02
モハネトク鉱石は、地球には存在しない。
先史人類ですら知らない新種の鉱物。
この星の固有種。
(そう思う)
樹海の魔法使いの口から出た、短い言葉。
即答だったが、断定ではない。
しかし、事実、一片の記述も見なかったのだ。
石から金属へと変成していく過程で、人を死に至らしめる不可視光線を放射する鉱物など。
そんなもの、どこにも書かれていなかった。
土の匂いのする手ぬぐいで、頬を伝う涙をぬぐう。
発病の素因である疑いは濃厚でも、因果関係の特定はできなかった。
毒成分は検出されず、病原菌の仕業でもなく、呪詛でもなかった。
(にも拘わらず、それは生体に極めて有害な特質を発揮したものと考えられる。われわれにも割り切れない、不可知の特質を)
顕微眼ですら、捕らえられなかった。
それが、光りであるならば、物質としてのその粒子は甚だ極微であり、彼らの探知能力の限界を超えていたものと理解できる。
おれ自身も、光りについての知識はあっても、不可視光線を放射する鉱物。
そんなものが存在するとまでは、考えが及ばなかった。
(まったく邪気がない。なにも感じない。なれど、とてつもなく強い。それがおそろしい)
斟酌など一切ない大自然の力。
命がそれに接すれば、細胞組織は破壊される。
純粋で、残酷な、論理の帰結に過ぎない。
太陽の力を放つ石。
まさかそんなものが、この世に存在しようとは。
(それで、わかったのだ。石の正体が。太陽が教えてくれた)
わずかに顎をあげた。
滲む視界に、胡坐をかいた老人の膝頭。
恒星の力を感受する。
サリアタ氏が発揮したそのちからが、魔法使いの術として、どれほど突出したものなのか、客観的な判断は、おれには仕様がなかった。
だが、そのちからが導き出した回答は、われわれが経験した禍の空白を、埋めるものだった。
そしてその回答は、役場の顧問魔術師をはじめ、診断を仰いだ魔法使いたちにとって、不可能事だった。
一つ、深呼吸をしてから、謝辞とともに手ぬぐいをお返しした。
「おまえさんの故郷で、起こった災難の報せは、真裏に当たるこの土地にまで届いた」
手ぬぐいを首にかけながら、言う。
「噂の真偽はどうあれ、多くの者が死んだと聞いた。何人やられた?」
細い瞳が、木箱をじっと見つめていた。
険しくも、悲しげな眼差しであった。
どうしようもなく震える声で、おれは答えた。
「わたしが把握している人数は、三十三名です」
三十三、と、呟いて、まぶたを伏せた。
「皆、同じ死に様か?」
「直接の死因は、異なったようですが。八割近くの方が、骨髄に障害を起こし、失血による多臓器不全で」
「いかにも。フロリダス殿」
小声で呼びかけ、かぶった麦藁帽子のつばが、魔法使いの目許を隠した。
「そのうちの一人が、この首飾りの持ち主か」
藍色に深まりはじめた、西の空。
(長老さん、もうにっこにこなんだから。ご機嫌伺いだなんて言ってわざわざ来るけど、遠まわしの催促よ。あたしに一個くれるんだって。首飾りにしようかな)
驚きは、しなかった。
やはり視えていたのかと、思っただけだ。
畠にひろがる緑葉の群れが、去りやらぬ夕焼けを一面に浴び、波立つように揺れていた。
「そのとおりです」
革製の巾着袋。
その中身は──。
郷里を襲った禍が、木製の石座に収まる、首飾りだった。




