に「あなたのおんど」
【memoryー追憶ー】1章「海鳥」
口下手だがずばぬけて頭がよい“アオイ”
笑顔で過ごすがどこか寂しげな“リョウ”
日々を平和にくらす幸せな子“ヒオリ”
キレ症ですぐ手を出す“ケンセイ”
平和だった。“私達”みんな笑顔で、面白いことが毎日あった。
いつからこうなってしまったのだろう。
いつから私達は歪んでしまったのだろう。
…あぁ、元からだったっけ。
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ある休日の朝、八色ヒオリはいつものように朝起き、ご飯を食べていた。そんなところに1本の電話がかかる。
彼女の親友である『アオイ』が死んだ。
―という内容の電話だった。
突然の悲劇がヒオリに襲いかかる。
〈1部残酷、流血表現等があります。人が死にます。〉
巡り巡るものがたり。
親友を失った少女の、ものがたり。
「アオイが…死んだ?」
カン、とトーストが皿の上におちた。
喉に食べ物が詰まっているかのように言葉がでない。急につきつけられた言葉に頭が理解できていなかった。
「今の電話、アオイちゃんのお母さんからで…。詳しくは知らない、けど…溺死って…。」
デキシ…?水…?
何それ、いつ、どこで、え、
アオイが、死んだ…?
「それで……」
辺りが急に静かになる。
空っぽになった私の頭に残ったのは
アオイが死んだという事実だけだった。
「そんなの、嘘…。」
ぽそりと呟き私はガタッと席を立つ。
食べかけの目玉焼きも、齧られたパンも、私を呼び止める母も全て置いて、家を飛び出した。
アオイの家へ走って向かう。何度も通った道だ。
いるよ、絶対家にいる。
だって、ほら、こんな急に、ね。
大丈夫、大丈夫。
家には誰もいなかった。
何度チャイムを押しても誰も出てこなかった。
じゃあきっと海に散歩にいってるんだ。
アオイは海がすきだったから。
走る私の足が心做しかだんだんと重くなっている気がする。
体が拒んでいたのだ。真実を知ることを。
だが私はそれに気づかぬまま海へと走った。
アオイが死んだなんてそんなことありえない。おかしいもん。こんな急に、まるで悲劇のように。映画みたいに。
海にアオイの姿はなかった。
ただ静かな潮風が私の髪を撫でる。
『アオイの姿はなかった』
しかし別の人達がいた。
警察、白いコートを着た人達、通りすがる人々、なにか手帳を持って話を聞いている人。
ドラマで見たことのあるようなテープで巻かれた3角のコーンが並んでいる。
『なんか人浮いてたらしいよ』
そんな声が聞こえ、私は振り返る。
『まさかあの子がなぁ…よく散歩しとった…。』
『中学生くらいの子だったらしいです。発見した時にはもう意識と脈はなく…。』
『かわいそうに…。』
皆が口々に何かを言っている。
だがそのうち1人、また1人と散々何かを言ってどこかへ行く。いや、ほとんどが物珍しそうにコーンをみて通りすがるだけだ。
一方で、1人まだこの場に残る私は焦っていた。
ち、がうよ…。アオイって決まったわけじゃないし。だから、だから…
「ヒオリ…?」
声のした方を見ると、アオイの兄が立っていた。
「アオイのお兄ちゃん…!ねぇ、アオイは、アオイは?生きてるよね。大丈夫だよね…!」
「…死んだ。」
その時、自分の中でガラスに亀裂が入るような音がした。
「今、警察らに話をしていたところだ。アオイは、この海に溺れた…沈んだんだ…。俺は一旦家に帰るよ。」
明らかに気が動転してる私の様子を気兼ねたのか彼は言った。
「唐突のことで受け入れられない気持ちはわかる。俺もだ。…仲良くしてくれてありがとう。」
はじめて、目が合い、その顔からは疲労と困惑を感じさせられた。
だが直ぐに目は離れ、彼は走り去ってしまった。
私は、へな、とその場に座り込む。
砂がザラザラと私の肌を刺していた。
サザン…
「ッアオ…」
海の方を見ても、アオイはいない。
そりゃそうだ。
今のは波の音だろ。
彼女はこの世界にはもういない。
いるわけも無い。
その事実を頭で理解してしまった時、涙が出た。今まで酷く冷静だった事がまるで嘘のように泣きじゃくった。
「うあっ、ひっ、ぐ、やだ。そんなの……うああああぁぁぁぁっ」
哭いた。
その時に流れた涙はしょっぱかった。まるで海水のように。
海はそんな私をただただ静かに見つめていた。
「 ――。 」
*
そういえば、
2年生の最後の時に
2人が消えてから、
おかしくなったよな。
私はもう3年生だ
ひとりぼっちの3年生。
幸せが戻ってこない3年生。
―本当に?
*
家に帰ると、お母さんが私を抱きしめた。
何も言わず、でも、時々鼻をすする音が玄関に響いた。
そして静かに一言
「おかえり。」
と言ったお母さんから一旦離れ、私は笑って返す。
「…ただいま!」
一瞬、お母さんがとても悲しそうな顔をした気がする。
だがすぐに作り笑いに似た笑顔をしてリビングへと促した。
私は、上手く笑えていただろうか。
できるだけ心配をかけさせたくないのだ。
お母さんもきっとショックだから…
母は暖かい麦茶をいれてくれた。
もう6月も終わりだ。十分暑くなってきたが今は暖かい飲み物がありがたく思えた。
するっと体内に入り、お腹の中でぽかぽかとしている。
心も温まってきた気がする。
うん、あったかいお茶最高!お母さんありがとう!
お茶に映った私の顔は笑っていた。
✲
孤独。
このように感じることが今年に入ってから増えた。
ザワついた教室の中、私はひとり窓の外を見ていた。新たに空いた前の席にやけに人が集まっているせいかあんまり落ち着けないけど…。
まぁそりゃそうか。
チラ、と前の席…アオイの席を見るとそこには花束が置かれていた。
私は親友を“次々に”失った。
きっと今、私は絶望してるのだろう。
『しているのだろう』?
そう、何故か他人事の様に思えてしまう。
悲しい。かなしいよ。理解もしている。もう4人集まることは無いのだと分かっている。
絶望ってこういう事なんだなって不幸ってこんな感じなんだなって思う。
でもね、笑える。
生きようとも思える。
変わらず毎日が楽しいんだ。
私、おかしいのかな。
昔から嫌のこととかはすぐ忘れられるタイプだった。あまり根にもたないし、失敗も成功に変えることができた。
大切なものを失っても、友達が死んでも平然として生きられる。
「っ最低だ…私。」
呻き声に近いようなか細い声で呟いた。
*
「普通じゃね?」
「え?」
思わず素っ頓狂な声が声が出てしまった。
今日も変わらずケンセイに会いに屋上付近の階段へ行き、そしてアオイが死んだことを彼に話した。
私が話している間、彼は表情ひとつ変えず、言葉一つも発さなかった。けど、私が今の自分の気持ちというか悩みを打ち明けるとこんな答えが帰ってきたのだ。
ケンセイは淡々と話す。
「いやクラスメイトとかも見てみろよ。すぐ普通に笑い出すし、そのうちアイツのことなんて忘れるだろ?そういうもんだよ」
そういう…もんか。
でも、まあ確かに休み時間、楽しそうに話してる人たちいたなぁ。
「…そっか、普通か。」
「1人死んだくらいでそんなずっと悩んでたら、人間は今頃皆絶滅してるよ。みんな後を追ってな。」
自分が最低な人間じゃないと分かったしすごく腑に落ちたんだけど、別にひとつ心配な事が生まれた。
「それだけか?俺は今日はもう帰るよ。」
そう言って怠そうに立ち上がったケンセイの腕を咄嗟に掴んだ。
「ケンセッ……ケンセイ、はさ、アオイが死んで、悲しく、ないの?」
彼は質問の返事はせず、代わりに私を睨む。
「…離せよ。」
低く、重いその声は私の体をすくませ、私は無意識に手を離した。蛇に睨まれた蛙、ということわざがあった気がするが、まさにその状態だ。
ケンセイはそのまま背中を向け、階段を数段おりる。私にはその姿がやけに大きく、恐ろしく見えた。
…そうだ、この感覚を私は知っている。
はじめてケンセイと話した時の、全てを拒絶するような雰囲気、目。
確かに『怖い』と私は思った。
去り際、静かにケンセイは言う。
「…“良い奴”だったよ。」
*
「ただいまー」
キイ…とドアを開けるが返事はない。あぁそうか。2人とも仕事か。
私は自室へと向かい、死んだように布団に倒れ込んだ。
いやぁ…思ってるよりキツかった。
案外私ってアオイたちとしかつるんでなかったんだな…今日殆ど誰とも話さなかったもん。まぁ話してもアオイのことくらい?
…辛いな。
そこで私は気づいた。私、ちゃんと悲しいと思えてる…!良かった。普通に、誰かの死を悲しいと思ってる。私は本当に酷い人間ではないんだ。段々とアオイの死に向き合えてきている。
…ケンセイにも感謝しないとな。少し元気ずけられたし。
まぁ、『あのこと』についての相談はまた今度しよう。私も意味わからない状態だし。
そうだ、その時に何か食べ物でも持っていってやろっかなぁ。てかあいつ、いつご飯食べてるんだろ…。
私はそんなことを思いながら寝返りを打つ。
(良い奴『だった』って…どういうことなの…)
*
あの日、アオイが死んだ日、私はお通夜、葬式共に参列した。
いつも通りの幸せな日々というのは突然、波にのまれ、かき消された。
そして親友が死んだということが完全に理解できないままことが進む。
葬式の時のことは正直しっかり覚えていない。でも、見えるものが白くて眩しかったような気がする。
涙を流し、アオイの前で手を合わせる皆をみて、「ああ、こうやって人は死んでいくんだな」とか思った。
とおい昔から、ずっと。
私たちは生まれ、生き、誰かの死に触れ、そして死ぬ。幾多もの別れと出会いがあり、人生というものができる。その人生はちっぽけで、何百年も誰かに語られる人生なんて本当に1握りの人間だけだ。
みんな、忘れていくんだ。その人がいたことを。その人が生きていたことを。私もいずれ忘れ、忘れられる。
ああ、これはあなたを忘却するための儀式だ。私たちが楽になれる儀式。
そう思ったことを鮮明にわたしは“覚えている。”
*
「アオイ…なんで死んだんだよ。」
ポツリ、とそう呟いてみる。
返事は帰ってくるはずも
「死にたいから死んだ、それだけ。」
…帰ってきた。
「うわびっくりした!いたんだ。もっと早く声かけてよね。」
私は飛び起きて『彼女』に不貞腐れたように言う。
「なんだとはひでぇなー妖怪じゃあるまいし。」
そういって笑ったのはワンピースを身にまとう裸足の少女。
少しはねた黒髪は腰あたりまであり、背は高くスラッとしている。
彼女は、誰がどう見ても完全に
アオイだった。