05
気づくとおれは、上体を起こしていた。
ぼんやり寝床を明らめる、円卓の灯火。
はっとして立ちあがり、西側の窓に手をかけた。
両開きのその窓を左右にひらくと、ひやりとした空気が肌に触れ、視界には暗い森の夜。
月光が、幽玄に枝葉を照らす夜の森だった。
まだ近くにいるのではと、声をかけ、目を凝らしたが。
夜風の揺らす梢が、応えるだけだった。
(そんな知れたこと、やつに問うまでもない)
姫様が、好奇心を向けていたのは、モハネトク鉱石の秘める力ではなかったのか。
(まったく邪気がない。なれど、とてつもなく強い)
ならば、その観察は。
サリアタ氏は、あの石に、なにを視ていたと言うのか。
姫様は、樹海の魔法使いに、なにを訊ねたのだ。
(おまえの今日は、まだ、終わらぬ)
その言葉。
これからなにかが、起こると言うのか?
嫌な予感のような、ざらつく胸騒ぎがあった。
静かに窓を閉め、円卓に近づいた。
そこで灯る蝋缶の火を、おれは消さずに寝てしまった。
浪費だったが、新品だった蝋の溶け具合を確認する。
食後に眠り込んでから、六時間ちかく経過していることがわかった。
今はおそらく、当日の真夜中だ。
卓上に、空の食器が影を落としていた。
敷布団の上に、掛布団が掛かっていた。
起きあがった勢いで除けたらしく、裏返っている。
敷布団を敷いた憶えはあったが、掛布団を掛けた憶えはなかった。
「いつのまに」
尿意を覚えた。
吐息をつき、なんとも落ち着かない心持ちで、角灯に火を移し、玄関横の上がり框に置いた。
そうして扉をそっと開け、外の様子を窺った。
魔法使いの隠れ家のいずれにも、明かりはなく、物音もなく、深夜のうちに静まっていた。
おれは角灯を提げ便所へ向かった。
前開きの外套の釦は、留めていなかった。
身に当たる空気の冷たさが幾分やわらいでいるように感じられた。
風向きが少し、変わったようだ。
東の夜空に浮かんでいた満月が、天頂に架かっていた。
黄金色の光りを、湛えながら。
(今宵の月は、忘じ難し)
夜道でなにか、起こるのではないかとびくびくしていたが、なにごともなく、小屋に戻った。
桶の残り湯を路地に捨て、汚れた内を濯いでから、土間に屈んで食器を洗う。
どこぞで、虫のなく声がした。
洗い終えた水を捨てようと、桶を持って外に出た。
空になった桶をかかえたまま、なんとなく、畠に向かって路地を歩いて、おもちゃ箱の正面を、道脇から見やった。
そういえば、と、思う。
サリアタ氏が、木箱を持ちあげるのを見た瞬間だった。
心に痛みが走り、嫌悪をともなう焦りが湧いた。
居ても立っても居られず、まるで、奪い返すように。
頭では、わかっていながら、心が、付いていかなかった。
ちぐはぐだった。
おもちゃ箱の玄関口に、明かりが点った。
緑の淡い光りだった。
夜陰にまぎれ、存在にまったく気づかなかった。
左手から不意に光明を放った魔女が、おもちゃ箱に向かって一人、佇んでいた。




