第92話 ある「ヤバいブツ」って、これの事か!
ある感想を戴いたので注意書き。
当作品は無茶展開を楽しんでいただく
戦国エンターテイメントコメディです。
今回は37話以来となる武将が登場します。
「それとも……そっちの女に『身体で払ってもらう』かだなぁ?俺達の所でよ」
熱田の湊から「あるヤバい物」を運ぶ目的で、唯一東側へ出ている船に乗せてもらう事をお願いした俺達に、ヒゲ面のヒャッハー風な男はまさしくテンプレ的にそう言った。
そして男は下品な笑みを浮かべながら若芽の胸元を品定めでもするように遠慮なくガン見している。それって要求している内容は間違いなくアレな事だよな?そんなの到底許せる話じゃない。
だが、ここで騒ぎを起こして尾張の兵にでも突き出されるか交渉決裂で船には載せられないと言われたらそれも一巻の終わりだ。若芽の表情を見やると諦めの混ざったような顔で俯いている。俺は……どうすればいいのだろうか?
「ダンナは納得いかねぇようだが女の方は物分かりは良いようだな。それじゃ早速こっちへ来てもらおうか」
「待て! 待ってくれ……この女とは、無事に駿河に戻ったら祝言を挙げようと思っているんだ。だから」
「旦那……様?」
思わず口を突いて出た言葉に自分でも驚きながらも、ヒゲの男におとなしく連れて行かれそうになる若芽の手を掴んで咄嗟に止める。そして、腰に下げていた刀を空いている方の腕で鞘ごと持ち上げると男の目線の前に突き出した。氏康にかつて貰った、今となっては形見の名刀・村正だ。
「これは我が家に伝わる家宝の宝刀、売れば100貫にもなると言われている。それなりに使い古してはいるがその半値ぐらいは付くはずだ。どうかこの刀で勘弁してほしい」
「ダメです! 旦那様、私のような者のためにその刀を手放すなど」
悲痛な声を上げる若芽とは対照的にほほうと言いながら刀に手を伸ばすヒゲ男。だがその手が刀の鞘に触れるどうかの所で一旦腕を下げ、男を睨みつける。
「だが、本当に船はちゃんと出るんだろうな?俺達を商人だと思って巻き上げようとしてるだけだったら絶対に許さないぞ」
「へええー、どう許さないっつぅんだ?」
男が言って顎をしゃくると、朽ちた砦からやり取りを遠巻きに見ていたと思われる男たちが槍やら刀やらを手にワラワラと出てくる。最初から俺を騙すつもりだったのかは分からないが、やはりこういう連中との交渉は俺には上手く出来ないようだ。村正の鞘を払い、取り囲む連中と対峙する。
防具も無しの状況で2人VS10数人なんてどこまで戦えるのか、果たして勝てたとしてもこれからどうするかも決まってはいないが、無抵抗で無慈悲にすべてを奪われるよりはマシだろう。
「賊を相手に怯まぬ態度、己が愛する女性を守るために家宝をも顧みぬ心意気。気に入った。加勢いたす」
槍を持った盗賊崩れっぽい男たちが四方から攻撃を繰り出そうかというその時、物陰から何かが動いたかと思うと俺を取り囲んでいた何人かがあっという間にその場に倒れていた。何が起こったのかと驚く間もなく、乱入してきた一人の男によって盗賊崩れの集団は倒されていく。
「我が名は遠江浪人、大潮 勘八郎なり。我が刀の錆となりたい者は前へ出るがいい」
「くっくそ、こんな鬼強ぇ用心棒を雇ってやがったとか聞いてねえぞ!みんな逃げろ」
一瞬にして十人近い仲間を打ち倒された事に焦ったヒゲ面の男とその仲間たちは一目散に逃げていく。その場には俺と若芽と大潮の三人だけが取り残された。
「ありがとう。おかげで助かった」
「なんの。この大潮 勘八郎、義によって手助けしたまで。それより、拙者はこの中のモノに用があったのじゃ」
そう言ってずかずかと酒とすえた匂いの籠もる賊の巣窟に入っていく勘八郎に、躊躇いつつも俺達も続く。
「コレじゃコレ! おそらくは攫ってきた女どもに作らせておったのじゃろう!全く、誰がこのような事を考え付いたのか分からんが、けしからん! 」
「ゲホゲホ……うん。確かにコレは見捨ててはおけないヤツだな」
奥に向かうにつれてどんどんと臭いの強くなる建物に鼻をつまみ、息をなるべく吸わないようにしながら進んだその先に積んであったものは……
琵琶湖と言えば、の現代でも日本三大臭い食べ物に入る伝説の食材・鮒寿司だった。それらが詰められた木箱にはご丁寧にひとつひとつ『駿河謹製 寿四』と焼き印が付けられている。こりゃ確かに、すげー匂いがするわけだ。
「駿河の寿四が限られた者しか食えんので、遠江では『コレが本場の寿四だ!! 』と言って売り歩かれておった。
それを食った者が皆『こんな物を美味いというヤツは味覚がおかしい』だの『いや味覚どころか頭もおかしい』とか『どうせ麻呂だの雅だの言ってる奴が有難がって食べる物』だのと言っておってな。本物の『寿四』の味を知る拙者としては許せん事態だと思い、義憤に駆られてここまで嗅ぎ付けて参った次第! 」
誰だよ鮒寿司なんか寿司と一緒にしやがった奴は!?確かに同じ『寿司』とは付くがとんでもないネガティブキャンペーンじゃねえか!おまけに駿河謹製なんて入れるとか……嫌がらせにも程があるだろ。
「そういうワケで此処は……こうさせていただく」
勘八郎は建物内を照らすために置かれた松明をおもむろに手に取ると、それをまだ空いている木箱の積まれた方へと投げ込む。少し時間を置くと松明の火は木箱へと燃え移り、バチバチと音を立てて燃え広がった。それを見つつも別の場所から松明を取ってきては建物内の燃えそうな物にと次々投げ込んでいく勘八郎。
「いやちょっと、さすがにやり過ぎじゃ……」
「このような場所、残しておいてはまた同じことが起きまする。もはや使えないというくらいに壊滅させるのが最善! 」
建物はもう既に何カ所も火の手が上がり、消火するのは困難であろう状況になっている。それを見て勘八郎は「うむ、これで粗悪な鮒寿司など作れまい」と満足そうに建物から出る。
あのー、確かにそっちの問題は解決したと思うんですが、俺達の駿河脱出の手立ての方は??
「おっと、そうでしたな。拙者が馬を用意し、用心棒を務めて必ずやお二人を駿河までお連れいたそう。謝礼は……そうですな、ちゃんとした駿河の『寿四』を食べさせていただけるならば」
まさかの申し出に驚くが、この男が腕は立つことは間違いないし、そもそも他にそれしか道はない。こうして当初の計画からは大幅に変更となったが、俺達は陸路を馬で尾張・三河を抜ける事にしたのだった。




