらの不利な状況で油断を誘い、勝頼の性格・地の利・用兵の妙を用いれば十分に損害を与える事は出来る。その為の策はお前の仲間たちがちゃんと用意しておったみたいだぞ」
氏真の言葉で軍監と多羅尾がそれぞれ用意していた策を明かす。
それはこれまでに試してみた事の無い作戦なので実際、使ってみない事にはわからないが、確かに上手く決まれば効果のある作戦だ。
「俺は安部川沿いの山奥にある金山に向かう」
「安部川沿いの金山?」
「そうだ。今はもう採掘しつくして廃坑となっているがな、その坑道の一部が甲斐と繋がっているのだ。このことは金山の存在も含めてごく僅かな者しか知らないが……
甲斐武田でも知っている者ならばそれを攻め手として使わない道理はない。俺がそこを叩く」
氏真はそう言うと悪戯っぽくニヤリと笑う。まったく、これだけ戦術の才があるのに大名として復帰する気はないとか、その才能が欲しい奴からしたら勿体なさすぎるぞ。
「そうだなぁ、お前にはもうちょっと戦術の何たるかを教えてやっても良いと思ってるが……代わりにたまには蹴鞠の稽古に来いよ?お前ぐらい鞠を蹴れるヤツが中々居なくてこっちは困ってるんだ」
うぅ、あまり気乗りしない交換条件を付けられてしまった。だが今回の礼もあるから、状況が落ち着いたら一度くらいは蹴鞠の相手に出向いてやるかな。
「それから、お前がこの城に戻ってきたら会いたいと言っておる者がこの駿河に来ている。若芽と言ったか、そこに連れている女と共に面会するがいい」
「わ、私でございますか?」
「ああ、お前がよぉーく知ってる人物だ。じゃあ俺はこの辺で失礼するぞ」
そう言って立ち上がり、城から退出しようとする氏真。
「そうだった、言い忘れてた。寿四郎」
「なんだ?」
「……勝てよ。お前ならどんな苦難でもこの駿河を守れる男だと信じたから、俺は駿河をお前に任せたんだ」
まっすぐに俺を見据えてそんな言葉をくれた元上司で友・氏真に俺は深々と頭を下げた。




