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キミが得るはずだった1000年間

「やぁ、やはり来たね」

扉の先で穏やかだがどこか軽快な声がゼンを迎える。


この空間、神域を統べる主たる唯一神の姿があった。

それよりもゼンが驚いたのはこの珍妙な空間だった。

コタツにみかん、その床は畳が敷かれ完全に和風の空間になっていた。そのコタツに鎮座もとい完全に寛ぐ姿の唯一神がなんとも言えない。

「何やってんだよあんたは?」

「いやはや、この空間はよいものだね。ゆったりできる。しかし君には申し訳ないことをした。さぞ辛い思いをしただろう」

部屋の一角に置かれた薄型テレビに自分のこれまでの記録映像が映し出されている。それはもう和風の部屋というか日本の一般的家屋のそれだった。

「あっ?あ、あぁ。いやまあそれはもう別にいいんだよ」

あまりにもぬるっと本題に入ってきたため、微妙な反応になる。

「ここで君を見ていたよ。君が最初に来ることは分かっていたからね。他のみんなもじきにここを訪れるだろう」

神はコタツの上のみかんに手を伸ばし皮をむきながらテレビ画面に目を向けていた。

「アイツらが?どういうことだよ」

「先日彼らにも共鳴が起きたんだよ。1000年という永い年月を生きた彼らもいよいよその力を返しに来るんだ。人というのはやはり興味深い」ゼンに手招きをしコタツに入るよう促すと神はそのまま話を続けた。「神の代行者を名乗ったある者は使命を果たしたと感じ一転して神の従順な下僕となり、唯一無二の王を名乗ったある者はその王位を子孫に託し、欲望を満たさんと自らの楽園を築いたある者はその欲が満たされたことを感じ怠惰になり、世界を渡り歩いたある者は未知の未知まで知り尽くし、また神に敬愛を示していたある者は教えを託し自らは神のもとへと帰ることを決意した」

そうつらつらと軽快に語る神の顔はやはり表情が読めなかった。

「あの自己中な連中がね。時の流れってやつか」

「君もそうだろう?」

はっとして伏せていた顔を上げた。神は微笑んでいた。まるで、不貞腐れる子供を宥める親のように。

「以前の君ならここに来ることは出来なかった」

「そうかもな」

だがそうはならなかった。ゼンは五人に裏切られ封印されたのだ。その事実はどうあっても変わらない。しかし、永い年月というものは人の怒りや憎しみすらも奪っていくらしい。それが今のこの状況に繋がった。

「でも、彼らが過ごした1000年は君が得るはずだった時間でもある」

神は続ける。

「だからこそ君には選ぶ権利がある。彼らと同じく僕に力を返しここで共に過ごすのか、もしくは彼らが得た時間と同じく1000年の時を地上で過ごすか。君はどうしたい?」

「その1000年とやらはアイツらがすごした時代のことか?過去からやり直せるのか?」

ゼンの質問に神は首を横に振った。

「いいや。過去には戻れない。過去も未来も現在も、これはとうに過ぎた時間だからだ。時の流れは生物が感じる風のようなもの。常にそこに存在し、物体が動く時にそれも動いたと錯覚するようなものだ。君が得るのはこれからの新たな1000年だ」

「・・・・・・そうか」

神の言葉の意味は半分ほど理解できなかったが、聞きたいことの答えは得られた。つまり、自分はどうあっても封印された事実を変えられないらしい。

ゼンは少しの間考え込む。どちらを選択するか、どうすべきなのか。だが、やはりどう考えても答えは変わらなかった。

「俺は地上で生きるよ。あいつらとはちょっと顔を合わせ辛いんでな」

ゼンははにかむように笑い、そう答えた。

この答えに神は少し寂しそうな顔をしたがすぐにもとの表情に戻り手を鳴らした。

「では君に新たな超越者としての時間を与えよう」

いや待ってくれ、とゼンは神の言葉を遮る。「超越者の力はいらないんだ。俺は地上で普通の人間として普通の寿命で生き、そのまま死にたい」

ゼンからすればこの力は元より過ぎたものだった。こんなものがなくとも生きていける。なにより、この孤独な時間を過ごした後に再び自分一人だけの時間など持ちたくなかった。

「いいのかい?超越者で無くなれば君は英雄にも神のように扱われることもないんだよ?そんなただの人間でもいいと?」

「それが今の俺の望みだよ」

「君がこれから生きるのは君がいた時代から1000年がたった世界。もはや異世界と言ってもいい。君が知るものはなく君を知るものもいない。そんな時代にただの人間として生きるのは辛くないかい?」

「くどいぜ、神様よ」

「そうか。わかった。それでいいのなら僕は何も言わない。もとよりこれは君への詫びだからね。詫びついでにもうひとつ謝っておくよ。僕が与えた力は回収するけど、君はほかの五人と違って力を外に出すこともなく、また誰かに与えることもなかった。それはつまり僕が与えた力が君の中を1000年間循環し続けていたわけで、その過程で力の一部が君の中に溶け込んでいるかもしれないんだ」

神はさも申し訳なさそうに語るが表情は特に変化はなかった。それがいっそう不気味に見えた。

「は?つまり・・・・・・なんだよそれ」

「君は純然たる超越者になってしまったということさ」

「は?はあああああっ!?ちょっ、まっ、なんで」言い終わらないうちに神が手を振る姿が遠のいていく。

「さあ、行っておいで。君の新たな人生に幸福があらんことを。僕はいつでもここで見守っているから」

にこやかに見守る神の顔が今度は遠巻きながらもはっきりと見えるようだった。



そして目の前が真っ白にフェードアウトしていった。

終始神への罵詈雑言が飛び交っていたがそれは一体誰のものなのか・・・・・・もはや答えはいらないだろう。



**********




気がつくとゼンは真っ白い無機質な空間にいた。時折、青白い光が構造体のつなぎ目のラインを走るように流れていく。体はやはり無機質な立方体に覆われこちらも光が走っているようだった。

これまでとは何かが違っていた。

軽く、身体を揺すってみる。すると、1000年間ビクともしなかった立方体は途端に小さなキューブ状に散らばり崩壊してしまった。

呆気なく崩れたかつての封印具にどことなく寂しさを感じたのはきっと気のせいではないだろう。仮にも永い時間を共にすごしたのだ。多少の思い入れがあってもおかしくは無い。

・・・・・・やはりおかしいか?

何はともかくこれでようやく自由の身だ。

「よっしゃあああああああああああああああっ!!見たかコノヤロウ!ヘイヘイヘイっ!っておぉっと服が風化しちまってるよ。素っ裸じゃんかよ。さすがに服はないとまずいよな。いくら1000年後の世界で倫理感も法も変わっちまってたとしても素っ裸で歩いていいなんてことは無いだろうし。うーん、どうすっか・・・・・・あっそうだよこんな時はあれだ」

そう言うとゼンはおもむろに空に手を伸ばし何かを掴むような動きをすると空間に歪が生まれ穴が空いた。そこに手を突っ込み雑な動きで穴の中をまさぐるように掻き回すとあったあったとひらりと布地を数枚引き抜き広げてみせた。

「これを、こうっ」そう言って手をかざし魔力を布地に注いだ。すると、あっという間に布地は簡素な黒無地のインナーとパンツに生まれ変わる。残りの布地でズボンとシャツを作るとゼンはそれらに着替えた。そこまでしてようやく「いやめっちゃ魔法使えるぅ〜〜〜!?」と現状を理解した。


ゼンは頭を抱え、床にあぐらをかいて思考を整理する。異空間にものを収納出来る収納魔法、そして物質を同質の別のものに作りかえる錬成魔法が使えるということはやはり超越者としての力が残っていると考えていいだろう。それらは1000年前でも異質の超上級魔法に分類されていた。この時代の魔法がいかほどかは知らないが、並大抵になるほど安くはならないはずだ。

「外の状況も分からないんじゃなぁ」

はぁ、と大きめにため息をついた。これをどう受け止めればいいのか、皆目見当もつかない。


・・・・・・・・・ま・・・・・・・・・ぜ・・・さま・・・・・・


「?」今誰かの声がしたか?と思いゼンは当たりを見渡す。が、無機質な白い空間が広がるばかりだった。

「・・・・・・気の所為か・・・・・・?」

不可解ながらも思考を戻す。すると再び声が今度ははっきりと聞こえてきた。


「・・・ま・・・・・・ゼン様!」


「!!」

やはり誰かいる!

ここは自分以外立ち入ることは出来ないはずだった。ならば誰が・・・・・・?

身構えると目の前に仄かに光る何かが近寄ってきた。それはよく見ると光の玉のようでそれでいて生物とは違う高密度のマナに溢れていた。

「精霊か・・・・・・?」

「お久しぶりでございます、ゼン様。1000年前あなた様にお仕えした光精霊、ユースティアリスでございます。この度のお目覚め誠にお慶び申し上げます」

流暢に喋るその光の玉はみるみるうちに人の形へと変わっていった。だが仄かな光は変わらずそのからだから放たれており人間というには存在が薄すぎた。

「ユースティア・・・・・・ユースティアリス!そうかお前か。懐かしいな。ずっとここに?」

人の型となり跪く格好をとる精霊に対しゼンはようやくそれが誰なのかを思い出したようだった。

確かに1000年前ゼンと主従の契約を交わし共に戦場を駆けた覚えがある。

「はい。しかし今の私はかつてあなた様が契約を交わした精霊とは同じものにして別の存在にございます」

「と言うと?」

「私どもはあなた様がお目覚めになるその時に備え常に最盛期の力を保てるようにと定期的に死と転生を繰り返しておりました故、今の私は10代目のユースティアリスになります」

「そうか、という事はこの1000年、100年周期で代替わりをしていたわけか」

「左様にございます。ゼン様。この1000年間私どもはあなた様の身を守りその目覚めを待っていたのです」

尚も頭をたれ続けるその精霊にゼンはもういいと顔を上げるよう促す。

「なるほどなー。どおりで随分俺の体が綺麗だったわけだ。近くにうじゃうじゃ魔物の気配を感じているがそれもお前たちが?」

「いえ、それは違います。あの魔物どもはこの地下空間“コキュートス”に巣食うものです。そのマナの源はあなた様が発せられる膨大な魔力の漏れなのです。それを求めて奴らはこの地下空間に生まれ出てたと考えられます」

ユースティアリスは気遣うように間を置く。ゼンの応答を気にかけているようだった。その気配を感じとりゼンは会話を促すように疑問を投げつけた。

「それで?どうしてあいつらは近寄ってこないんだ。餌が俺から漏れ出した魔力というのならそのご馳走がここでじっと待ってるんだ。襲ってきてもいいと思うが・・・・・・」

「それが・・・・・・あなた様の持つ魔力によって生まれたものでも、ここには近づけないのです。あなた様が無自覚に発せられる威圧・・・・・・覇気を恐れているのです」

「覇気?」そんなもの出した記憶は無い。だがこの精霊がそう言うのであればそうなのだろう。それが無自覚という事か。と考えた時にようやくなぜこの精霊がここまで畏まるのか理解した。

「すまない、まさかと思うが今もずっとダダ漏れなのか?」

精霊は無言で首肯する。

それならばこうもしつこいくらいにへりくだるのも頷けるというものだ。その原因である本人が気付かないとはなんとも滑稽な話だろう。ゼンは意識して自分から漏れている魔力と覇気を収めることに集中する。

存外、意識しさえすればすんなりと知覚できた。やってみるものである。

「これでいいか?急に収めたものだから魔物が襲ってこなきゃいいが」

精霊はようやく気が落ち着いたのかすっと立ち上がり周りをぐるっと見渡すと、首を横に振り安堵のため息をついた。

「どうやらまだ警戒して居るようです。すぐには襲ってこないでしょう」

「ふむ。とはいえこのま放っておくのもなんだ。外に出るついでに・・・・・・あと眠気覚ましの運動がてらにいっちょここいらの魔物どもを蹴散らしていくか」

拳を打ち鳴らし、ゼンは意気込む。

「しかし一つ問題が」

「問題?どうしたんだ?」精霊の言葉にゼンは関係なしとばかりにシャドウボクシングのように拳を空に打ち出す。

「ここにいる魔物は1000年間、あなた様によって生まれそしてあなた様を食えずにいたのです。その結果、なんと言いますか・・・・・・共食いが起きてしまったようでして。その、ここにいる魔物は全て・・・・・・」

「全て、なんだ?」手を止め精霊に向き直る。

「全て、かつてあなた様が戦った魔王軍幹部と同等、つまり超上級の魔物ばかりなのです」

「まじか・・・・・・」とゼンもさすがに絶句する。魔王軍幹部と言えば、一体で国を滅ぼせるほどだったはず。そんなのがここにはうじゃうじゃといる訳だ。

「仕方がないな。そんなものがいるのなら余計倒していかないと。うん、魔法が使えるというのならあれも使えるか・・・・・・」そう言ってゼンは収納魔法を使い、空間の歪の穴に手を伸ばす。そこから刃渡りがゼンの背丈程もある長剣を取り出した。

「よし、問題ないな」

「ゼン様、その剣は?」剣が取り出された瞬間周囲のマナがピリッと張り付いたのを精霊は感じた。

この剣は普通では無い。なにかとてつもない力を秘めているのが分かる。

「俺が大戦末期に打った剣だ。確か当時でも超希少なアーティファクトの金属に俺の魔力を込めて造ったんだったな。戦いの最中だったから名前もまだつけてないんだ。まぁ、今のところこいつは“無銘”とでも呼ぼうか」

ゼンはここまで語ってどこか違和感を覚えた。剣を造ったことは覚えているがなぜ造ったのか、それがいまいち思い出せなかった。

いやそれ以前に、自分が何故ここに封印されたのかその前後の記憶さえ無いことにようやく気付いたのだ。


なんだ、何か大事なことを忘れている気がする・・・・・・。なんだ・・・・・・?


「ゼン様?」

精霊の声にハッと意識を取り戻す。

「よ、よし。とりあえずさっさとここを出よう。魔物ならこの剣で一撃だ」

「かしこまりました。ゼン様。では私も共に参りましょう。私どももこの1000年ただ無益に死と転生を繰り返していた訳ではありません。その過程でとある力を手に入れたのです」

そう言うと精霊は大仰に手を胸の前にかざしそして《精霊進化!》と詠唱する。

精霊を纏う光はやがて大きくなり完全に精霊を覆うと眩い光が地下空間を包み込んだ。



光が徐々にしぼんでいく。そしてそこからひたひたと足音がする。

「ユ、ユースティアリス?」

ゼンは恐る恐る声をかけた。

「はい。ゼン様」

ゼンは言葉を飲み込んだ。光から現れたのは存在の薄れた精霊ではなく、明らかに人間、それも薄緑に染る長い金髪を揺らし凛々しくも美しく整った容姿、そしてスラリとしなやかに伸びた四肢に小ぶりながらもほどよく実った双丘に目が移る・・・・・・「ってユースティアリスさん!?なんで裸!?」

「申し訳ありません、すぐにお召し物を・・・・・・」そう言ってユースティアリスは魔法で衣服を整えた。その見た目はいわゆるファンタジー御用達とも言うべきやけに露出のある薄手の衣装だった。胸元や腰周り、挙句おしりの上にいたるまで白い肌が見えていた。所々にある金色の装飾が煌びやかだが他の要素に目が移っておまけ程度にしか見えない。

「なんでそんな格好・・・・・・」

精霊に伝わる由緒正しき正装なのか。

「あなた様が昔お読みなっていた書物にこのような服装の少女たちが目立っておりましたのでお好きなのかと・・・・・・」

違った。

自分の黒歴史を垣間見せられた気がしたがそれは無視した。ユースティアリスはあまり羞恥心とかはなさそうだった。

「というか精霊進化って言ってたか、それ。」

「はい、精霊特有のマナを器に凝縮し存在としての質をあげる魔法です。今の私は精霊であり人でもある・・・・・・しかしその本質は超越者であるあなた様に近しい存在となりました」

「うーん・・・・・・なるほどな。わかるようなわからんような・・・・・・。というか精霊が進化して人型になるとかそれなんてエロゲ?」

「えろげ?」

「いやなんでもない。気にしないでくれ」

ゼンは剣を手にコキュートスを駆け出した。ユースティアリスもまたそれに続く。

際限の無い永遠に続くとも思っていた空間は殊の外あっさりと壁に突き当たった。

「見えない壁・・・・・・てところか?」

「空間魔法の一種かと思われます。何しろここはかの五人の超越者によって創り出された監獄なのですから」

「なるほどなこの程度お手の物って訳だ」

見えない壁はそっと触れただけではビクともせず、また強固な結界も施されているようで無理やり突破するのも困難だろう。

「ま、普通なら、な」

ゼンは不敵な笑みを浮かべるとその手に握る“無銘”を高く掲げ「砕けろ!このクソッタレの監獄結界が!」と勢いに乗せてそれを振り落とした。

剣の切り口から徐々に漏れ出す光とともに壁にヒビが入る。そしてついに完全に砕け散った。

「すごい・・・・・・たった一撃で」

ユースティアリスもさすがに驚嘆の顔を浮かべ声を漏らす。

「俺の剣“無銘”の力の本質は《崩壊》だからな。まっ、このくらいの結界ならこんなものだろ」

ユースティアリスの冷ややかな目線が気になったがゼンはとりあえず前進する。これはいわゆるあれか。「俺なんかやっちゃいました?」案件なのだろうか。そう思うとなんとなく気恥しい。二度とこんなことはしまいと心に固く違う。

「しかしあんな結界があるんじゃどのみち魔物は俺の元には来れなかったわけだな」

「いえ、おそらくあの結界はゼン様に対してのみ有効な結界かと。私は死と転生を繰り返す際この空間を脱して再び戻ってきていますから」

「なるほど。・・・・・・おっと、早速超上級のお出ましだ」

空間はいつの間にか薄暗く、そして細長く続く回廊になっていた。光源と言えば構造体の隙間を断続的に走る青白い光のみだった。

その微かな光に揺られ見えたのは、目の前をおびただしいまでの紅い眼光が群れる様だった。

「よっしゃあ!ぶちかますぜェ!」

ゼンは抑えていた覇気を一気に解き放つと怯んだ魔物に向かって“無銘”を振るい次々となぎ倒していった。

「私もまいります!」と、ユースティアリスもまたゼンに負けじと、まるで踊るかのように華麗に魔物を足蹴していく。

二人の前にもはや敵など皆無だった。



「これで、ラス・・・ットォ!」最後の一体を切り裂きその消滅を確認するとゼンは剣を床に突き立て大きく息を吐いた。

「さすがにこんだけやるのは、寝起きにはきついぜ・・・・・・」

腰をいたわるように小刻みに叩く。

「お疲れ様でした。ゼン様。これでコキュートスに巣食う魔物は掃討できたかと思います」

「おう、ユースティアリスもな。ここまで戦えるとは正直思ってなかった。今の俺たちなら二人で魔王だって倒せるぜ」

「ご冗談を」フフッと笑う所作もいちいち気品がある。「ゼン様、いよいよですね」ユースティアリスが上を見上げる。目の前には魔導を組み込んだエレベーターがある。箱ではなく、直接魔法陣が昇降する仕組みらしい。

「そうだ、ユースティアリス。俺たちはもう主従関係じゃないんだ。そのゼン様ってのはやめてくれ。なんだかむず痒い」ゼンはユースティアリスに詰め寄る。ユースティアリスはキョトンとした顔をしつつも思わず吹き出す。

「そうですね。私たちは主従関係ではなく、ともに地上を目指す“仲間”でしたね。」

そうだぞ、とゼンは首肯する。

「でしたら、私の事もユースティアリスではなくどうかティアとお呼びください。精霊としての私は秘匿すべきでしょうし、今はあなたの仲間のティアです」

ユースティアリスは微笑みつつも真剣な眼差しだった。わかったとゼンは受け入れる。

「それじゃあよろしくな。ティア」

「はい!ゼン」

二人は足踏みを揃えてエレベーターに乗った。



**********




「ゼン。地上についていくつか心得なければならない事があります」

エレベーターに乗り地上を目指す、その中層あたりでティアはゼンに向き直り神妙な面持ちで語り出した。

「まずあの剣。“無銘”は地上では絶対に使用しないでください。あれは世界の理に干渉するものです。地上で使えばその影響は計り知れません」

「やはり、地上はマナが減っているのか?魔法技術がどれだけかも分からないんだよな」

ゼンは腕を組み頭を傾げる。分からないを体現したポーズのつもりらしい。

「はい。地上のマナは1000年前に比べて確実に半減していると言っていいでしょう。故にゼンの使う魔法もその多くがロストしているはずです」

「うわぁ、まさしくこれが普通だろとやってみた事が一般的じゃなかったり、やばいことなのに気付かず俺なんかやっちゃいました?てなるやつじゃん。イヤだなぁ」

「そうですね。本当に気をつけてください」

どことなく冷ややかな目線が気になった。衣装の件もそうだが自分が封じられている間にティアは色々と知ってしまったのかもしれない。自分の趣味的なあれについて。

「いえ、あなたの趣味に関しては封じられる前から知っていましたよ。対戦の渦中でも構わず読み耽っているのを何度も見ていましたから」

「そうなのッ!?」何たる失態。そうか精霊だからどれだけ隠れようと意味が無いのか。いまさら気付いてもなぁ。ゼンはあからさまに動揺を隠せていなかった。

「この姿になって初めて感じました。異性から向けられる性的な眼差しの不快さを。いくら尊敬する人であっても気持ち悪いものですね」

「なぁ、敬語なくしてからなんかやけに辛辣じゃない?」

「気のせいでは?」

「やっぱきついじゃんッ!」

そんな不毛なやり取りをあと何往復かしたところでついに地上の光が見えてきた。

「地上だ・・・・・・」

コキュートスに流れていた人工的な光とは異なる、暖かくも眩しい光が全身に巡る血を沸騰させるように熱くした。

「戻ってきたんだな。地上に」

「はい。ここから再び始まるのです。ゼンの物語が。あなたの新たな人生が」

光が近付く。視界が白く染まり、ゼンは思わず目を瞑る。まぶたの裏から見える景色は赤みがかっていて自分が今生きているのだと実感できた。

そう、生きているのだ。あの永い時間の檻を抜け、自分はいま再び光の世界へと戻ってきた。

目を開き、世界をもう一度見よう。

「よしっ、行くぞ!ティア!俺たちの新しい冒険へ!」




「全員、武器を取れ!」

ウオオオオオオ!!

「我らは復活を遂げた魔王を討つ!」

ウオオオオオオ!!

「世界に仇なす悪を決して許すな!我らユリアスナイツの威権とユリアの旗に誓おう!」

ウオオオオオオ!!

「我らこそが唯一の正義であると!騎士たちよ!かかれえェ!!」

ウオオオオオオオオオオ!!!





無数の騎士の軍勢が扉をぬけた先の地上に待ち構え、一斉に向かってくる。


「いやいやいやいやいや、俺が・・・・・・魔王!?」

「そう・・・・・・言っていましたね」

訳が分からない。何がどうなってこうなったのか。

まだ、地上に足を踏み入れてすらいないのに。

「くそっひとまず応戦するっきゃないか!?」

ゼンは無意識に収納魔法を発動しその中に眠る“無銘”に手をかけた。「いけません、ゼンッ!」ティアの言葉にはっと我に返る。

「そうだったな、ここで抜いちゃいけないんだったか。くそ、面倒だな。それなら・・・・・・!」

足を1歩踏み出す。ようやく降り立った地上だがその感慨に浸る間もない。

「悪いな、まだ寝ぼけてんだ。加減間違えても許してくれよなっ!」ゼンを中心に風が巻き起こる。だがゼンが使ったのは魔法では無い。ただの威圧。しかし超上級の魔物すら怯ませる覇気を帯びた威圧だ。

ゼンに近い者から次々とドミノ倒しに気を失っていく。たぶん、死人は出ていないはずだ。ゼンにしてみれば先ほどの戦いの100分の1も力を出していない。

「ひっひいいいぃぃぃっ!」目の前の騎士たちが何も無く倒れていくのを見て後衛の騎士たちが脅えて情けない声を出す。

「なっ、何をした魔王!怯むな、立てっ!」指揮を執る赤い鎧を身に纏う騎士が明らかに動揺し、無茶な司令を出す。当然、騎士は戦意を喪失しているものがほとんどだった。

「ゼン。どうするのですか」ティアが僅かに身をかばいながらゼンに尋ねる。ティアもまた、ゼンの発した覇気威圧に気圧されたようだ。

「そうだな、あの中央にいる赤いやつ。あれ、指揮官だよな?」ゼンは、狼狽えながらも指揮を出し続ける騎士を指さした。「おそらく。目立ちますしね」「だな。よし、じゃあこうしよう」そう言ってゼンは特に説明もなく地面を強く蹴った。

土煙を激しくあげながら一気に跳躍すると、瞬く間にゼンは指揮官のもとへと降り立った。

「あまり手荒な真似はしたくないんだが」

「なっ、なんだ貴様!私に何をする!私は気高きユリアスナイツのっ・・・・・・!」

「なぁ、そのユリアスナイツってのはひよっとしてユリアの創設した騎士団かなにかか?」

腰を抜かす指揮官にゼンも腰を下ろして問いかけた。

「我らが女神の名を軽々しくよくも・・・・・・っ!やはり経典に描かれた通りの野蛮人だな。我らは我らが女神の経典に予言された魔王復活を阻止するため馳せ参じた聖騎士だ!覚悟しろ!」

近くで見ると、体つきが柔らかいのが分かる。鍛え抜かれているが女性特有の線の細さが感じられた。この女騎士の語るところによれば自分は永き時を経て復活を遂げるかつての魔王ということらしいが・・・・・・。

「〜〜〜っやっぱあいつか!なんてこと言いふらしんてんだ、あのロリババァ!」「ロリババッ・・・・・・!?貴様ッ!我らが女神を侮辱するのか!」

という事はこの騎士達はユリアの庇護下に置かれた国に属するものということか。

それならばと、「悪いな、少し借りるぞ」「はっ?」ゼンは目の前の女騎士に向かって睨みをきかせた。直接あてられる強い覇気に耐える術を持たず女騎士は気を失ってしまう。

「ティア!あとで俺の気配をたどって追いついてこれるか?」女騎士を抱え騎士の軍勢を挟んだ先にいるティアにゼンは大声をかける。

「はい、もちろんです。ゼン」ティアは意図を察し肯定する。

「じゃ、行くか」ゼンはさらに強く地面を蹴り大きく跳躍する。それはもはや“跳ぶ”というより“飛ぶ”と言った方が正確だろう。



騎士団の進行の痕跡を逆に辿り、二度か三度ほど地面を蹴りあげ空を移動する。

強い衝撃と風に当てられ女騎士が目を覚ます。しかし、ゼンに捉えられ、また空中にいるため身動きも取れない。かろうじて悲鳴とともに足をばたつかせる程度なのが少し憐れに思えた。

「おい、あんまり暴れんな。手元が狂う」

「は、離せっ悪辣非道な魔王め!私をどうする気だ!」

このままいくと最終的に「くっ殺せ!」とでも言いそうな雰囲気だ。それはなんだがいけない気がする。

「別に悪いことはしねぇよ。ちょっと人質・・・・・・いやちょっと道案内をだな」

「おい、今人質と言ったか!?やめろこんな、こんなの・・・・・・許されるわけが・・・・・・!」

尚も女騎士は抵抗を続ける。「あのなぁ・・・・・・」

「こんな、こんな辱め・・・・・・」おい、ちょっと待て「我が主君に合わす顔もない・・・・・・それならせめて」ゼンは先程までの自分の思考を思い返し冷汗をかく。


「・・・・・・くっ!ころ」

「言わせねぇよ!?」


なんてことを言い出すんだこの女騎士は。女騎士だからか。女騎士だから言うのか。

「言ったろ何もしねぇって。保険だよただの。それに見えてきたぜ、あんたたちの街が」

森を抜けた先、その更に奥に白い外壁が見えた。

遠巻きながらも見える、白く整えられた景観は美しく、ユリアの性格が垣間見えた気がした。


ユリア。彼女こそが五人の超越者のうちの一角、『慈愛の超越者』の名を持つ女性だった。規律に厳しく、また慈愛に満ちた聖職者でもあった。五人のなかで最も神に対する忠義が厚く、自ら神のための祭殿を手掛けるなど精力的に活動していた記憶がある。


ゼンは城壁に足を掛けた。

「待て!城壁には賊の侵入を阻む術式結界が・・・・・・!」女騎士が言い終わらぬうちにゼンはそのまま城壁を足掛かりに最後の跳躍をして見せた。

「結界が発動しない・・・・・・?」

「あんたと一緒だからか、もしくはここの主様にでもご招待いただけたのかな?」

ゼンは不敵に笑うと、眼前にそびえたつ、厳かな景観と不浄を阻むかのような一切の穢れなき純白の城を目指す。

衝撃と轟音が城を揺らす。

「どぉーも、お邪魔しますねぇ〜」

瓦礫と土煙の中から女騎士を抱えたゼンが大胆不敵に城内へ侵入する。

ここだけを切り取れば確かに女騎士を人質に侵攻してきた魔王と言われても否定出来ないかもしれない。

「なんだ。殊の外魔王っぽさ全開ではないか」

幼さの残る舌っ足らずな口調で出迎えたのはドレスに着飾った年端もいかないような少女だった。

「お嬢ちゃん一人?おうちの人誰かいるかなあ?」

ここまで切りとってもただの不審者である。

「居らぬよ。ここは我が城。他の親族はみな城下に住まわせております」

「我が城・・・・・・?君がここの主?」

美しい金の髪を胸の前で巻き、背に伸びる毛先もよく整えられている。身に纏うドレスも純白の絹織りで仕立てられ金や宝石など散りばめられた装飾が高貴な身分を思わせる。

そして何よりその容姿だ。白く透き通った肌に幼いながらも筋の通った鼻、口元は果実のように赤く張りのある柔らかさを感じとれる。その目元はエメラルドを思わせた。この特徴には見覚えがあった。

「・・・・・・ユリア・・・・・・?」

身を乗り出し反論しようとする女騎士を少女が手で制した。

「あなたの知る彼女よりまだ幼いでしょうが・・・・・・。えぇ、まあ、あえて肯定も否定もしませんわ。私、先祖返りだのなんだのとよく揶揄されておりましたから。大叔母様のご存命の時もよく見間違われたものです。」

粛々と語られる言葉にはやはり高貴な気品があった。時折見せるさり気ない所作も優雅に思えた。

「・・・・・・大叔母様?そう言ったか今・・・・・・?」

「あなたには耳がついておらんのか?ええ、そうです。私はユイ・ユリア・ユアリス。始祖ユリアの子孫にあたり、またその力の一端を受け継ぐ現代の超越者です」

「現代の超越者・・・・・・!?」

「まぁ、子孫と言えど直系ではありませんが。あの人は特定の相手も作りませんでしたし、あくまで血族と言うだけです。というかほんの最近までピンピンしてましたから」

なんだかどんどん愚痴っぽくなってきたなと思いつつもゼンは話に耳を傾ける。

「私もこのところ色々な手続きばかりで東奔西走しておりましたの。なのに、今回のこの騒ぎです。騎士団長」

「は、はっ!」

女騎士が不意に名を呼ばれ体を縮こませる。

「私は、予言に従い地下監獄から現れる最後の超越者を迎えに行けと伝えたはずです。なぜこんな大事になっておる?」

「い、いえ、私はその、予言に従い迎えに行けというのは暗喩で、てっきり、迎え撃つ、という意味かと・・・・・・思いまして」

しどろもどろになりながらも女騎士は弁明する。

「・・・・・・騎士団長」静かにそして怒りの籠った声がさらに騎士団長を小さくさせる。

「待ってくれ。ここまで大事にしたのは俺の責任でもある。あんまり責めないでやってくれ」

あまりにも不憫でゼンも思わず弁護してしまう。

「この者が勘違いしなければ今頃あなたは感慨深い1000年ぶりの地上を謳歌できておったのだぞ」

「うん、それはむかついている」

あっさりと返した手のひらに女騎士が泣き顔を見せて抗議する。



**********



「なんですかこの状況は」

瓦礫の散らばるテラスからティアが顔を出す。

「ティア。早かったな」ゼンは助かったとばかりに安堵の表情を見せる。

「えぇ、私はてっきりゼンは指揮官を人質にあの軍隊を向かわせた主と話をするものだとばかり・・・・・・」

ティアは二、三度周囲を見渡し尚も状況をつかもうとして小首を傾げる。

「いや、おおよそその通りだったんだが、どうやらこの騎士団長様の早とちりだったらしくてな。そこの主様いわく敵対するつもりは無いらしい」

「主・・・・・・?」とティアはユイに顔を向けてかつて共に戦った古い超越者の顔を思い出し驚愕の色を浮かべた。

「改めて名乗ろう。私はユイ・ユリア・ユアリス。このユリアシティを治める現代の超越者だ。以後お見知りおきを光の精霊ユースティアリス様。そして・・・・・・失われし六番目の超越者、ゼン様」

言葉の所々に挟まれる粗暴な口調はこの子の素だろうか。気品があると思っていたが取り繕ったものなのかもしれない。

「いいのか、俺は歴史からも抹消された存在なんだろ。そこの騎士さんに聞かれていい話なのかい?」

「そこの騎士団長は私専属の護衛騎士でもあります。聞かれて困る話はしておりませんわ」

そうですね、とユイが当たりを見渡す。「こんなところで立ち話もなんだ、というか私が疲れてしまいましたので別の部屋をご用意致しましょう。どうぞこちらへ」

大理石で作られた城は内部まで白く美しかった。きらびやかな装飾に天井を照らすシャンデリアの光が反射して廊下全体を眩しく輝かせる。

少なくともこの都市は経済的にも豊かであることがうかがえた。

廊下に取り付けられた装具のこだわった窓には外の白く美しい街並みがまるで絵画のように見えた。

「美しいでしょう?大叔母様が築いたのは初めはただの礼拝のための聖堂だった。それが今や、街全体を白く染め上げる一大国家の中枢ですもの。果たしてこれは大叔母様が本心から望んだ光景なのやら。」

窓の外を眺めるゼンにユイが話しかける。

「さあな。俺はあいつらとはこの1000年付き合いがないからな。その間になにか心変わりでもあったんじゃないのか」

やや大人気ない返答になってしまったことを僅かに後悔した。

だがユイはさして気にするふうでもなく「そうですわね」とだけ返した。


やがて通された大広間には接待用のテーブルにソファが並びその周りをゼンが見たことない観葉植物が置かれいくつかの調度品がバランスよく配置されている。ワゴンに載せられた食器類はやはりどれも高価なもののようだった。

踏み入って初めて気づいたが床に敷かれたカーペットは細かい刺繍が幾重にも連なりひとつの模様を作っていた。足で軽く踏みつけるとウールの繊維が柔らかく跡を作り、ゆっくりと戻っていく。土足であがって良かったのだろうかと今になって怖くなった。

「さぁ、そちらにお座りになって。すぐにお茶をお出ししますわ。」

「・・・・・・君」

「ユイ。ユイとお呼びください。ゼン様」

「・・・・・・。ユイ姫。あんた、結構癖悪いだろ」

「まぁ、なぜそう思うのだ?」

ユイは大仰に驚いて見せたが、どこか演技くさい。

「まずは口調だ。頑張っておしとやかに見せているがところどころでボロが出てる。かなり無理してるんじゃないか?」

「・・・・・・・・・・・・。ふ、ふっはっはっはっ!いや失礼。我は見た目は幼い子供ゆえな、口調には気をつけろと昔から注意を受けておったよ。しかしまぁ、やはり疲れるなこれは。こちらの方がすんなり会話出来るというものだ」

「それが素か。あんた本当は何歳なんだ?」

「おいおい、初対面の娘に向かって歳を聞くのはマナー違反ではないか?ゼン様よ。」

後ろの方で女騎士が怒りとも焦燥とも取れない微妙な顔を浮かべている。

「ゼン。いくら少女でも歳を聞くのは失礼です」

ティアにまで咎められてしまった。

「まあ良いさ。想像通り、と言ったところかな。初代に比べれば能力はずいぶん矮小になったが、それでも人間としてはいくらか長生きできる。まぁ、長生きする分見た目がなかなか変化しないのが玉に瑕だがねぇ。実のところそこの騎士団長なぞより長生きしている」

カップが小皿にぶつかる甲高い食器の音が広間に響く。さすがのティアもこの告白には驚きを隠せないようだ。とは言えゼンもまた予想していたとはいえあまりのギャップに崩れ落ちそうになる。

「わ、私はちなみにそこまで年はいってないぞ!今月でやっとにじゅ・・・・・・」

「騎士団長?」

ユイがにこやかに背後に立つ騎士団長に振り向く。ゼンたちの側からは見えないがあまりいい顔はしていなさそうだ。


「さて本題に入ろうか。ゼン様よ」

ドレス姿のまま足を組んで座るユイは、先程までのお姫様姿とはうってかわって粗暴なお嬢様と言った感じだ。

「そもそも、なぜ俺の復活を予言できた?あの封印を施したは五人の超越者だろ。1000年経つと勝手に解ける仕組みだったのか?」

まずは疑問に思っていたことを問いただす。

「ふむそうだな。我の知るところによればそんな仕掛けはなかったはずだ。強いて言うならば封印を創ったものたちがこの世から消えれば解けるのは自然だろうよ」

ユイの答えはゼンが予想していたものとほぼ同義だった。神も言っていた。やがて他の五人も力を返しに来ると。その結果の産物でしかないのかもしれない。

「だがそれでも予言はされていたんだろ?少なくともユリアは知っていたはずだ」

「そうだな。その通りだ。慈愛の超越者が持つ神の寵愛は端的に言えば全てを見通す千里眼のようなものだった。ただ、その範囲が過去、未来、現在を問わない万里を見渡すものであったということ。おや?これでは千里眼ではなく万里眼ということになるな」

神の言葉を借りるなら時間とは常にそこに結果として存在するもの。逆行はできず、ただ結果に向かって一方通行するしかない。ユリアはその全ての点在する時間の結果にアクセス出来たということか。

だがそれならばどうして結果を変えようとしなかった?自分をわざわざ1000年も封印したのだ。何も理由がないままに解放を許すとは思えない。

「結果は変えることはできん。ただ、どう向かうのかは選ぶことが出来る」

「!」ユイの言葉は自分の内心の疑問に答えてくれたのか。

「大叔母様が口癖のように言っていた言葉だ。我には全ては理解できなかったが」

「ユリアが・・・・・・」

ユイの視線がゼンを刺す。何かを見透かされているかのようだ。

「1000年、たった一人で、そして神のもとへ最初に至った超越者にしては・・・・・・雑念が多すぎるな。大叔母様も困ったものよな。分かっていたこととはいえ、当の本人が何も知らんと言うのは」

ユイはやはり何かを見ているのか。現代の超越者でもあるのだ。それも千里眼を用いる慈愛の系統。何かしらの能力があってもおかしくない。

「ユイ姫、あんたは何を知っているんだ?ユリアから何を聞いた?」

拳に力が入る。背後の女騎士が何か思い出したように顔を強ばらせる。

「ゼン!」拳に触れる柔らかな温もりがゼンの意識を中和する。「・・・・・・ティア・・・・・・。すまん、少し力が入った」

「確かに大叔母様からおおよそのあらましは聞かされておる。・・・・・・だが、今ここで我から伝えるのはルール違反というもの。そなたが自分自身で見出さなければならないことなのだよ」

「どういう意味だ」

「ゼン様は知らなければならないという事さ。そなたの居なかったこの1000年の歴史と、そなたが作るであろうこれからの1000年の、その意味と価値を。そしてそこに眠る真実とやらをさ」

勿体ぶった言い回しが気に食わなかったが、これはもしかしたら1000年前に自分に課せられたことかもしれなかった。

なぜ、自分は封印される前後の記憶が無いのか、そしてなぜ世界の理さえも崩壊させうる剣を造ったのか。

自分があの大戦中に何をしたのか・・・・・・。

「知らなきゃいけないことは山ほどある・・・・・・ってことか」

「ゼン・・・・・・」ティアが心配そうに見つめる。

「大丈夫だ。これも神のクソヤローとユリアのロリババァどもクソッタレが仕組んだことなんだろうさ。俺のこの世界での目的、普通の人として生きて死ぬってのを叶えるにはまず先にやらなきゃなんねえことがあるみたいだ」

ゼンはそっとティアの手を握り返し、そう固く誓った。これがこの世界における自分の役割であると悟ったのだ。

「ちなみに、天界にいるであろう主や大叔母様らにはきっとこの会話聞かれておるぞ」

と、ユイがニヤニヤしながら煽ってくる。

「ロリババァとはよく言ってのけたものだ。恐れ多くてかなわんわ。くわばらくわばら」

猛烈に悪寒がしてきた。心の中ですみませんすみませんと数十回ほど唱えておいたので大丈夫だろう。たぶん。



ゼンはソファから立ち上がり窓の戸を開け外のバルコニーに出た。風が少し肌寒い。

外に出てようやく感じられた自然の空気だった。

眼前に広がる城下の白い建造物と城壁を囲む森、そしてその奥に見えた海の景色は忘れかけていた感情を呼び起こす。

「俺が得るはずだった1000年・・・・・・か。こんな景色もどれだけ時が経とうとそう変わらないもんだな」

この世界には自分を知る人間はいない。かつてはいたはずの親族も、友人も、恋人・・・・・・はいたかいなかった忘れたが、きっといた。けれどもう誰もいない。その事実だけが、彼を孤独にさせている。

「俺は、変わっていけるだろうか」

「きっと、変えられますよ」

いつの間にか隣にティアが佇んでいた。

「もし変わらなくとも、私は構いません。あなたの望むようにやれば良いのです。そうでしょう?」

ふいに涙がこぼれそうになる。

「あなたは一人ではないのです。ゼン」

「あぁ、そうだな。ティアがいる。きっとこれから先も色んなやつに出会える」

気力で涙を受止め、ティアを見つめる。

彼女はどこまでも自分に寄り添ってくれる。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ひょっとして俺のことが好きなのだろうか。

だって1000年も待ってくれてたわけで。うん、そうだきっとそうに違いない。よし!

「イヤです」

「・・・・・・まだ、何も言ってないんだが」

ティアは何かを察したらしく露骨に嫌そうな顔をされた。

「あっはっはっはっは!ゼン様よ。お主心を読まれたとでも思っとるのか?あっはっはっは!」

ソファに寝そべって寛ぐユイが大きな声で笑い出す。

「な、なんだよ!ちょっと思っただけだろうが」

「いやいやおぬし、考えていることがダダ漏れだぞ。ぜ〜〜〜〜〜んぶ口に出しておったぞ」

さらに大きく笑い声をあげるユイにつられて女騎士さえも顔を赤くして耐えていた。

「なっ、なっなななっ、なぁあ〜〜〜〜〜〜〜!?全部!?嘘だろ?ティア!」

「はい、全部出てました」

「嘘だろぉ!!」

じゃあ何か、今まで心を読まれていたと思っていたことは全部口に出していた?全部?初めから?

「はい」

またもティアが冷たい目線を向けつつ肯定する。

「うわぁあああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」

ゼンは勢いよく膝を着いて頭を抱えうずくまった。

「・・・・・・・・・ふっ、ふふふ。」

「?」ゼンが顔を上げる。

そこには涙をうかべ可憐に笑うティアの姿があった。

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