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噤みの森(つぐみのもり)  作者: べにさし
暴かれた事実
43/205

02

 モハネトク鉱石は、地球には存在しない。

 先史人類ですら知らない新種の鉱物。

 この星の固有種。


(そう思う)


 樹海の魔法使いの口から出た、短い言葉。

 即答だったが、断定ではない。

 しかし、事実、一片の記述も見なかったのだ。

 石から金属へと変成していく過程で、人を死に至らしめる不可視光線を放射する鉱物など。

 そんなもの、どこにも書かれていなかった。


 土の匂いのする手ぬぐいで、頬を伝う涙をぬぐう。


 発病の素因である疑いは濃厚でも、因果関係の特定はできなかった。

 毒成分は検出されず、病原菌の仕業でもなく、呪詛でもなかった。


(にもかかわらず、それは生体に極めて有害な特質を発揮したものと考えられる。われわれにも割り切れない、不可知の特質を)


 顕微眼けんびがんですら、捕らえられなかった。

 それが、光りであるならば、物質としてのその粒子ははなはだ極微であり、彼らの探知能力の限界を超えていたものと理解できる。

 おれ自身も、光りについての知識はあっても、不可視光線を放射する鉱物。

 そんなものが存在するとまでは、考えが及ばなかった。


(まったく邪気がない。なにも感じない。なれど、とてつもなく強い。それがおそろしい)


 斟酌しんしゃくなど一切ない大自然の力。

 命がそれに接すれば、細胞組織は破壊される。

 純粋で、残酷な、論理の帰結に過ぎない。

 太陽の力を放つ石。

 まさかそんなものが、この世に存在しようとは。


(それで、わかったのだ。石の正体が。太陽が教えてくれた)


 わずかにあごをあげた。

 滲む視界に、胡坐あぐらをかいた老人の膝頭ひざがしら


 恒星の力を感受する。

 サリアタ氏が発揮したそのちからが、魔法使いのわざとして、どれほど突出したものなのか、客観的な判断は、おれには仕様がなかった。

 だが、そのちからが導き出した回答は、われわれが経験したわざわいの空白を、埋めるものだった。

 そしてその回答は、役場の顧問魔術師をはじめ、診断を仰いだ魔法使いたちにとって、不可能事だった。




 一つ、深呼吸をしてから、謝辞とともに手ぬぐいをお返しした。


「おまえさんの故郷で、起こった災難のしらせは、真裏に当たるこの土地にまで届いた」


 手ぬぐいを首にかけながら、言う。


「噂の真偽はどうあれ、多くの者が死んだと聞いた。何人やられた?」


 細い瞳が、木箱をじっと見つめていた。

 けわしくも、悲しげな眼差しであった。

 どうしようもなく震える声で、おれは答えた。


「わたしが把握している人数は、三十三名です」


 三十三、と、呟いて、まぶたを伏せた。


「皆、同じ死にざまか?」


「直接の死因は、異なったようですが。八割近くの方が、骨髄に障害を起こし、失血による多臓器不全で」


「いかにも。フロリダス殿」


 小声で呼びかけ、かぶった麦藁帽子のつばが、魔法使いの目許を隠した。


「そのうちの一人が、この首飾りの持ち主か」


 藍色に深まりはじめた、西の空。


(長老さん、もうにっこにこなんだから。ご機嫌伺いだなんて言ってわざわざ来るけど、遠まわしの催促よ。あたしに一個くれるんだって。首飾りにしようかな)


 驚きは、しなかった。

 やはりえていたのかと、思っただけだ。

 畠にひろがる緑葉あおばの群れが、去りやらぬ夕焼けを一面に浴び、波立つように揺れていた。


「そのとおりです」


 革製の巾着袋。

 その中身は──。


 郷里を襲ったわざわいが、木製の石座いしざに収まる、首飾りだった。

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