04
今まで気づかなかったのだが、窓辺に並ぶ小皿の合間に置かれていた小袋を、夫人は手に取った。
「お食事のあいだに、あなたの雰囲気に馴染むよう、整えておいたわ」
おれの前にそっと置いた。
「こちらは……」
「目隠しよ」
「目隠し?」
戸惑いながら繰り返すと、夫人はまた、子供を見るような温かい眼差しを、おれに向けた。
「フロリダス先生の困ったご性分を考えますと、実際に、魔法使いが視ている世界をその目でご覧になって、懲りていただいたほうが、後腐れがないかなと思いまして。おでこの眼を閉じるのは、いつでもできることだし」
茶碗を一口、傾けた。
「と言うのも、一度、天上へお返ししたちからというのは、二度とは戻らないのよ。リリが、閉じる前にあなたに問うべきと、サリアタに告げたのはそのため。常人の方々にとっては生涯に一遍しかない機会でもあるからよ。ご自身で得心して、閉じてほしいと泣きつくまでは」
すっと目元を細め、微笑んだ。
「おでこには触れないでおきましょう。でもだからって、このまま先生を放っぽり出すわけにはいかない。そこで、その目隠し。折衷案と言ったところかしらね」
小袋を見おろした。
五センチ四方の小さな巾着袋だったが、厚みがある。
「それを肌身に付けておけば、超自然的存在を感受することは、ありません。これまでどおりの環境を保てます。反対に、身から遠ざければ、おでこの眼が開かれます。魔法使いの視点が戻ると同時に、超自然的存在からの干渉に曝されることになる。わたしたちが意識的に行っているその切り替えを、物理的に行えるようにする魔法の目隠しよ。どう? 便利でしょ?」
おれは小袋を見つめながら、素直に頷いた。
百聞は一見に如かず。
奥様のご判断は、そういうことのようだった。
なんとも、忖度の籠ったご配慮であり、おれは丁重に辞儀をした。
「わたしの我儘に、いらぬ手間をおかけしてしまい、申しわけございません。お心遣い、恐れ入ります。ゾミナ様。ありがとうございます」
「いいえフロリダス先生。そもそも礼を申しあげなければならないのは、わたしたちのほうこそ。それに、こうしてお会いしてみて……。里の者たちまでもが、先生に肩入れする理由が、よくわかりました。あなたは、裏表なく、その人がいちばん欲しがっている心を、囁く人。別の言い方をすれば、天性の人誑しね」
くすくす笑った。
「あけてみて」
小袋を指差した。
恐縮しつつ頷いて、口紐をゆるめる。
中を覗くと、包み紙が見え、それを取り出し、ひらいてみると――半球状に加工された硝子玉が、あらわれた。
無色透明のその内部では、先ほどメソルデが見せてくれたお守りと同じ七色をした不思議な光りが、煙りのようにゆらめいていた。
夫人が言う。
「詳しい事情は存じあげません。ただ、さっき、ポハンカから聞きました。あなたは、とても大切な首飾りを、お持ちだと。その首飾りには石座があって、今は、なにも嵌まっていないとも」
はっとなって奥様を見、手元の硝子玉を見た。
これが球形ではなく、半球である理由。
「ならばと思ってね。試しに石座の寸法を聞いてみたらあの子、すぐ答えたわ。それで合うはずだけれど。いかが?」
ぴったり、合うだろうと思った。
そう答えると、頷いた奥様が遠慮がちに。
「もっとも勝手にわたしがそう作っただけよ。空席の石座を埋めるかどうかはあなたのご随意にね。肝心は、そのお守りを身近に置いておくことだから。でもね、あの子は」
わずかに前傾し、おれの目を覗き込んだ。
「ポハンカは、埋めて欲しいみたいよ? そうすれば、あなたの大切な首飾りは、これからは、あなたを守護するちからを宿すと、言っていたから」
そうして上体を背凭れに預け。
にこり、微笑んだのだった。
思いがけない、ゾミナ夫人からの贈り物だった。
いや、これは、セナ魔法使いも。
二人の魔女からの贈り物だ。
「そういえば……」
不意に奥様が、視線を宙に彷徨わせ、呟いた。
「メイバドルに、美味しいお菓子を売るお店が、あるのよねえ。かれこれしばらく、食べていないわねえ」
言ってちらりと、おれを見た。
含み笑いを口元に浮かべ、目元を綻ばせながらのそのわざとらしい流し目は、可愛らしく、魅力的だった。
おれも釣られて笑顔になり、ご所望の土産を約束した。
促され、席を立つ。
夫人も杖を持って立ちあがろうとされたので、すぐに手を添えた。
「ありがとう。歳を取ると嫌ね。足腰が言うことを聞いてくれなくなって。あの人は今も達者だけども」
ふふっと苦笑した。
「サリアタが冠ってきたあの帽子ね。里で一緒に暮らしてたときに、わたしが編んだものなのよ。ちゃんとしたのをあとでいくつか作ってあげてるのに……。町へ行くのよ? あんな失敗作を載っけてくるなんて。恥ずかしいったら」
メソルデが開けてくれた玄関口で、向かい合う。
「奥様のお手作りとなれば、出来不出来は関係ないのではないでしょうか。すべてを大切になさっておられるのでは」
応えると、碧い瞳が、くすりと笑った。
「あなたがそう言うのなら。きっとそうね」




