第93話 俺の理性に継続ダメージin三河
翌朝早く、勘八郎の泊まる宿で厄介になった俺達は馬に跨り、遠江を目指す事になった。昨夜は彼1人で泊まる予定の狭い部屋に3人で雑魚寝な上、勘八郎のイビキはうるさいし隣に若芽が居て気になるしでよく眠れなかったが、俺と若芽の素性が知れない身分では宿も馬も調達できなかったワケだからだいぶマシなほうだろう。
駿河まで60里(約240キロ)のうち、尾張・三河を通るのが約半分。それも人目に付きにくいルートを選んで周囲を警戒しながらの移動なので結構大変な旅程になる。戦支度の為に早く駿河へ到着したいのもあるし、三河領内で野宿なり一泊となるとトラブルの危険も出てくるのでさっさと三河は通過してしまいたいところだが、果たしてどうなるか。
また、それとは別で俺には二人に言えない問題も抱えていた。
「若芽殿。尾張・三河の領内では織田・徳川勢や三河一向衆の者、また余所者の我らが通るのを不審に思う者らから逃げる場面も出てくるであろう。そのような急場のために寿四郎殿にしっかりとしがみ付いておるのだぞ」
勘八郎が調達できた馬は2頭に対して乗るのは3人。となると必然的にこちらは二人乗りとなってしまう。そこに俺と若芽の事情は知らない勘八郎がこのような助言をするもんだから、馬に乗っている間、若芽が俺の背中にぴったりとしがみ付いているのだ。
腕を回して抱きすくめるようにしがみ付き密着されていると、若芽の胸に2つ付いている柔らかいたゆんたゆんがずっと俺の背中にあたる。それが馬上の揺れも伴って俺の理性に継続的にダメージを与え続けている事を多分、二人は知らない。
いや、知っていてわざとやられてるとしたらコレ何の拷問ですかってレベルだ。おまけに急な登り降りで鞍の振動が強くなると若芽の俺の腰に回した腕の力が強くなり、必然的に押し付けられるたゆんたゆんの圧も継続ダメージ量も増加する。そこに首元というか耳の裏辺りに熱い吐息が掛かるのがもうなんていうか……別の意味で地獄だった。
ねえコレ、『生殺しの刑』って言うんですよね多分。それとも「これに耐えて不動の心を手に入れてこそ真の武将になれる!」的な修行なのかな?だとしたらお、俺も修行が足りないんだなきっと><
そんなこんなで敵に見つかる不安と俺の理性が崩壊する不安の両方を何とかクリアし、三河と遠江の国境・浜名湖の北の山中まで辿り着いた頃には昼下がりになっていた。山地を抜けて平野部にへと繋がる街道の入り口で次の出発に向けて馬を十分に休ませる。普通の旅なら街道は安全だからゆっくり進めて山地は危険を避けて足早に進むのだが敵地である以上、逆に遮蔽物の無い村を横切る道などの方が見つかるリスクを考えると危険なのだ。
完全に遠江の領地に入るまではあと5里(約20キロ)ほど。なんとか三河兵に見つからずに突っ切れるかと考えていた時だった。
「いやあ、このような山道でのんびり休憩とは、随分と腕に自信があるようですなぁ」
「ほんにほんに、我々など野伏せりに遭わぬかと心配になりますがなぁ」
わざとらしくそう言って、笑いながら茂みの方からぞろぞろと出てきたのは頭を剃って黄色や橙などの派手な色の袈裟を着た坊主の集団。マズい、聞いていた特徴通りであればコイツ等は三河一向宗の連中だ。
「見た所、そちらは武士にも旅人にも見えませぬが商人の一団でござりますか?」
「あ、ああ。本来は船で戻る所だが、急ぎの用があって馬で伊豆へと向かっている」
集団のボス風の男が無遠慮に俺の真横に近付くと馴れ馴れしく話しかけてくる。戻る先を徳川の敵である駿河か遠江と答えると面倒そうなので敢えて伊豆と答えてみたが、訝しそうな表情だ。
「伊豆とな?まあ良いか。そちら様は西の地にて随分と儲けて来られたのでしょう?これも良い機会じゃ。その銭は是非ここで、阿弥陀様の為に寄進されてゆくがよろしかろう」
そう言ってにじり寄って来る坊主ども。用は有り金全部ここで置いて行けっていう脅しか。
最もそうな名目を振りかざす分だけ山賊よりもよほど厄介だと思ったが、騒がれて徳川兵を呼び寄せられるよりはマシだ。どうせそこまで有り金は持ってないしと思って銅銭の入った袋をその場に置き、馬に跨ってその場を足早に去ろうとすると馬の進路を遮られた。
「人は生まれる時も死ぬときもたった一人、裸一貫となるもの。銭以外にも女子に馬、腰に下げたその刀も現世で手にした無用の長物でござろう。ここに置いてまいるが良い。命さえあれば人など生きていけよう」
いやまさか金だけじゃなくそこまで全部置いて行けとは言われると思っていなかったわ。この時代に丸腰・無一文で歩いて100キロ以上も移動するとか間違いなく途中で野垂れ死ぬに決まってるじゃん! とんでもねぇな!
「それならばまずは御坊様がたこそ、そのように物騒な槍やら鉄砲など銭に換えて寺の修繕の足しにされたらよろしかろう?威圧で無理な寄進を迫る事など、阿弥陀様がお望みでござろうか?」
「あァ!? 貴様、阿弥陀様を愚弄するか!? 」
無理な要求を流石に突っぱねようかと思ってた矢先に、勘八郎が坊主に煽りを入れて一触即発の状況となる。だが勘八郎は涼しい顔で槍を構えて立ち塞がる坊主を切り伏せ、槍を奪ってその一本をこちらに投げた。
「突っ切りますぞ! しっかり付いて参られよ! 」
「えっ……あっ」
「寿四郎さま! 急ぎましょう! 」
それを受け取るが早いか、今度は俺の馬の後ろ側に横向きで飛び乗った若芽が、鉄砲を構える坊主にクナイのような物を投げつけながら馬の腹を蹴り発走させる。てか、そんなに器用に動き回れるぐらいなら、わざわざしがみ付いてきてたのって何だったのか。やっぱわざとじゃねえか……って今はそれどころじゃないか。
「何事じゃ!? 」
「松平さま! この者どもは商人に扮した遠江からの間者に違いございませぬ」
全力で逃げている間にも、騒ぎと坊主どもの告げ口を聞きつけて三河の兵が続々と駆け付ける。次々と目の前に現れる敵兵を勘八郎が馬での突撃と槍での斬り払いで薙ぎ倒し、俺の槍と若芽のクナイで後方から追いついてきた兵を打ち払ってはいるが前方との斬り合いの都度、移動速度を緩めざるを得ないので中々集落を抜け出せない状況だ。そうしている間にも前から後ろから詰めかける敵兵の数はどんどん増え続けている。
そうしてついに集落から山へと向かう一本道の上で俺達は前後から取り囲まれる形となった。左右は泥の深そうな田に挟まれ、馬では抜けられそうにない。馬でも3頭並んでは進めないような幅の道に前後それぞれ20人近くは居そうな兵達がじりじりとにじり寄っている。
「勘八、さすがにこの状況は」
「諦めたらそこで試合終了でござるよ」
どこかのバスケ指導者みたいな熱い台詞が飛び出すが、それで突破口が開けるわけでもなく前方の敵をどう抜き去るか勘八郎も思案しているようだ。と、その時
「おらァァァァァどけぇぇぇぇえ!! 」
山道の方から気勢を上げて薙刀を振り回しながら勢いよく突っ込んでくる一騎の武者の姿が見えた。三河兵はどよめき、弓を持った者たちが向きを変えてその武者に矢を射かけるが、狙いの絞れていない矢は見当違いの方向に飛んでいくだけで、逆に武者の振るわれた薙刀に何人もが犠牲になる。その隙に勘八郎も全速力で馬を掛け前方の敵兵たちの間合いに入り込み、斬り払いで敵を殲滅していた。
「あァ? なんだテメェら!? 俺ァ若の元に急ぐんだ。邪魔すんなら敵でも味方でもぶった斬る! 」
「……サバ?」
「え? あれ?? ……若?」
近付いて話し掛けてみるとそこには、ざんばら髪を無理やり頭頂で結って鉢金を巻いたヒゲ面の、見覚えのあるヤツが居た。




