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03

 それからまもなくだった。

 川伝いに岩場を登り、なんとなく気にしていた左手側が、またもやおれの注意を引いた。

 人影ではなく神妙な森でもなく、羊歯しだ植物の這う岩盤。

 林床りんしょうかられさがるつたのその下に、大人が立って入れるほどの穴が一つ、ぽっかりと口をけていたのだった。


「洞窟です。洞窟があります」


 先をゆく姫様はすでに、その正面に差しかかっていた。

 気づいている、知っているに違いなかったが、一応かけてみた言葉には案の定、ちらりと左を見やっただけで、脚はとまらなかった。

 洞窟があるからなんだと言われたような気がする。

 確かに、洞窟があるからなんだという話しではある。

 あてはもう早、目前であり、足をとめているいとまはない。

 おれは頷いて、歩調をゆるめずに前を通りしな、何心なにごころなく洞穴ほらあなに目をやった。

 足がとまった。

 だらりと垂れたつたの向こう。

 洞窟の内の暗中に、褐色をした、太い棒状のものが一本、ほぼ垂直に立っていた。

 長さはおよそ一メートル。

 光沢はなく、ただの丸木に見えなくもなかったが、木の質感とは違うような気がし、なんだあれはと思う。

 思いつつも、姫様の尾っぽにかれ、ちらちらと目をやりながら歩き出す。

 すると視点が移り、正面からだと棒に見えていたそれが、徐々に左へ、楕円に膨らんでいく。

 ふたたび足がとまった。

 奥行がある。

 あれは棒ではない。

 厚みを持った、半円のような形をしている。

 気づいて、闇間やみまに目を凝らした。

 褐色に映えたその半円は、どうやらなにかの一部分が、日照に当たっているだけのようであった。

 半円に見えている物体の全形は、円なのでは?

 それを含めた全貌は、しかし、洞窟にわだかまる濃い闇に呑まれ、ようとして知れなかった。


 ものすごく気になった。

 人工物である。

 山麓の森にて初めて目にする、人工物。

 立地的に思い当たるのは、水車の羽根車はねぐるまだ。

 一帯は、魔法使いたちの庭も同然。

 流れの激しい渓流と言えど水車の痕跡があって不自然はないし、その川沿いに口をけている洞窟は、大掛かりな水回りの倉庫として、いかにも都合がよろしい。

 ただ、羽根車はねぐるまは例外なく、木材で造られる。

 あの褐色は、木の質感ではないような。

 短剣のつか逆手さかてで握り、少しだけ引き抜いて、覗く剣身けんみを見おろした。

 きらり、陽光に反射する、赤金あかがね色。

 色味も光沢も異なるが、あれが金属だとすると考えられるのは、やはり銅だろう。

 ならば、弾車はずみぐるまか?

 水流のむらを解消する目的で、羽根車はねぐるまの回転軸に直接とりつけられる、銅盤。


 近くで見たいと思った。

 答え合わせをするだけなら、たいして時はかかるまい。


「姫様」


 声を張ると、谷にわずかに反響し、振り返った。

 おれは洞窟を指し示した。


「中になにかあります。確認しても、いいですか?」


 危険かどうか、姫様の反応で推し量ろうと問いかけてみると、つまらなそうに一瞥いちべつをくれただけで、態度には否応もなかった。

 危険はないと判じ、おれは洞窟に近づいた。

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