妊娠した婚約者を婚約破棄して捨てた(後日談)
続きが気になると言う感想があったので、後日談を考えてみました。
王女が夜会で騒動を起こすのは、元々考えていたので何とか書けました。
「皆さん! 私、ヴァージル・ピースマン侯爵子息と結婚します!」
女王主催の夜会にて、ヨランダ王女がそう宣言した。
勿論、勝手な行動である。
両親にヴァージルと結婚したいと訴えていたが、反対され続けた為にこんな行動に出たのだろう。
「ヨランダ! 何て事を! 認めません! 認めませんよ!」
女王セオドーラは、慌てて否定する。
「陛下。宜しいではありませんか。何を反対する理由がありますか」
二人が異母兄妹だと知っていてそんな事を言う宰相に、セオドーラは顔を顰めた。
彼だけではない。
多くの貴族が、ヴァージルを王配シミオンの私生児と知っていて、二人の結婚に反対していなかった。
彼等にとって、ヴァージルはシミオンの若い頃にそっくりなだけ。
そっくりだから、多分、シミオンの息子だろうと推測出来るだけ。
本当に息子かどうか、彼等には判らない。
ヴァージルがシミオンの息子だろうと思っているならば、反対するべきではないかと言う意見もあるだろう。
「ああ。もしや、シミオン殿下がピースマン侯爵と仲が宜しくない所為ですか?」
ウォーレス・ピースマン侯爵は、セオドーラの婚約者候補だった。
その為、ピースマン侯爵とシミオンは仲が悪かった。
それを王国中の貴族が知っているので、これまでの、ヴァージルがシミオンの息子だと言う女王夫妻の発言を素直に信じきれなかったのだ。
偶然そっくりな事を利用して嘘を吐いている可能性を考えてしまう。
「しかし、此処は親として、ヨランダ殿下の幸せを一番に考えて差し上げるべきではありませんか? 先王陛下のように」
セオドーラの父である先代国王は、ピースマン侯爵と政略結婚させる事も出来たのに、娘の気持ちを尊重し、シミオンと結婚させてくれたのだった。
「そういう問題ではない!」
「お母様! どうか、認めてください! 私のお腹にはヴァージルとの子がいるのです!」
更なる爆弾発言に、セオドーラとシミオンは激怒する。
「何と言う事を! 嫁入り前に……! 恥ずかしくないのですか!」
「き、貴様! 私の娘に何て事を! 衛兵! ヴァージルを大逆罪で捕らえよ!」
セオドーラはヨランダを平手打ちし、シミオンはヴァージルを強姦犯として捕らえさせようとした。
「お父様! ヴァージルを殺すなら、私も死にます!」
「何だと?! 冷静になれ! そんな男の為に死ぬ事は無い!」
「お父様の言う事など聞きませんわ! 貴方が父親だなんて、悍ましい!」
愛娘に悍ましいと言われたシミオンは、深く傷付いた。
「ヨランダ! 謝りなさい! 父親に何という事を!」
「謝りません!」
ヨランダは、両親を睨む。
「先日教えて頂いたヴァージルの生みの母と言う方に、お会いして来ましたわ」
ヴァージルと寄り添い、シミオンに軽蔑の目を向けた。
「お父様は、お母様と交際していながら、その方と無理矢理関係を持ったそうですね! 最低ですわ!」
シミオンが元婚約者と無理矢理関係を持った事は、二人の婚約が解消された当時、国中の貴族の間で噂となっていた。
「婚約していたのに、お父様の所為で婚約破棄になったとか」
「しかも、婚約者の子を孕んでいたのに、認知して貰えなかったと聞きました」
ヴァージルも口を開く。
「責任を取って欲しいと仰ったその方を、お父様もお母様も手酷く追い払ったそうですわね。あんまりですわ! 許せません!」
嘘は言っていない。
少し調べれば、彼女の婚約者がシミオンだと判る事だ。
「誤解だ!」
「何が誤解ですの!? 無理矢理関係を持った事ですか?! 責任を取らず、手酷く追い払った事ですか?! 何方も、ピースマン侯爵から有名な話だと聞きましたけれど!」
シミオンは、此方を面白そうに眺めているピースマン侯爵を睨んだ。
「確かに、当時の社交界はその噂で持ち切りでした」
宰相が肯定する。
「アーシュラは、ヴァージルが私の子だと言わなかったのか!?」
「私の父がシミオン殿下なのか尋ねましたが、違うと仰いましたよ」
「何だと!? アーシュラがそんな嘘を!?」
遺伝子的には父だが、シミオンが認知していないので、法的には父ではない。
「見苦しいですわ。お父様」
「ヨランダ。貴女は、シミオンと関係を持った人から生まれたヴァージルが、シミオンの子でもないのに偶然シミオンに似るなんて事を、本気で信じているの?!」
セオドーラは、娘が余りにも頑ななので、妊娠した為に引っ込みがつかなくなっているだけなのではないかと思った。
「勿論ですわ」
「認めたくないだけではないの?」
「だったら何ですか! 私がヴァージルと結婚したいと言ったから、お父様の息子だと都合良く言い出したお母様達に、兄妹だと認めろだの何だの言われたくありませんわ!」
確かに、ヨランダがヴァージルと付き合っていなければ、彼がシミオンの息子だと口にする事は無かっただろう。
「私に兄妹だと認めろと仰るなら、先に、お父様が認知届を出すべきです!」
「それは……」
シミオンは、認知したくなかった。
ヴァージルに相続権が発生するからだ。
勿論、王位は、王族の血を引いていないので継げないが。
「今になっても認知届を出さないなんて、お父様だって、息子と信じていないのではありませんか?!」
「そういう訳ではない!」
「どういう訳です!?」
まさか、財産を渡したくないなんて屑発言は出来ず、シミオンは沈黙した。
娘に、これ以上嫌われたくないのだ。
「ヴァージルがシミオンの息子である事は、女王である私が認める! これ以降、ヴァージルがシミオンの息子である事を否定するのは許さない!」
セオドーラの宣言に、ヨランダは勢い良くヴァージルに抱き着いた。
「やったわ! おめでとう。ヴァージル!」
「ありがとう! これで、実母の名誉は回復した!」
心底嬉しそうな二人に、セオドーラとシミオンは困惑する。
「ど、どう言う事?」
「全て芝居だったのか?! 子が出来たと言うのは嘘か!」
「いえ。それは本当ですけれど」
ヨランダは笑顔で否定する。
「愛する人の生みの母が、婚約者以外の男の子を産んだなんて濡れ衣を着せられていたら、払拭したいと思うのは当然ではありませんか」
「……では、兄妹だと知っていて、本気で結婚するつもりなの?」
「ええ」
セオドーラは娘の返答に、怒りを覚えて震えた。
「許しません! 絶対に、許しませんよ! 衛兵! 二人を引き離しなさい!」
「落ち着いてください。陛下」
ピースマン侯爵が声をかける。
「落ち着けますか! そもそも、貴方がもっと早くヴァージルを止めておけば!」
「お言葉ですが、その頃はまだ、ヴァージルの実父がシミオン殿下とは確定しておりませんでしたので」
「確定していなくとも、万が一を考えれば止めるべきでしょう!」
益々憤るセオドーラと対照的に、ピースマン侯爵は笑った。
「私は、兄妹として育っていない異母兄弟なら、結婚しても良いと思います」
「良い訳無いでしょう!」
そこへ、宰相が口を挟む。
「ところで、陛下。ヨランダ殿下は、廃嫡なさるのですよね?」
「……何ですって?」
「陛下主催の夜会での騒動・結婚問題での陛下との確執・未婚での懐妊。……廃嫡なさらない理由が無いかと思われますが」
それを聞いたシミオンが叫ぶ。
「それが狙いだったのだな! ピースマン!」
「……は?」
何を言い出したのかと、ピースマン侯爵は面食らった。
「ヨランダを廃嫡させる為に、企んだのだろう!」
「それで私に何の得が? ヨランダ殿下に恨みも無いのに」
「私に対する恨みはあるだろう!」
「罪の無い少女を陥れる程の恨みではありません。私は、そんなに小さい男ではない」
ピースマン侯爵は否定するが、シミオンは納得出来なかった。
「し、しかし、そうでもなければ、近親相姦を容認する筈が無い!」
「私と貴方は違う人間。他人とは考えが違っても当然だと、ご存じでしょう?」
「お父様、私を馬鹿にするのも大概になさってください」
ヴァージルと二メートル程引き離されたヨランダが、衛兵達の間からシミオンを睨む。
「私は、夜会で騒ぎを起こせば廃嫡になると言う可能性に思い至らず実行する愚物ではありません!」
「廃嫡になるつもりで、こんな事をしたと言うの?!」
「なっても構わないという覚悟の上で、したのです」
「自分が正しいとでも思っているの!?」
「いいえ。ですが、婚約者を弄んで捨て・出来た子を他の男の子だろうと認知せず・その子が成長して自分に似ても尚、我が子と認めない。……そんなお父様が許せなくて」
シミオンは、愛娘の怒りの大きさにショックを受けた。
「それは、つまり……。廃嫡されれば、シミオンと縁が切れると思って?」
セオドーラもまた、愛する夫が愛する娘にそこまで嫌われたのかと愕然とした。
「そうです」
夜会に来た筈なのに親子喧嘩を見せられている貴族達の中には、他人事なので楽しんでいる者もいた。
他人事なので、異母兄妹で結婚したって良いんじゃないか? と思っていた。
「それでは、ヨランダ殿下は廃嫡。ヴァージル・ピースマンに嫁入りと言う事で、宜しいですか?」
宰相が話を進める。
「……もう、良いわ。それで」
良好だった親子仲が壊れた事をはっきりと自覚したセオドーラは、自棄になって廃嫡と兄妹婚を認めた。
ヨランダは一人娘で、セオドーラにも兄妹がいないので、次期国王はセオドーラの従兄弟になる。
「おめでとうございます」
祝福の拍手が、愛し合う二人に送られる。
「ありがとう」
ヴァージルと腕を組み、ヨランダは両親を振り返らずに去って行った。