きゅう「こわれたせかい」
【memoryー追憶ー】1章「海鳥」
口下手だがずばぬけて頭がよい“アオイ”
笑顔で過ごすがどこか寂しげな“リョウ”
日々を平和にくらす幸せな子“ヒオリ”
キレ症ですぐ手を出す“ケンセイ”
平和だった。“私達”みんな笑顔で、面白いことが毎日あった。
いつからこうなってしまったのだろう。
いつから私達は歪んでしまったのだろう。
…あぁ、元からだったっけ。
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幸せな毎日を暮らしていたヒオリは、ある時幼なじみのアオイを喪う。彼女が本当に消えてから数週間たった日のこと。クラスメイトが自身の陰口を言っているのを聞き、そしてケンセイからも衝撃の言葉が…。重なる悲劇がヒオリを襲う。
〈1部残酷、流血表現等があります。人が死んでます。
特に今回はエンドレス鬱回ですが、自殺を推奨する意図は全くございません。〉
巡り巡るものがたり。
親友を失った少女の、ものがたり。
「俺、もう学校来ねえから。…お前ももう来んな。」
「え…。」
耳を疑った。
そして、彼は背を向けたまま、吐き捨てるように言う。
「生きてる価値がないと思うなら死ね。“ヒオリ”がしんだって、世界は何も変わらない。ヒトは結局死ぬんだから。龍治もそうだよ。アイツは生きててもそのうち俺が殺していた。」
私は思わず立ちあがり、大声で言った。
「!?、ケンセイ、どういうこと!?ころ、す…なんて、何で!??」
ケンセイは返事をしないまま階段を降りてしまった。私はその小さくなる背中を追いかけることが出来なかった。その場に立ち止まり、ただ床を見つめるだけ。足は鎖が絡みついているかのように、うごかないのだ。
しかしその間も、異常気象のせいで8月並の暑さになった日差しが私を焼き尽くしていった。
*
龍治アオイはこのままだと世界を滅ぼしかねなかった。だから俺の目的のためにいずれ殺そうと思った。だって、奴は、『 』だから。
*
私は結局その日は学校をサボった。
もう今日は行ける気なんてしなかったから。
家に帰れるわけもないので公園などを渡り歩いた。(家に帰ったらお母さんに何と言われるか…。)補導とかされても面倒だから、できるだけ人目につかないとこを転々とし、それが幸となったのか特に何も言われることなく夕方となった。
まぁ、私が住むところがある程度の都会とはいっても、皆結局自分の事で精一杯。私のことなど目にも入らない。
それより…
ケンセイ…殺すなんて、冗談だよね…。
だって、私たち4人でも遊んだじゃん。
楽しそうに、してたじゃん。
そんなアオイに対しての恨みがあったなんて知らないよ。
「おかしいよ…こんなの…。」
今日は嫌なことばかりが続き、一日がとてつもなく長く感じた。夏休みの頃と比べて日が短くなったにも関わらず、まだ日は沈んでいない。
あ、そうだ塾…行かなきゃ。
行きたくない。でも、行かなきゃ怒られる。
なんで勉強なんて、学校なんてあるんだ。
何もしたくない。ただダラダラしたい。
自由でいたいよ、私は。
また場所を変えようと、立ち上がると頭痛がした。立ちくらみとはまた違う感覚だった。体もだるいし、これは本格的に体調崩したか…。まあこれなら、塾とか、学校とか休む理由になりそう。
私はそのまま、いつもより少し早いが家に帰ることにした。
ドアノブに手をかけ、笑顔を作る。
よし。大丈夫!
「ただいまー!」
元気よくそう言ったが、返事は帰ってこなかった。玄関に私の声が反響する。
あれ、靴あるのにな。
耳を澄ますと、誰かと話す母の声がする。
「ただいまー…?」
私がチラッとリビングに入ると、母は慌てたようにこちらを見た。
受話器を持っていて、電話中だったようだ。
「あっヒオリが帰ってきた。ごめんなさい。切るね。」
そう締めくくりあっという間に受話器を元の場に直した。
「おかえり。今日は少し早いのね。」
ギクッ、目ざといな…サボったのバレないといいけど…。
「あ、た、ただいま。あのねお母さん、今日…ちょっと体調悪くて、塾休んでもいいかな?」
できるだけ顔色を悪そうにする。(?)
「あぁ…いいわよ。今日はゆっくりなさい。」
「あー…だよねぇ、無理だよ…ってえ、いいの!?」
こんなすんなりと了承を貰えるとは思っていなかったから、つい大きな声が出た。
「何その反応〜?…ほら、こん詰めすぎても体に悪いじゃない?」
「だ、だよね!ありがとうお母さん。」
なんだ、割と簡単に許して貰えるんだ。
強ばっていた肩が少し緩む。
2階に上がろうとした時、母が言った。
「あ、ヒオリ。明日どこにも寄らず真っ直ぐ帰ってきなさい。少し出かけるから。」
「?わかったー。」
自分の部屋に入ると、夕日の白い光がカーテンから差し込んでいた。
取り敢えずいつものグレーのパーカーにだけ着替えて、そのまま自分のベットに倒れ込む。
思ったより疲れていたようで、すぅと流れるように眠りについた。
耳鳴りが、クラスメイトの笑い声が聞こえたのはきっと気の所為だろう。
*
何の夢をみていたかは覚えていない
わたしたち、
ずっとこどものままで
いたかったね
『もう、ぼくはぼくのきおくが信じられないよ。ねえ、どうしたらいい?』
わたしとぼくは手を繋いだ。
*
ジリリリという目覚まし時計の音で目が覚めた。カーテンからさしこんだ朝日が眩しくてきゅう、と目を瞑った。
「朝か…。」
教室の前で一旦立ちどまる。深く深呼吸をして、ぐっと口角をあげた。
「おっはよー!!」
いつもより大きな声で言ったせいか教室中に響き渡った。
一斉に皆が私の方を見る。
「あーヒオリじゃんおはよー。昨日どしたん。」
「寝坊したからサボった〜!」
「なにそれクズじゃ〜ん最悪〜!」
「そういうことデケェ声で言うなよなー。」
そんなじゃれ合いをいつもの様にする。
自分の席についたとき、私ははじめて自分の手が震えていることに気づいた。
(みんな…本当は私なんか嫌い…なんだよな)
外は未だに最高気温を更新しているというのに、私はひどく寒くて冷たいように思えた。
昼休み、階段に出向いたが誰もいなかった。
ケンセイ…本当にこれから来ないのかな。
寂しいな…。
心安らぐ、悩みを打ち明けられる人がまた
いなくなった。私はしばらく、階段の上で独り蹲っていた。
あれだけ鳴いていた蝉の声はもうしない。
自分が酷く孤独に思えた。
これまでの思い出、小中学校のイベント、私にとっては最高だったけど皆はちがったのかな。小学生の時から私は勉強が苦手で、遊んでばかりだった。けど、まだ許された。
そういや、中学生あたりになってから変わったよな。みんな勉強とか将来に集中しはじめた。でも私は、授業は相変わらずわからなったし楽しくなかった。
お母さんに言われて入ったテニス部だって、テニス本当は得意じゃなかったし好きじゃなかった。大会、いつも散々な結果だったもん。
でも、私幸せ者なんだよな。
美味しいご飯と帰る家があって、毎日安心して暮らせる。
それだけで十分恵まれている。
キーンコーンカーンコーン…
低いチャイムの音に殴られて、夢の世界に行きかけていた意識がもどる。
やば、時間だ。戻んないと…。
むにーっと指で頬をあげ、笑顔にしてからこっそり階段をおりる。
よし、このまま教室にさっさと戻ろう。もう4分後ぐらいには、あのチャイムがまた鳴る。早くしないと、怒られてしまうよ。
数時間後。
「さようなら〜。」
終わりの挨拶がおわると、教室の中では各々の声が飛び交った。そんな中、私は静かにカバンを持って教室から脱出する。
帰りは誰も声をかけてくれなかった。
今日はお母さんが早く帰ってきなさいって言ってたから、急がないと。あぁでも、買い物とかなら行きたくないな…勉強もあるし、気分悪いし。
いくつか断るシミュレーションをするが、成功例が思い浮かばないまま私は走った。
雲ひとつない、“灰色”の空は私を見つめていた。
*
「八色 陽織さーん」
少し高い看護師さんの声が私の名前を呼び、母と2人立ち上がる。
促されて入った室内には、50代辺りとみられる男の医者が座っていた。こちらに気づくと微笑み、座るよう言った。そして母と世間話のようなことを軽く話しているが、私はまっったく頭に入ってこない。
あぁ…どうしてこんな状況に…!
私は脳をフル回転させ、こうなった経緯を整理する。
まず、帰宅してすぐ母に「出るわよ」と車に乗せられる。
いつものスーパーで買い物でも付き合わされるかな?と思ったがスーパーとは逆方向の道をいった。
そして着いた先はここ…総合病院の精神科。
大事な事だからもう1回言うね。
総合病院の、精神科。
え、どういうこと?と訳が分からぬまま院内に連れられ、この状況である。
「ヒオリ。」
「ひゃいっ。」
突然呼びかけられ噛んでしまった。やばい、弄られるか…と恥ずかしくなってきたが、それとは相反して母は真剣な眼差しで私を見ていた。そして、ゆっくりと口を開く。
「落ち着いて聞いて。ヒオリ、あなたは『統合失調症』の可能性が高いの。」
「統合…失調症?」
聞いたことも無い。でも、多分病気…だよね。え…私死ぬのか?大病なのか?
心做しか私を見る医者や母の目が優しいはずなのに、痛い。
「心の病気。幻覚や幻聴がみえたり、考えが纏まりづらくなったりする症状がでるの。」
心…ってことは、死ぬような感じではなさそうか。あ。そういえばここ精神科だった…。
「…って、幻覚??」
私は冷や汗がたれ、苦笑のような笑みを浮かべる。
「ええ。ここ数ヶ月、気分悪そうだし、何かおかしいからお医者さんに相談したら、それじゃないかって。あなたには知らせず経過観察という事にしてたんだけどね、一旦、前より落ち着いたみたいだから話そうって思って。」
「ちょ、ちょっとねぇ待ってよ。おかしいって、どういうこと?何が…。」
母は眉を若干歪め、目を逸らし気味に言う。
「あなた、夏休みの少し前から部屋で1人なのにブツブツなにか喋っていたのよ。」
夏休み前から
私の部屋で
『ひとり』…
そのキーワードで、数ヶ月前姿を消した黒髪の彼女が思い浮かぶ。
「しかも、時折『アオイ』って…。」
あぁ、お母さんは聞いていたんだ。私とアオイの会話を。傍から見れば、1人での会話を。
「アオイちゃんはもう死んだの。それは、変わらない事実。」
「アオイは死んでない。」
私は遮るように言う。
誰よりも彼女が死んだ事を理解したはずなのに、気づけば口からはその言葉が出ていた。
「死んでない。死んでないよ絶対。だってちょっと前まで一緒に喋ってたんだもん。急に死ぬなんておかしいじゃん、なんでそんなこと言うの?お母さん。」
「死んだのよ。あなたが見ているのは幻。」
「死んでない!だってまだわたしが忘れてない!!アオイは今少し遠くに行ってるだけ!」
「海に溺れて、死んでしまったの!」
医者が止めるような動きをするが、私も母も止まらない。
「溺れてないよ、アオイは自分から沈んだんだ。あぁそうだ。誰にも私にも言わずに、リョウと2人で。私を置いていった。」
「ヒオリ!」
「どうして?ねぇどうして置いていったの?また遊ぼうって言ったのに。なんでなんでなんでなんでなんで!!!!!」
雄叫びのような声は枯れはじめ、涙が溢れる。膝から崩れ落ちて座り込んだ。
看護師何人かが部屋の中を出入りする。
ふと上を見た時に見えたのは、面倒そうな顔をした、母だった。
*
それから後のことは、あまり覚えていない。
母がなにか薬を貰い、会話がないまま帰路に着いたような気がする。
そしてそのまま今私は、部屋でベッドにころがっている。
『あなたが見ているのは幻』
その言葉を思い出し、胸がズグリとした。
あれは、幻覚なんかじゃない。
確かにアオイだった。
触れられない手も、滑らかな黒髪も、眉をやや下げて笑う笑顔も全てアオイそのものだった。
それに、あの日、お別れした日から1度も彼女の声も姿もみていない。何度も会いたいとは思ったが会えていないのだから、幻覚なわけが無いよ。
あ…でも、いっそのこと幻でいいから現れてくれないかなぁ…はは。
「ヒオリ」
ガチャ。
扉の向こうから私の名を呼ぶ声が聞こえ、開く。暗い部屋に光が入った。
一瞬アオイかと思ったが、これは違う。数年ぶりかに聞いた、弟…陽輝の声だった。声変わりのせいか、あの頃より随分と低くなった。
それより、なんで急に陽輝が…。あの日、喧嘩した日から1回も話してくれなかったのに。
「統合失調症なんだって?」
思わず起き上がり、振り返る。そこに立つ弟は、私に笑顔を見せていた。
普通であれば久しぶりにみる弟の笑顔、喜んでいただろう。しかし、なぜか不気味に感じ寒気が走る。
「ち、違うよ。私は普通。何も見えてない!分かってよ陽輝!ねえ、最近変なんだ。皆私を疑う。」
瞬間、彼の表情から笑顔が消えうせた。
「…馬鹿なお前に教えてあげるよ。こうなったのは、全部お前のせいだから。」
「目を逸らしたから。
背けたから。
見て見ぬふりをしたから
ヘラヘラ笑ったから!
自分の意見を言わなかったから!!」
一言ずつ強調して、彼は少しずつ距離をつめる。
私はヒュッ、と息を飲む。上手く声が出ない。
「はる、き…。」
「分かって欲しい?無理だよ。お前は、誰にも理解されねぇし。誰のことも理解できねぇ!」
「最初から壊れてるんだよ。失敗作。」
バタン
言うだけ言って扉は閉まり、部屋は暗くなる。私は何も考える間もなく布団に潜り込み、まだ夕方なのだが眠ろうとした。彼の言葉の意味をわかりたくなかった。分かってしまったさいご、もう眠れない気がした。
このまま眠って朝が来れば、全て忘れられる。
朝はいつだって私を助けてくれた。
そうだ。だから、大丈夫。大丈夫。
微妙な時間に眠ったからだろうか。
真夜中、私はふと目が覚めた。
意識が覚醒して完全に目覚めてしまう前に、そのままもう一度寝ようと思ったが、尿意が迫ってきたため、もぞもぞと布団から這い出る。
「トイレ…。」
眠気で頭がぼんやりする。のっそりのっそりと階段を降りていると、リビングが薄明るいことに気づいた。
あれ、お母さんまだ起きてるのかな…。
扉の隙間からのぞく。
大きな男の人影がみえた。
ん…?あれ、お父さ…?
「ヒオリ?……あぁ、アイツか。へー…幻覚ねぇ。それは大変なこった。」
ピシ。
時が、止まる。
そこにいたのは紛れもなく父と母で、『数週間ぶり』にみた父はそれは怠そうな雰囲気を醸し出していた。
お父さん…今、私の名前忘れてた…?
「で、なに。俺がどうこうできるわけねぇだろ。俺もあいつも互いに互いのこと興味ないから(笑)」
苦笑するような、捨てるようなその言動は私の心を酷く突き刺す。
体が金縛りにあったかのように、全く動かない。痛い。
「わっ、私も、もう限界よ…。こんな狂った子が生まれるだなんて思って無かった。普段2人の面倒は、私が全部見てるんだから、あ、あなたも少しぐらいどうするか考えてよ。」
少したどたどしい、怯えたような母の言い方。父が今のようになってから、母はいつも彼の機嫌を伺うようになっていた。私の父は、数週間…長い時だと数ヶ月に1度しか家に帰ってこない。いつしかそうなってしまっていたのだ。
「いいよ。俺は寛大だから。ま…俺の意見としては、ただでさえ“見えない”のに、更に幻覚ときたらもう面倒だし捨てたいな。ただへんに警察とかに嗅ぎ回られるのは余計面倒だ。」
さらっと父が言った言葉は耳を疑うものだった。そして、それを聞いた母は何故か少し笑む。
お父さん、私、いらないの?
気づけば涙が零れていた。
お母さんは、私を愛してくれないの?
昨日の陽輝の笑顔が、ケンセイの後ろ姿がフラッシュバックする。
陽輝だって、ケンセイだってもう…
誰も、私を望んでいない?
家族も、友達だって。
そうだ、アオイも、私に助けを求めてくれなかった。
いや、それは不甲斐ない私のせいか。
陽輝の言う通りかもな。
全部、私のせいなんだ。
頭が悪くて、不器用で、いつも自分のことばかりで、こんな見た目で、体で、性格で。
私がいるから世界は狂うんだ。邪魔なんだね。私が。
その時、自分の見ていた世界が一瞬で暗く変わった。
あはは、そうだ。
ずっと、
目を閉じていたんだ
忘れようとしていたんだ。
これが
本当の世界
光と影しかない、
腐った世界
この物語が現実の話だというのは大間違いである。これは世界の命運を握るほどの力を持つ者たちの物語だ。
ただ、彼女は誰よりも見えていないだけ。
忘れているだけ。