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噤みの森(つぐみのもり)  作者: べにさし
樹海の魔法使い
41/205

03

土鉄つちがねと同種」


 鋭い眼差しがおれに向く。


「マルセマルスカス様から、そうお聞きしました。それはこの石も、土鉄つちがねの毒性と同じなにかを含んでいるということですか?」


「いや違う。そうではない。この石の成れの果てが、土鉄つちがねだということだ」


 おれの頭上へちらりと目をやって、続けた。


「あの山から湧き出た水は、流れ流れて、やがて海へと辿り着く。事物は漏れなく、高きから低きへ流れるように、定まるところへ移ろうもの。それが天下のことわり。今は美しく耀かがやくこの石も、定まるところに流れながら、まるで老化するように、徐々につやを失い、ながい永い時を経て、土鉄つちがねと呼ばれる元素と化す。その毒とは関係ない」


「石が、金属に」


 茫然と呟いて、木箱に触れた。


「この内側の厚い金属も、土鉄つちがねですよね? マルセマルスカス様がお持ちになったのも、土鉄つちがねでした。封印との説明を受けましたが、それは」


「そうだ。土鉄つちがねは、この石が秘める猛毒を、よくよく封じ込めるのよ。魔法ではないよ。物質的な話しだ。いずれ土鉄つちがねと果つる石の封じに、土鉄つちがねが適する事実については、偶然か必然か、わしにもわからんが。ルイメレクが残したおもちゃ箱のなかに、土鉄つちがねすずの合金があったことを思い出してな。それでどうにか用意ができた。こちらは完全に偶然だ」


 こけこっこーと鶏が、だしぬけに鳴いたので、おれはそちらへ顔を向けた。

 マルセマルスカス氏が示した、サリアタ氏の言葉の真意が知れ、理解はともかく、納得した。

 石が土鉄つちがねに変質する。

 その土鉄つちがねが、石の猛毒を封印する。

 いずれの返答も、よどみがなかった。

 確信がなければ、答えられない。

 向きなおり、木箱を見つめた。


「この石は。この星、固有のものと、思われますか?」


「そう思う」


 即答だった。

 頬が思わずゆがんだ。

 先史人類の偉大な歴史を、おこがましくも眺め尽くしたとは思わない。

 だが、先祖学者として、目星を付けた記録群を読み尽くしたという自負はある。


「モハネトク鉱石。われわれはそう呼んでいました。発見された鉱山の名前です。のちには、呪われた石とも。片手で持てるほど、どれも小さな石でしたが、わたしには、乗り越えられませんでした。ロヴリアンスはなにも語ってくれなかった。何度、訪ねても、徒労に終わりました」


 よぎる。

 ここに辿り着くまでに、去来していた様々の記憶が、色々の感情が。


「サリアタ様」


 求めたその名は違えども、ついに面前にした人物は、まぎれもなく。

 樹海の魔法使いに、おれは問いかけた。


「この石は、いったい、なんなのですか?」


 しぼり出すような声になって、深々と頭をさげた。


「教えてください。この石が秘める猛毒とは」


 すると、おれの左肩に、そっと手が置かれた。

 その仕種が、愚かな男の伏せたおもてを持ちあげる。


「そろそろ夕餉ゆうげの刻限だが、先におろしてしまおうか。おまえさんが独り、この肩に負った重い荷を」


 静やかにそう言って、サリアタ氏は語りはじめた。

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