第91話 尾張脱出!?
商人の恰好に化けた俺達二人が辿り着いたのは織田信長の本拠地、尾張にある港・熱田湊。ここから船で海上を通って何とか駿河に戻れる方法を模索するところ、らしい。
甲斐武田が織田と手を組んだとするならば山中を通るルートは危険すぎる。かといって陸路で太平洋側を通るなら織田・徳川の領内を通る事となる。それならば海の上の方がまだ安全に通れるだろうという判断だ。
だがしかし、公式には敵対国である東側の遠江・駿河・相模と尾張・三河を結ぶ交易船は出ていない。
何処の国にも中立の立場を示す貿易の町・堺までいけば駿府・田子の浦・小田原行きの交易船があるが、陸路で行くのは危険すぎるし船で行くにも距離ロスが多すぎて日数がかかる。武田がどれくらいの期間で国内の兵をまとめ上げ駿河へ侵攻してくるかはわからないが、できる限り早く戻りたいと思っている中でその遠回りは致命的だ。
そんなわけでどんな手段を使ってでも構わないから何とか駿河まで、最低でも三河を越えて浜名湖の遠江側まで行ってくれる船はないか、怪しまれないよう気をつけながら片っ端から探してみたが、そんなルートは何処にも見つからなかった。
「旦那様、申し訳ございませぬ。せっかくここまで来ていただいたのに」
「構いません。この方角しか道は無かったのですし」
湊にある茶屋で並んで一休みしながら若芽と話す。何処に耳があって素性を知られるかも分からないので商人のフリで便宜上「旦那様」と呼ばれているのだが……こうしていると夫婦だった頃に戻ったみたいに感じて悪い気はしない。もっとも、若芽の方は仕事だから無理して一緒に居てくれてるだけなのかもしれないけれど。
「なあ、あのさ……俺達」
「旦那がた、東に向かう船を探してるって聞いたんだが興味はあるかい?」
意を決して若芽に話しかけようとしたところで近付いてきた男に会話を邪魔される。いかにもヒャッハーとか叫びそうな感じの下品なヒゲ面の男だ。何だよ、良い所だったのに! でも、気になる事を言ってるな。
「そんな船があるのか!?」
「まあまあ、表には出せねえ話なんで、こっちへついて来てくだせえ」
男はヒッヒッヒと下卑た笑いを浮かべながら俺達に同行を促す。かなり胡散臭い気しかしないが、俺達の探しているルートに繋がる可能性がそれしかないなら賭けてみるしかない。仕方なしに男の進む先へと俺達は付いて行く事にした。
熱田の湊を少し離れて寂れた感じの山道へと入っていく。舟に案内してくれるものとばかり思っていたがそういうわけでは無さそうだ。現代で言ったらマフィアみたいによほどヤバいモノでも運んでいるからか、それとも俺達を腕っぷしでは敵わない商人だと思って有り金でも巻き上げようと企んでいるのか。
「ここだ」
ヒゲの男が顎でしゃくった先にあるのは朽ちかけた砦のような建物だった。中からは品の無い大声で叫んだりしている大勢の声が聞こえ、酒とすえた様な匂いがしている。どう考えても海賊か山賊の類の住処で間違いない。
「俺達ゃこの尾張から東側に『あるヤバい物』を送るために船を出してる。事と次第によっちゃあその船に乗せてやらない事も無え」
かなり怪しい話だが本当ならまさに渡りに船としか言いようがない。積み荷が何なのかは当たり前に気になるが、駿河一国の、いや遠江も含めた旧今川領の存亡にかかわる事態となればここだけは目を瞑ろう。
「だが不審な点がある。何でアンタら商人如きが積み荷も持ってねえのにそんなに急いで東に帰ろうってんだ?馬で陸から行けば済む話だろうが」
眉間にしわを寄せてそう話す男はかなりこちらを疑っている様子だ。確かに『ただの商人だったら』こんな無茶を犯す必要も無いし、疑われるのも無理もないだろう。さて、どうして返したものか。
「実は……京で手に入れた貴重な『金平糖』なるものを、東国に逃れた『とある高貴なお方』へお届けせねばならないのです。このような物を持って馬で移動すれば、私達のような商人などは野伏せりに遭うか関所でこの貴重な金平糖を没収されるか……つまり他に道がないのです」
若芽がそう言って胸元から漆で塗られた小さな箱を取り出す。もちろん中身は金平糖ではないだろうが、この時代は砂糖を使った菓子はものすごく貴重品で、中でも南蛮渡来の金平糖というのは一粒で金の一粒と同じ値段で取引されるぐらい希少な物だというのは聞いたことがある。
「そうかそうか……だったらその品の半分を俺らに寄越すか、10貫(約100万円)払うかだな」
「なっ!? 」
提示された値段に思わず驚愕する。若芽の話を本当に信じたかは分からないが、それでもさすがに船の渡し賃で10貫は法外な吹っ掛けようだ。堺から小田原までですら2人で大体300文(約3万円)だというのに、いくら密航でも簡単にはいそうですかと出せるような値段ではない。そもそも、実際は商人じゃないからそんな大金持っているわけがない。
俺のそんな手の内を何処まで読んでの事かは知らないが男はさらに無茶な代案を提示してきた。
「それとも……そっちの女に『身体で払ってもらう』かだなぁ?俺達の所でよ」




