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噤みの森(つぐみのもり)  作者: べにさし
その夜空に架かる月
51/205

05

 気づくとおれは、上体を起こしていた。

 ぼんやり寝床を(あか)らめる、円卓の灯火(ともしび)

 はっとして立ちあがり、西側の窓に手をかけた。

 両開きのその窓を左右にひらくと、ひやりとした空気が肌に触れ、視界には暗い森の夜。

 月光が、幽玄に枝葉(えだは)を照らす夜の森だった。

 まだ近くにいるのではと、声をかけ、目を凝らしたが。

 夜風の揺らす(こずえ)が、応えるだけだった。


(そんな知れたこと、やつに問うまでもない)


 姫様が、好奇心を向けていたのは、モハネトク鉱石の秘める力ではなかったのか。


(まったく邪気がない。なれど、とてつもなく強い)


 ならば、その観察は。


 サリアタ氏は、あの石に、なにを()ていたと言うのか。

 姫様は、樹海の魔法使いに、なにを訊ねたのだ。


(おまえの今日は、まだ、終わらぬ)


 その言葉。


 これからなにかが、起こると言うのか?




 嫌な予感のような、ざらつく胸騒ぎがあった。

 静かに窓を閉め、円卓に近づいた。

 そこで(とも)蝋缶(ろうかん)の火を、おれは消さずに寝てしまった。

 浪費だったが、新品だった蝋の溶け具合を確認する。

 食後に眠り込んでから、六時間ちかく経過していることがわかった。

 今はおそらく、当日の真夜中だ。




 卓上に、(から)の食器が影を落としていた。


 敷布団(しきぶとん)の上に、掛布団(かけぶとん)が掛かっていた。

 起きあがった勢いで除けたらしく、裏返っている。

 敷布団を敷いた憶えはあったが、掛布団を掛けた憶えはなかった。


「いつのまに」


 尿意を覚えた。

 吐息をつき、なんとも落ち着かない心持ちで、角灯に火を移し、玄関横の上がり(がまち)に置いた。

 そうして扉をそっと開け、外の様子を窺った。

 魔法使いの隠れ家のいずれにも、明かりはなく、物音もなく、深夜のうちに静まっていた。

 おれは角灯を()げ便所へ向かった。


 前開きの外套(がいとう)(ぼたん)は、留めていなかった。

 身に当たる空気の冷たさが幾分やわらいでいるように感じられた。

 風向きが少し、変わったようだ。


 東の夜空に浮かんでいた満月が、天頂に架かっていた。

 黄金(こがね)色の光りを、湛えながら。


(今宵の月は、(ぼう)(がた)し)


 夜道でなにか、起こるのではないかとびくびくしていたが、なにごともなく、小屋に戻った。

 桶の残り湯を路地に捨て、汚れた内を(すす)いでから、土間に(かが)んで食器を洗う。

 どこぞで、虫のなく声がした。

 洗い終えた水を捨てようと、桶を持って外に出た。

 (から)になった桶をかかえたまま、なんとなく、畠に向かって路地を歩いて、おもちゃ箱の正面を、道脇から見やった。


 そういえば、と、思う。

 サリアタ氏が、木箱を持ちあげるのを見た瞬間だった。

 心に痛みが走り、嫌悪をともなう焦りが湧いた。

 居ても立っても居られず、まるで、奪い返すように。

 頭では、わかっていながら、心が、付いていかなかった。

 ちぐはぐだった。


 おもちゃ箱の玄関口に、明かりが(とも)った。

 緑の淡い光りだった。

 夜陰にまぎれ、存在にまったく気づかなかった。

 左手から不意に光明(こうみょう)を放った魔女が、おもちゃ箱に向かって一人、佇んでいた。

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