じゅう「ひしょう」
【memoryー追憶ー】1章「海鳥」
口下手だがずばぬけて頭がよい“アオイ”
笑顔で過ごすがどこか寂しげな“リョウ”
日々を平和にくらす幸せな子“ヒオリ”
キレ症ですぐ手を出す“ケンセイ”
平和だった。“私達”みんな笑顔で、面白いことが毎日あった。
いつからこうなってしまったのだろう。
いつから私達は歪んでしまったのだろう。
…あぁ、元からだったっけ。
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幼なじみのアオイを失ってから数ヶ月。ヒオリに突如苦しい事実や過去が襲いかかってきた。クラスメイトに裏切られ、家族に罵られ、友人のケンセイにも離れられた彼女の行先は。
『海鳥』最終話。
〈1部残酷、流血表現等があります。人が死んでます。
自.殺を推奨するような意図は全くございません。〉
巡り巡るものがたり。
親友を失った少女の、ものがたり。
真夏と変わらぬ日差しが私の肌を、体を焼き尽くした。
空気が淀んで見えるほど気温が上がっているのがわかる。天気予報は口を揃えて異常気象だと言った。そろそろ本格的に夏と冬しかない世界がやってきそうだ。
そんな中、私はただただ走っている。途中で転んで出来た傷から、血が流れ、ドクンドクンと脈を打つ。
その度に、閉ざしていた感情が、記憶が溢れ出てきた。
こんなさいごになってようやく、私は『真実』を語れそうだ。
*
生まれた時から、私の世界には白と黒しかなかった。
『全色盲』
そう、生まれつき私は色が見えない目だったのだ。りんごも空も友達もみんな等しくモノクロ。濃淡ぐらいは分かるんだけどね。母の兄…叔父さんが色盲だったので、その遺伝子を私は継いできたのかもしれない。
ある意味強運よね〜全色盲ってだけでも珍しいのに、しかも叔父さんからなんて。
幼少期の私は結構苦労したよ〜
赤、ってどんなのなのか分かんないし、テレビ番組とか、皆の話してる事とか全然理解できないの。全色盲は視力も弱いからメガネつけないといけなかったし。
あと、見えないことで周りと自分の違いに気づけないこともあった。
そ、もうひとつの私のおかしいところ。
『なんでヒオリちゃんの髪の毛は茶色なの?なんかへん!』
小さい頃、よく言われたよ。その度に周りのおとなが渋い顔をしてその子の口をとめるの。
私は生まれつきの全色盲だけではなく、髪の毛が母親から受け継いだ『茶髪』であったのだ。色については段々知識を重ねて、ある程度皆の話がわかるくらいにはなった。
けど、自分の髪は変と言われても見えないので分かりようがなかったのだ。鏡で見ても、確かに少し色が薄いのかも、ぐらい。
しかし幼い私には『変』という言葉だけが残り、ひどく傷ついた。
よく泣いたし、下を向いて歩いた。なんで自分はこうなんだろうと恨んだこともあった。
けど、アオイがいつも支えてくれた。私をからかったりせずそばにいてくれた。
ひとりぼっちの私にとってアオイだけは大切な幼なじみで、親友だったんだ。
*
結局あの後は中々ねつけず、寝ても悪夢をみてすぐに目覚めてしまってそのままずっと起きていた。今日が土曜日でよかったと心の底から思った。
だってこんな状態で、学校なんていけやしない。人にも会いたくない。
窓からは朝日がさしこんでいて、アオイをおもいだした。
膝に貼った絆創膏を見てリョウを思い出した。
暗い暗い、部屋の隅でケンセイを思い出した。
机の上にある4人の写真たてに目がはいり、自然と涙が出てしまう。
どうしてこうなっちゃったんだろうなぁ…。
1度溢れた涙はとまらなかった。そういえばずっと我慢していた。
私そんな悪いことしたかなぁ、普通でいたかった、平凡な毎日でいたかった。
もし、私が普通の目、髪だったら幸せになれたのかな。もし、アオイ達が生きていたらこんなに辛くなかったのかな。
そんな沢山のifを並べながら、涙を流した。
*
八色ヒオリは、ずっと“忘れて”生きてきた。
あの日の辛さも
あの日の悲しみも
自分の目のこと、髪のことも
次第に、『自分は幸せだ』と思い込み苦しさを感じぬようにしはじめた。全部、楽しい思い出としてラッピングして。哀しさは置いてきた。
そうすることで、彼女は精神の安定を保ってきたんだ。
…だが、それも無限では無い。目を背け続け、嫌なことを忘れ続けた結果たまりにたまった記憶は、爆発した。幸福のフィルターは剥がれ落ち、辛い現実と過去が見えるようになる。
そうだな…きっかけは、アオイの死から。ヒオリはその悲しみもまた、忘れようとしていた。けれど、もう抱えきれなくなった頭はそれを許さない。その頃から彼女は少しずつ、これまで封じてきたものを思い出していった。狂っていった。
最近思い出したことといえば、
アオイのお父さんのこと。
昔の思い出。
自分の家族について。
少しだけ、家族のことについて話そうか。
八色家は元々は仲が良かった。だが、ある日を境に突然父は壊れてしまった。ヒオリが8歳の時だ。彼は仕事をやめ、笑顔を失い、家族に興味を持たず毎日フラフラと出回るようになった。最近では数ヶ月に1度帰ってくるだけ。
理由も原因も分からないままだ。まぁ人というのは脆い生き物だから、ほんのちょっとしたキッカケや不運で絶望に陥ってしまったのかもね。
母はそんな父に対して怒りはせず、離婚などもせずただただ怯えて逆らわないようにしていた。その頃、母の体にいくつかの痣と傷があったことが原因だろう。
ヒオリは持ち前の笑顔でなんとか取り止めようとしたが、無理だった。母も段々と壊れ始め、時折ヒオリを詰った。暴力的なことをしたりは無かったが、ヒオリだけ、酷く怒ったりと精神的に追いつめた。2つ下の弟の陽輝は成績優秀の優等生なのに、ヒオリは不出来であったことがそれをよりいっそう加速させた。
その辺りからヒオリは、突然の不幸に耐えきれず『私は以前のように幸せな子』だと思い込むようになる。どれだけぞんざいに扱われても大丈夫、大丈夫と言い聞かせ笑ってきた。
そんな姉の様子に陽輝がキレたのが2年前、ヒオリ12歳、陽輝10歳の時だ。
彼も歪んだ家庭と頭の良さで相当ひん曲がっていた。
『いつもヘラヘラ笑って気持ち悪いんだよ。もう二度と話しかけんな。』
散々怒った後そう吐き捨ててヒオリから去っていった。そして2人はその日から昨日まで、全く言葉を交わしていない。
数年ぶりの会話は酷いものだったね。思い出しただけで身の毛がよだつよ。
こんなに世界が歪んでいたことに、『僕』も今日まで気づけなかったんだ。
ケンセイの言葉が今ならわかるよ。
ヒオリが忘れているのなら、僕も覚えているわけがないよ。
*
私はまだ全速力で走り続けていた。
体力には自信があるからねっ。はぁーあ、この力を生かしてテニス部じゃなくて陸上部入ればよかったかも。
今更、か。
ちなみに、がむしゃらに走ってはいるが目的地は全くない…わけではない。
とにかく高いところ。
グレーの服をきたお姉さんが私を一瞬不思議そうな目でみたが、すぐ手に持ったスマホに視線を戻した。
店の前の花壇には背の高い薄灰色の向日葵が元気よく咲いていた。
私を見守るかのような太陽は輝いていて、きゅと目を瞑った。
あぁ、全てが眩しくて、よく見えるなぁ。
その時、突風が吹いた。
汗は風圧でとばされ、私の髪の毛も乱れてぼさぼさだ。
風が止み目を開くとそこには、誰もいなさそうな静かなビルがたっていた。入口には『撤去予定』という看板。
私は静かに微笑む。
*
思えば、私たちはかなり歪な関係だった。
全員まともな人生送ってないし、良い環境じゃなかった。 ケンセイとリョウについては詳しくは知らないけれど、きっと彼らも何かあると何故か確信を持っている。ほら、類は友を呼ぶって言うじゃん?
きっと私たちは、いずれ来る崩壊を知りながら目を背けて生きていたんだろう。
アオイはいち早く全て悟ってしまい、いち早く生を諦めた。気づいてしまったのだ。
もう、崩壊の時は始まっているのだと。
中学2年生の冬。アオイとリョウは突然行方不明になり、数ヶ月後の春頃、『アオイだけ』が帰ってきた。
2人は誘拐されたなどではなく、自らの意志による家出だった。その最中にリョウは不慮の事故で死んだらしい。
私も見つかったと報せをうけてすぐに会いに行った。数ヶ月ぶりに見るアオイは様子が大きく変わっていて、秋頃の元気な姿は見る影もなかった。虚ろ瞳は対峙しているにも関わらず私をうつしておらず、ただ一言「心配かけた。ごめん。」とだけ言って、それから何かを話すことは無かった。
生気と元気さを失い、アオイはよく1人で居るようになり、私はよく遠くから眺めていた。
彼女が心配だった、というのも勿論だが、見つめていたのはそれだけでは無い。
アオイが、綺麗だったからだ。
それは風に煽られたカーテンの中、誰もいない教室でひとりアオイが座っていた時に感じた。彼女は今にも消えてしまいそうで、ただただ美しく儚かった。
世界のすべてを知り、
どうしようも無いことに気づき、
もう全てどうでもいいのだと言うかのように。
その雰囲気は
そう。
まるで
かみさまみたいだった。
*
壊れかけのビルに私は迷わずに入っていった。
カンカンカンと階段を駆け上がる音が響き渡る。
随分と走った。いくら体力のある私でも足が疲れてきたし、息があがっている。そんな状況にふと口角があがる。
この疲労は、呼吸は、喜びはすべて生きている証。
ねぇアオイ。やっぱり生きてるって素敵でしょ?私いま、生きててよかったって初めて思った。でもごめんね、約束守れなくて。私には大切なものも私を大切に思ってくれている人もいなかった。ならこうなるのもしょうがないじゃん。
結構古いビルのようで、所々が鉄でできていた。非常階段を使ったのでさくっと最上階までくることが出来た。
10階くらいは登った気がする。息を荒く吐きながら扉を開け、屋上に出た。
日光がカッと入り込み、一瞬目を瞑る。
空は雲ひとつない快晴、だが見下ろした街並みはビルに囲まれ人で溢れていた。
有象無象。という言葉がよく当てはまる。
まるで女王の下で働く無数の蜂のようだ。
…ああでも、働き蜂は忠誠心がすごく強いと聞いたことがあるなぁ。
じゃあ彼らは毒針を持っているだけだね。
忠誠心なんてない。みんな自分を、他人を殺しながら生きている。毒針を使って『誰か』を殺し続けている。
これが、私たちの世界。
黒い手すりを掴んでその上にたち、手を広げた。
その瞬間、ガチャッと扉が開く。
「やっぱり…なんかそんな気がしてたんだ。」
そこには私よりも荒い呼吸をし、顔がくしゃくしゃになったアオイがいた。
さっきから気配を感じていたのだ。
それに何より、
「アオイは私が辛い時はいつでも駆けつけてくれたから。」
普段の私なら気づけなかっただろう。
前の私なら驚いて今死ぬことをやめただろう。
私は笑う。
「でももう止められないよ。」
嫌になるくらい、この世界は広いから。
「私は、とんでいくから。」
私が死んだって、何も悪いことは無い。
「じゃあね。」
むしろ、きっと世界はいい方向に進むのだろう。
たんっと手すりを蹴り、穹へ踏み出した。
青い空が見え、眩い太陽の光がさす。
様々な色彩が私の視界を埋めていった。
ふと、あなたの顔が一瞬違う誰かに見えて
最期
私はいきをとめた。
*
「ーぃ。」
「ぉーぃ。」
「おい!起きろ時間だ!!」
「うわぁ!!」
私は飛び起きた。
「はぁ、ようやく起きた。もう5時間目はじまるよ。さっさと行ってきなさい、八色先生。」
目の前にはやや呆れたように息をついた彼女…アオイがいた。
「うわーぁ完全に寝てたや…ありがとう。アオ…じゃなくて、ありがとうございます龍治先生!」
途中で睨まれたので慌てて敬語にかえた。
私はそそくさと職員室を後にした。
えーと、2年3組か!次の授業は。
私は走らず、だが普通より早いスピードで移動した。
よし、あと2つ授業して、採点とか準備とかをさくっと終わらせて今日こそ定時で帰るぞ〜!
帰って予約しておいたドラマを見るんだ!
…そういえば、何か奇妙な夢を見ていたような…。
ま、いっか!
『海鳥』
幸せを奪われた少女の結末。
翼をもがれた鳥のように彼女は落ちた。
それでも、懸命に、羽ばたこうとしていた。
record by MNE
次章『氷魚』でまた会おう。




