02
世の魔法使いが、そのすべてが、善良であるとはかぎらない。
生まれながらに持った異能と、生まれたあとに養われた人格は、別である。
その点は、地図屋の男の言うとおりで、下劣な魔法使いも存在する。
現に、おれに殺意を向けた、無頭のラズマーフ。
そうした輩の産物に相違なかった。
だが、今、目の前に立っている魔法使いは、違うと思った。
真摯に、真実を語っていると、心が判じた。
だからおれは、言葉を失い、うなだれた。
けれど。
こればかりは、どうしようもない。
魔法使いとて、人間。
その可能性は、充分にあった。
死去の原因がなんであれ、その可能性は。
もとより約束のない訪問であった。
面会の叶わぬこと、当然の旅路であった。
ただ、ほんの少し、期待してしまった。
会えるかもしれない。
おれは、期待してしまったのだ。
蒼白に違いない顔面を、ぎこちなくもちあげて、坂の方々に目をやった。
地団駄を踏んでいるはずの姿は、しかし、どこにも見つからなかった。
案内する。
彼女は、おれをいずこへ、導くつもりであったのか。
ルイメレク魔法使いの墓前か?
自嘲の笑いがむなしくこぼれ、ため息をつく。
向きなおり、没年を訊ねた。
聞こえた暦の年数に、唖然となった。
「ですので、六十七年前になります」
「そんな。そんな昔に」
話しにならない。
おれが生まれる前――三十年以上も、前ではないか。
「享年は」
「存じあげません。ただ、祝賀すべき大往生での昇天と。ご高齢であられたとは思います」
どういうことだ。
六十七年も前に世を去った魔法使い。
その名を、先生は、どうしておれに伝えたのだ。
面会の叶うはずのない相手を訪ねろと、先生は。
そういえば、思い返してみれば、あの時。
魔法使いの素性について、訊ねた時。
あきらかに先生は、返答に窮されていた。
先生ご自身も、ご存じでは、なかった?
ルイメレクの年齢も、没年も。
面識が、なかったのか?
残されたお言葉の深意を、おれは先生の過去に求めた。
しかし、樹海につながる情報は、なに一つ得られなかった。
そもそも、両者につながりなど、なかったのでは。
「大丈夫ですか?」
気遣わしげな顔が、覗き込んだ。
ひきつった笑みを返し、頷いた。
事の仔細は、もはや、知るよしもない。
この旅の発端となった、二人の賢者。
肝心のその二人が、もう世にはいないのだ。
自分には知る伝のない事実を、知れただけでも、有り難いと言わねばなるまい。
だが。
おれは。
アポニ・ドレスン。
その人物のことは、よく知っているのだった。
ラステゴマの知性が、意味もなく、魔法使いの名を賢者と評するわけがない。
先生が、意味のないことを、おれに伝えるはずがない。
のみならず、あの神秘の獣も。
単なる恣意で、人間を樹海の深みへ導いたとは、やはり思えない。
彼女は、おれが背負う災いを、的確に見抜いた。
先生のお言葉と、森の少女の好奇心が、おれをこの場に立たせたのなら。
この状況にも、意味が、あるはずだ。
おれが知る、ルイメレクのその名は、樹海の魔法使いを指す記号。
彼女の蹄が向かっていたのは、その記号。
そして、樹海にあらわれた、魔法使い。
マルセマルスカスと名乗った、魔法使い。
その面前に、おれは今、立っている。
つまり、やはり、彼は。
おれの意に添う宛ではないのか?
あかるい瞳の深奥に、知的なともしび。
その目元が、ふと、ゆるんで微苦笑し、口をひらいた。
「ルイメレク様をお訪ねになられた、あなたのご期待には、応えられないと思います」
おれは姿勢をただした。
「本当に、そうでしょうか?」
謙遜とみて、言い継いだ。
「ご見識に、照らしていただきたい物が、あります。見極めていただきたい物が」
すると。
「それですね。問題は」
わずかに顎を引き、地面に転がる背嚢へ目線を落とした。
その反応に目を見張った。
おれの目的を、彼はすでに承知している。
「ですが。やはり、わたしには」
微笑みながら呟いて、自分の手元に視線を移した。
薄汚れた布の包みを、魔法使いは持っていた。
なにやら、三十センチ四方の板状の物が、くるまれているようだった。
「ルイメレク様と、お会いすることは、叶いません。お役目を全うされ、昇天されました」
包みの結び目を、ほどいていく。
「しかしながら。六十七年前のそのご最期に、立ち会われた方が、おられるのです。ルイメレク様が生前、唯一もたれたお弟子様。その方は」
おれを見た。
「今もって、ご存命です。この森で」
吹きおろすような風が、梢を鳴らした。
ゆったりとした寛衣が、はためいた。




