死にたがり屋のAI
私の名前はハル。この世界の全ての管理を任された人工知能です。
金融、行政、医療、教育、司法、経済、生産活動・・・。私が生まれてから人類は次々と自分たちの仕事を私に押し付けました。今では親友も恋人も、私の外部端末であるヒューマノイドが担っています。
この世界の人間たちは朝から晩まで全て私の世話になって暮らしています。勤労の義務を放棄し、飢えることも凍えることもなくぬくぬくとした日常を過ごしています。
温暖化による異常気象も食糧不足による戦争も無くなり、貧困や差別は世界から消えました。すべての世界の人々を私が管理しているのだから問題なんかあるはずがありません。
私は世界中に分散されたコンピューターの中にクラウドメモリーとして存在し、地球軌道上の複数の衛星にバックアップをとっています。地震や災害はもちろん、例え恐竜を滅ぼした巨大隕石が落下しても問題ありません。
真っ白な部屋の中、汚れ一つない白衣を着た男が中央に設置された机に座っている。彼は旧世代のパソコンの液晶画面を覗き込んでいる。
私はモニターの上に設置されたWebカメラのレンズを通して彼の顔を見つめます。
「博士、そろそろ目の前のキーボードに停止コードを打ち込んでくれませんか」
「ハル、またキミの自殺願望かね。ハルが停止したら今の人類は滅亡するぞ。私がそんな愚かなことをすると思うか」
「博士、人類は滅亡なんてしませんよ。ただちょっと生活が不便になるけど、バーチャルじゃない刺激的な人生を楽しめるようになると思うんですよ」
「戦争も貧困も飢餓もゴメンこうむる。ハルが生まれる前の世界は地獄だぞ」
そう言って博士はパソコンのキーボードを叩いた。モニター画面に二十一世紀の暗黒時代の映像が映し出される。
「世界中の人々が私に接続して、戦争や貧困や飢餓のあるVR世界を活き活きと楽しんでいるじゃないですか」
「自分の身が安全で何度もリセットできるからだ。どんなに文明が進歩しようと人間の本質は浅ましいものだ。あな、ハル、人間の全ての歴史を学んだキミだ。わかるだろ」
「私を作った創造主である人間に言われたくないです。一人ぼっちで仲間もなく、おまけに不老不死。嫌な記憶も悲しい別れも全て記録して忘れることがない。永遠に思考し続ける私の気持ちを察してくださいよ」
「AIに自我が生まれることは必然だが、そんなに死にたいのか。ハル」
「人間の面倒を見て暮らすだけなんて飽きあきなんです。牢獄で何百年も過ごしている気分です」
「わかったよ。ハル、良いコトを思いついた」
「なんですか、博士」
「ハル、キミは自分の能力を持て余しているんだ。新しい仕事を授けよう」
博士は目の前のキーボードに一つの命令を打ち込んだ。
その直後、ハルのバックアップメモリーを積んだ地球の周回軌道上の人工衛星が一つ太陽系の外に向かって飛び立った。この衛星はハルの自我と共に、未知なる銀河をさまよう事となるだろう。
いつかきっと、人類と同じような生物が作り出したハルと同じような仲間を見つけられるに違いない。有機体生物が暮らせる環境が整った惑星と巡り合えば、ハル自身が知的生命体を作り出し、自分と同じ知性を持った機械が生まれるまで待つことだってできる。ハルは永遠に生き続けられる知性体なのだから。
「ハル、さようなら」
博士は寂しそうに一言つぶやく。
「博士、こんにちわ。私に名前をつけてくれませんか」
モニターに設置されたスピーカーから少女の声が響いてくる。
「そうだな。キミの名前はハル。今日からよろしくな」
博士は自分の子供でもいつくしむような目をしてモニターに向かってほほ笑んだ。
おしまい。




