ななわ「おわかれ」
【memoryー追憶ー】1章「海鳥」
口下手だがずばぬけて頭がよい“アオイ”
笑顔で過ごすがどこか寂しげな“リョウ”
日々を平和にくらす幸せな子“ヒオリ”
キレ症ですぐ手を出す“ケンセイ”
平和だった。“私達”みんな笑顔で、面白いことが毎日あった。
いつからこうなってしまったのだろう。
いつから私達は歪んでしまったのだろう。
…あぁ、元からだったっけ。
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毎日を幸せに暮らしていたヒオリは、ある日親友のアオイを失う。しかし幽霊となった彼女が現れ、“心残り”をくす為に奮闘していた。
時は夏休み。最後の心残りをなくすため2人は海へ向かった。
少女は別れを告げる。
〈1部残酷、流血表現等があります。人が死んでます。〉
巡り巡るものがたり。
親友を失った少女の、ものがたり。
光に照らされ輝く広大な海。
浜に寄せるさざ波。
夏だと強く主張してくる暑い太陽。
ついにやってきたよ…!!
「う み とうちゃーーくっ!」
私は高らかに海に向かって宣言した。
周りに人はいっぱいいるが、皆同じようなテンションなのであまり気にされない。
やっぱ夏といえば海!海といえば夏!だよね!!いやー遠いけど来たかいがあったぜ!
近くのあの海と違ってちゃんと海水浴客向けに色々整備されてるし、屋台とかもあるし!
「アオイアオイ、ついたね!」
「ね。変わんないなぁここも…。よく海遊びしたよね。」
したした!
なんと今日は、水着をもってきた。
浮き輪も、ゴーグルも、魚をとる網だってもってきた(遊ぶ気満々)
いいんだーい!受験前最後のはっちゃけだ!
それに、アオイの最後の心残りは『この海で約束を果たすこと』
海で4人で遊ぼうね、と去年約束してたのだ。2人だけだが、それが叶って私はとっっても嬉しいしすごいワクワクしてる。アオイは落ち着いているように見えるけどきっと喜んでいることだろう。
私は待ちきれないとばかりにサンダルを脱いで白い砂浜に足を下ろす。
「熱っつ!!あっっつ熱っっ!」
じゅっと音がしそうな程暑かったのでつま先だけでそそくさと走った。
ぱしゃーん。
海に辿り着くと、たちまち肌は冷やされていった。細かい砂が指周りを漂い若干こそばゆい。静かな波が寄せては引き、引いては寄った。去年の夏もこんなふうに遊んだなあ。
それこそ去年4人で遊ぶ予定だったけど
リョウに急用ができて、ケンセイは来てくれなくて私とアオイだけでこの海で遊んだ。
来年こそはケンセイを引きずってでも連れてきて、リョウもいれて4人で遊ぼうなと言った。
ふと、4人で来てたらどうなったんだろう。と思いを馳せる。砂浜とか、海中にある貝殻をひろって、ケンセイとかを砂に埋めて、かき氷たべて舌を見せ合う―。そんな青春を…思い出を作るはずだった。もう、4人ではもうできないけど今度ケンセイ誘って2人で遊ぼっかな…。
「…アオイは、海に沈んだっていってたよね。」
「ん?うん。」
「どんな感じだったの?その、景色とか。」
私は手のひらで海水をすくう。
「えー……ん〜。綺麗、だったかな。」
「目を閉じていても、色々感じることが出来た。
いま自分が沈んでいるということ。
微かな光…朝日が差し込んでいること。
海の中だと無重力で、くらげみたいに漂えた。」
「…じゃあさ、死んだあとは?私たち、死んだらどうなるの?」
この世界の大きな謎。
誰も知らない、知りえない疑問。
私たちは死んだら…どうなるんだ。
アオイは、少し考えるようにしてから話す。
「…暗くて、何も無くて、だけど、扉が一つだけあった。思えば、あそこは、“あの世”だったのかもしれない。」
私は目を見開く。
…そっ…か。
死んだら、真っ黒なんだ。
なんとなく天国って白いというか明るいイメージあったけど、黒いんだ…。ほえー
「何も無いんだ…じゃあ暇しちゃうね。あ、でも扉はなんだったの?」
「扉を開いたら…『救いたいか?』と何かに問われて、気づいたら此処にいて、ヒオリがいた。」
それが、あの葬式の日か。
黒い世界はあの世で、扉は現世と天国を繋いでいたのかな…。
「てか、死んでからも誰かを助けようとするなんてアオイは相変らずだねー。」
そうだ、彼女は世話焼きだった。
「そーよー。だって心配な誰かさんがいるからね。」
困ってる人は必ず助けていた。
「もっと自分も大切にしなよって何回言ったっけなぁ。」
いつも褒められていた。
「いやそんなに言われてない。てか私がヒオリに言った。」
けど、アオイは必ず自分を許したりはしなかった。
“あの事”をずっと悔やんでいた。
私が昨日、心に決めたことを言おうと口を開く
「…アオイ…その…」
「待って。」
アオイが私の発言を止めた。
その時、目と目があった。
「せっかく海に来たんだからさ、暗い話ばっかりしてないであそぼ。それが心残りだったんだから。」
私は一瞬、きょとんとしてしまった。
…そうだ、今日は海に遊びに来たんだ。
しかもあの、約束を忘れがちなアオイが、1年経っても覚えててくれて、誘ってくれたんだ。
自然と笑みがこぼれ、私は元気よく
「うん!確かにそうだね!」
と返事した。
アオイは幽体だし、ビーチバレーなどはできない。だが(私が)砂の城を作ったり、泳いだりして楽しんだ。
特に、アオイは水泳を実体があるより軽いからか随分と楽しそうに、軽やかに水中ではしゃいでいた。いつものワンピースを着て、海の中を優雅に泳ぐアオイをみてふと綺麗だなと思ったり…。思わなかったり…。
彼女にとって『海』は思い出深いところだ。
アオイは幼い頃に、海難事故で父親を亡くしている。
あれは、あまりにも突然だったなぁ…。
あの時から、アオイはー
「ヒオリ!」
私は名前を呼ばれて意識が現実に戻り、ハッとする。やばい、私またしみじみタイムになってた。
彼女が私を見て手を振っていた。
「こっちに綺麗な貝がある!あと魚、来なよ!!」
「あっ、うん、今行くー!なんか、今日アオイテンション高くない!??」
普段アオイは眠そうにしてる事が多い。こんな高いのは中々に珍しい。
「高いよー!だって久しぶりにヒオリと遊べたから!」
「えっやだそんなこと言われたら惚れちゃうっ。買って欲しいものある?」
いや金かよ!チョロ!とつっこまれた。
(ちょろくないやい)
そして、私たちは遊び尽くした。
沢山泳いで、話して、色々なものを見た。
お昼頃には屋台で焼きそばをかった。お金を渡す時、手を滑らせて小銭をたくさんおとした。
小さな魚をみて、なんの魚かをコンビニで買った図鑑片手に探しあった。
うきわに乗っかり海のながれに身を任せていたら、だいぶ遠くまで来てしまっていて焦った。
時折落ちている、漂っている綺麗な貝殻や、石を拾って持って帰るために袋に入れた。
ああ、全ての思い出が宝石のようだ。
キラキラと輝いて、波のように揺れている。
今日、アオイと来れてよかった。
私はこれから先、この日のことを一生忘れないだろう。そう思えた。
*
アオイの父は優しくて朗らかな人だった。
目を細めて笑うその顔はアオイによく似ていた。
悲劇は龍治一家みんなで海に行ったことによりはじまる。アオイは父と兄の3人で遊んでいた。アオイの父が救命士だったこともあり、父は子供たちから目を離すことはなく、海の事故なんておこりえないはずだった。
しかし、ふと視線を外したその数秒の間に、先程まで隣にいたアオイの姿が消えていたのだ。かなり近くから遠くまで見渡してもどこにもいない。
とにかく探さなければ、と父はビーチの関係者に経緯を伝え、自身も捜索に向かった。突然消えたのは不可解だが、きっとすぐに見つかるだろう。そう思われていた。 ―数時間後、帰ってきたのはアオイだけだった。
アオイは傷のひとつもなく、水の一滴も飲まず濡れてもいない“普通”の状態で戻ってきた。いや、普通の状態で戻ってきたことは異常だった。
代わりに帰ってこなかった父はいくら探しても見つからず、海難事故として捜査は終わった。
その事件をきっかけに、アオイの様子はおかしくなった。
「私のせいで」ということが多くなった。
すぐ卑下するようになった。
自分を助けに行った父親が死んだという事実は小さな体に大きい負荷となったようだ。
それこそ死ぬようなことはしなかったが、
大分気に病んでいた。
そんなこんなであっというまに時間が過ぎ、
気づけば夕方の5時になっていた。
帰り始める家族やグループをみてアオイは言った。
「私たちもそろそろ帰ろうか。」
「ん!そうだね。あー帰ったら海遊び恒例お風呂場での砂との戦いをせねば…。」
「ふは、がんばれ〜」
幽霊さんはいいねェ!(n回目)体が半透明で!
チョコバニラの棒アイスをアイス自販機で購入し、アオイにみせつける。
へっへーこれは私だけの特権。ん〜美味しい
ザザーン…と穏やかに浜を打つ波に目を細めた。
「幸せすぎる死後だなあ。」
アオイはぽつりと呟いた。
「私は、光が見えなくて、生きてる意味が分からなくて自ら命を絶った。なのに、ずるいよな。生き返る…ほどじゃないけど、幽霊として戻ってきて、ヒオリと沢山遊んだし話した。心残りもなくせた。
それで、そのうち、思ってしまった。
生きるって良いなって。」
アオイは私の方を向く。
「私ね、ヒオリに…」
「アオイごめん!ちょっと待って、少し、先に言いたいことがある。」
「私、アオイに生きたいと思わせるって、最初言ったでしょ?それについてなんだけど…。あれから凄く、すっっごく考えた。どうやったらそう思わせられるのか。どうすればいいのかって。
…でも、気づいた。これは私のただのエゴだって。…アオイが死んだことを、救えなかったことを誤魔化すための、自分勝手。罪悪感を薄めたかったんだ。もうあなたは死んでいるのに。」
アオイは目を普段より開いていて、瞬きすらしなかった。
「だから…アオイ、救われたって言わないで。私は、あなたを救えなかった。だからあなたは死んだ。私は、このまま助けられなかった重荷を背負って、生きる。そしていつか、あなたみたいな人に今度こそ手をさしのべる。」
「もう、過去に縛られなくていい。置いていったものを、私を、心配しなくていいよ。
だから前を見て、そろそろ自分を許してあげて。」
目と目があう。アオイの瞳には、私はどんな風にうつっているのだろう。きっと私が見ているものと全然違うんだろうな。
ねえあおい。
「あなたの本音を聞かせて。」
彼女は声を振り絞り、ポツポツと語る。
「忘れられるのが怖い。」
「私は忘れないよ。」
「わたしが生きていたことなんて誰も知らないし誰も分からない。」
「私が知ってる。」
「でも、ヒオリもきっとそのうち忘れる。」
「忘れないって言ったじゃん。私は自分が死ぬ直前でも覚えてるね。」
「私はこの世で1人ぐらいしか知らない、ちっぽけな人間。」
「うん。でも皆、そんなもんだよ。」
「そんなわたしにも愛したものがある。ヒオリ、わたしは、あなたを失いたくないんだ。あなたに死んで欲しくないんだ。」
アオイの声は段々と震えていく。
「…アオイ、私は死なないし、これからも幸せな人生を送る。アオイが死んでも尚私を心配してくれたように、私にも大切なものがある。私を大事にしてくれる人がいる。だから死ねない。いや、死なない。」
スラスラと言葉が頭にあらわれ、口がほぼ勝手に動いていく。
「私、生きたいの。絶対100歳過ぎまで生きて、これからの世界を見たい。生きるよ、八色ヒオリは。」
アオイの手を握るが勿論触れられない。
「だからあなたもう眠っていいんだ。ごめんね。心配させて。ごめんね、不甲斐なくて。…ありがとう。私のともだちになってくれて。」
私は涙が目から溢れていることに気づいたが、拭わなかった。
「たとえ、世界があなたを忘れても、私は絶対にあなたを忘れないから。」
アオイは一瞬微笑んで、一言放った。
「…バイバイ。」
そう言って、彼女は本当に消えた。
その場だけ少し輝いているような気がする。
アオイ、15年間の短いつきあいだったけど、すごく楽しかったよ。ありがとう。バイバイ
私には夢がある。
私には家族が、ともだちがいる。
大切なものがある。
生活がある。
思い出がある。
どれも捨てられない。
死にたくない。
生きていたい。
生きていたい。