バイオレンスだよ京子ちゃん!
そのあからさまに緊張した顔で撮られた写真を見て、京子は心の底から沸き上がる喜びを全身で表現した。
「やだぁ、真人くん緊張しすぎぃ♪」
ゲーム機から出て来た写真。小さな円形のテーブルに備え付けられたハサミで不器用に切る彼氏をにまにまと嬉しそうに見た。
「はい、京子ちゃん」
まるで割り符のように切られたシールを手にすると、それを愛おしく抱きしめる。
「あ、裏に相性占いが書いてあるね」
シールを裏返すと、そこには『相性35% これから頑張ろう!』と記されており、京子は瞳の奥の光をそっと消した。
「ちょっとお手洗いに行ってくるね」
「あ、うん」
シールを手に、京子はそっとトイレの方向へと消えた。
「すみません、店長居ますか? 佐藤が来たとお伝え頂ければ分かると思いますが……」
トイレの方へ向かった京子は、近くに居たパッとしなさそうな新人店員に声をかけた。
「あ、店長の知り合いですか? 少々お待ち下さい」
店長の知人が来たことを報せに、店員がバックヤードへと向かう。
そして直ぐに不思議そうな顔をした、頭の薄くなった男がやってきた。
「はい、店長の飯田と申しますが……」
ゲーム機の死角、京子は笑顔でスカートのポケットから自動小銃コルトM1908を取り出す。店長の腰に突き付けられた銃口が鈍い光を放っている。
「カレピと撮った写真の占いが35%だったんだけど……」
「は、はい?」
初めて目にする銃器。たまにあるクレーム。そして目の前で屈託のない笑顔で笑う初見の女の瞳は、はっきりとそれがリアルであることを告げていた。
「故障ですよね?」
気弱な店長のシャツは既に脇汗で濡れており、額には脂汗、背中には冷や汗、そして尻汗で全身ずぶ濡れとなった店長は「こ、故障です。すみません」と、片言を発するのが限界であった。
「ですよねー♪ 真人くんと私が1000%ラブラブじゃないなんてあり得ないですもんねー!」
銃口が離されると、店長はようやく生きた心地が戻ってきた。
生まれたての子鹿よりも震える店長は、台車にメダルを載せて通りかかった店員に声をかけ、「此方の方にお出しして」と魂の抜けた声でいった。
「あれ、メダルいっぱいどうしたの京子ちゃん?」
「店長さんに貰っちゃった~」
嘘はいっていないと、京子は満面の笑みで真人に寄り添った。
一日では使えきれない程のメダルを手に、二人は暫くメダルゲームに興じた。
時折ポケットのメモをチラチラと覗く真人を、京子は見て見ぬフリをした。
時刻は午前十一時、何か食べるにはちょうど良い時間帯だ。
「あ、あのさ」
意を決したかのような語り口に、京子は柔やかに「なぁに?」とこたえる。二人で座るメダルゲーム機の中は、既に店長から貰ったメダルでパンパンに溢れていた。
「素敵なカフェを見つけたんだけど、どうかな?」
素敵な。京子はそこに強く惹かれた。
メモにはカフェの名前と場所が記されているのであろう。事前に調べた情報を元に、真人は京子をエスコートしようというのだ。
そんな真人に京子は胸キュンしながら次の言葉を待った。
「きっと気にいると思うんだけど」
眉を下げ少し自信なさげにいう真人は、京子をとても意地悪な気持ちに駆り立てた。
「うんっ! 行こう♪」
メダルを機械へ預け、二人は歩いて十分程の小さなカフェへと向かった。
道中京子が退屈しないように、真人は予め用意していた話題をメモをこっそり見ながら話してくれた。
それは明らかに挙動不審で丸見えだったが、それでも真人のそんな気遣いがとても嬉しかった。
カフェは既に満席で、真人は酷く狼狽えた。
「ご、ごめん京子ちゃん……!」
慌ててスマホで別な店を調べ始めた真人を置き、京子は店内へと足を踏み入れた。
店内は若いカップルがひしめいており、ドアベルの音を聞きつけた店員が京子を見るなり申し訳なさそうな顔をした。
「あいすみません。ただ今満席でして」
京子は一拍置いてにこりと笑った。
「オーナーさんおりますか? お伺いする御予定だったのですが」
京子の言葉に店員がきょとんとした。
そして不思議そうに奥へと向かい、オーナーに来客を告げると、オーナーも不思議そうな顔で入り口で柔やかに佇む京子を見た。
「来客の予定は無いし、だいいち知らない子だね。まあいい私が対応しよう」
オーナーが京子のそばへ駆けつけると、京子は死角を選んでポケットからコルトM1908を取り出しオーナーの腰に突きつけた。
「──えっ?」
突然のことに言葉が追いつかないオーナーに、京子は「予約していた佐藤です。席、空いてますよね?」と微笑んだ。
「えっ? えっ? えっ?」
オーナーの頭はパンクしている。
「席、空いてますよね? カレピッピ待たせてるんだけどな」
外では頭を掻き毟りながら必死でオシャレなカフェを探している真人がいた。
「あ、ええ! 勿論ですとも」
オーナーはようやく事態を把握することが出来た。
そして速やかに近くの客へ声をかけると相席を促し、京子の為に一席を空けたのだった。
お詫びのジャンボパフェが振る舞われた相席組はまんざらでもない顔でパフェを食べており、京子の手招きで真人が「えっ? 空いたの? 良かったぁ」と冷や汗を滲ませながら店内へとやってきた。
奥へと戻ったオーナーの背中は、既に汗で酷く濡れていた。
他のスタッフが不思議そうな顔でオーナーを見る。
不純異性交遊だろうか、隠し子だろうか、等と各々が勝手な想像を膨らませ、そして口をつぐんだ。
「超丁丁丁丁丁重にお持てなしを」と一言だけ告げると、オーナーは事務用パソコンの椅子に座り込み、飲みかけのスポーツドリンクを口にした。
「カプチーノ二つとスペシャルスイートを一つ」
真人は予め決めていたメニューを告げると、おしぼりで手汗をゆっくりと拭き取った。
この店にカップルが多い理由の一つにスペシャルスイートの存在があった。
スペシャルスイートはこの店独自のガラス製容器に盛り付けたパフェなのであるがパフェに飾られたクラッカーにハートマークが描かれていると、そのパフェを食べたカップルは末永く幸せになるという噂があった。
「おまたせ致しました、カプチーノです」
小さな白いカップに注がれたカプチーノからは、とても良い匂いがした。
「お待たせしましたスペシャルスイートになります」
可愛らしい猫のエプロンをした若い女性スタッフが、たどたどしい手付きでパフェを運んでくる。
京子はそのパフェの上に飾られたクラッカーを注視した。
「新條くん」
オーナーが慌てて女性スタッフに声をかけた。パフェを乗せたトレイが少し揺れる。
京子はにっこりとオーナーを見た。テーブルクロスの隙間からは鈍い光がちらちらと見える。
銃口だ。オーナーは息をのんだ。女性スタッフが運んでいるスペシャルスイートのクラッカーには、ハートマークが描かれてはいないのだ。
「こ、このパフェはあちらの席だろう?」
「えっ?」
女性スタッフが手元の伝票を見る。そこに間違いは無い。
しかしオーナーは強い眼差しで女性スタッフに圧を込めた。
「あちらだよね?」
とても気味の良い笑顔でこちらを見る京子に、何かを察した女性スタッフは、「失礼致しました」とパフェを別の席へと運びそしてキッチンへと向かった。
「今しばらくお待ちくださいませ」
その後、生きた心地のしないオーナーが震えながら運んできたスペシャルスイートには、ハートマークが描かれたクラッカーが山盛りに飾られていた。
首をかしげながらスマホの写真と見比べた真人だったが、京子がご満悦な声でスペシャルスイートを食べ始めたので良しとした。
こうして二人は幸せな時を過ごしたのだった。