第94話 8年ぶりの再会、か。
偶然にもサバと合流できて三河脱出に成功してから数時間。俺達は夜になってようやく、浜名湖の東側で遠江の拠点都市・比奈浜の城下町に辿り着いた。
ここから駿河までは海沿いに安全な街道で30里(約120km)くらいなので馬なら明日の朝出ても夕方までに十分着ける距離だ。
今日のところはとりあえずこの町で宿を取る事にしたのだが、余計な気を利かせたのか勘八郎と左馬之助は別の部屋を取ると二人で連れ立って酒でも飲みにと出かけていってしまった。
残されたのは俺と若芽の二人だけ、しかも通された時点で幅が広めの布団が一組だけ敷かれた部屋で並んで正座したままの状況だ。何だこの気まずい感じ?どうすればいいのか前世の記憶をもってしても全く分からないぞ。
横に並ぶ若芽を見やると俯き加減で目線を合わせないようにしながら、それでも気になるのかチラチラとこちらを見ている。
ええと……8年前のあの時は不甲斐なくてゴメン、って言う所から始めるべきだろうか?それとも、そんな事は気にしていない様子で普通に接するべきかな?そうしたいとは思っても、あれから8年間何してたのかとか、今は俺に替わる誰かが側に居たりするのかとか色々気になり過ぎてそれも出来る気もしないけどっ。ヤバい、なんか色々考えすぎて変な汗が出てきたわ。
そうやってそわそわと落ち着かないでいると、急に目の前が薄暗くなり唇に体温よりも少し温かいものが触れる。一瞬遅れて若芽の方から唇を重ねられたのだと気付き、今までの緊張と伴って奥歯がガチガチと震えだす。
「寿四郎さま。無事に駿河に戻ったら祝言を挙げようって言ってくれた話……本気ですか?」
熱を伴った潤んだ目で見つめながら目の前の若芽にそう問われる。
アレは……なんというか勢いで言ってしまった話で。でも離れてしまった事をすごく悔やんで、それがやっと再会できたのにそれを奪われてしまうと思うと気が気でなくて。やっぱり俺の所に戻ってきて欲しいと思っているのは本気の部分で。だから。
そんな色んな気持ちが入り混じって何と答えたら良いか分からずに微妙な表情をしていると、突然「ぷっ」と声に出しそうな感じで若芽は表情を歪め、真面目な雰囲気とは打って変わって笑い出した。なんだよ!?人が真面目に悩んでるってのに。
やがてひとしきり笑いが収まると、穏やかだけどどこか愉快そうな表情を浮かべながらこう言った。
「あーもう、そういう優柔不断な所とか全然変わってないんだから。でも、今の表情で大体わかりました。
今さら『実はアレ、本気じゃなかった』と言われたってワタクシはあなたに付いて行きますからね。覚悟しておきなさい、だ・ん・な・さ・ま♪」
そう悪戯そうに言うとさっきよりも深く強く、唇を押し当てられる。どこまで俺の思っている事を態度から読まれたのか分からないけど、やっぱり俺はこの人の笑顔には勝てる気がしない。こんなに長く離れていても。
そうして俺達は8年分の時間の長さを埋めるように、深い夜に沈んでいった。
次の朝。
「おう、昨夜は随分とお楽しみだったみてぇじゃねーか。相変わらずお熱いね~お二人さん」
「馬鹿もう、このサバ頭!」
「お嬢! さすがに全力で拳骨はねぇだろ?馬鹿になっちまうじゃねえか」
「もう充分馬鹿よアンタは! むしろ8年経って進化も無いのは退化と呼んでもいいわ! 」
こんな風にこの二人のやり取りを目の前で見る日がもう一度来るとは思わなかった。二人とも、俺の不甲斐なさに愛想を尽かして出ていったっていうのに。朝から泣きそうにさせるなよ。
「サバはホントに全然変わらないな」
「若までそう言うのか?こう見えても俺だって少しは進化したんだぜ?」
そう言って自慢そうに腕の筋肉を見せる左馬之助。確かに戦い方はなんていうか、気迫は増して別人な気がするけど。
「そういえば『青鯖海賊団』って名乗って武蔵の海では大暴れだったらしいな。あと剣術大会メチャクチャにしたとか氏政から色々聞いてるぞ」
「げえっ、その話は……まあ、武者修行だよ武者修行! んで、強くなって戻ってきた、と」
「でも頭が良くないのは相変わらずよねぇ」
左馬之助から得られた情報は若芽からのものとほとんど一緒で、どうやら俺が甲府から稲葉山への移動中に信玄は息を引き取ったらしい。
その日のうちに勝頼は「信玄の遺言で武田の後継者となった」と宣言。それと共に実は数か月前に信玄には無断で織田信長の仲介で美濃の遠山景任の姪にあたる竜勝院という女性と婚姻を結んでいた事、これからは西の織田と組んで東海方面に攻め込む方針である事を大々的に喧伝したのだそうだ。
そして、北近江・小谷へ向かった俺の軍勢が織田勢に強襲され全滅、俺は行方不明になったと多羅尾の手勢から連絡が入り、三枚橋城に来ていた左馬之助が「とにかく自分一人でも馬で小谷へ向かう!」 と危険を省みず単騎でここまで乗り込んできたのが昨日の朝。
今頃家臣たちは俺不在の中、誰がどう取り仕切って駿河を武田の手から守っていけば良いのかと不安に駆られている事だろう。やはり急いで駿河の本城に戻らなければ。
「そんな不安そうな顔すんなって。この左馬之助様が居りゃ大丈夫だ! 」
「そうだな……勘八郎はこの先どうするつもりだ?」
この先は襲われる不安なども無いと思うし、サバも居るから大丈夫だとは思うが、付いてきてくれるなら心強い。
「うーむ。このままでは長らく過ごした駿河・遠江の地が武田によって蹂躙されるかもしれんと思えばこの大潮 勘八郎、黙って見過ごすわけには参りませぬ。此度は寿四郎殿の元、刀を振るいましょうぞ! ただ、全てが片付いたら寿四を……」
「わかったわかった、たらふく食わせてやっから」
義憤に駆られて寿司偽造工作の現場に火をつけたり、圧倒的不利なのに坊主軍団に喧嘩売ったりと無茶苦茶な奴ではあるが、腕が立つ奴だし居てくれれば強力な味方である事に変わりはない。
大義がこちらにある事と、寿司が褒美である事が味方してくれる条件なら安いものだ。どっちがコイツにとって優先順位が高いのかは分からんところではあるけど。
そうして俺達は武田が攻めてくるという情報で混乱の最中にあるであろう駿河・田子の浦へと急いで戻ったのだが……
着いてみると意外と混乱していなかった状況に、むしろ俺達が混乱する事となっていた。
書いていてふと考える、女性側が離れた相手に
「8年間も変わらず想い続ける」なんて事は
実際にあるものだろうかと。
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