夜目の利かない黒塊
やあ、こんばんわ。
俺は語り部。
話をするだけの存在さ。
今から語るのは日常に蔓延る怖い話。
心の準備は出来たかな?
じゃあ、話すよ。
その大学生は一人暮らしだった。
とある国立大学に合格してから親元から離れてのアパート暮らしさ。
築30年のそのアパートは、家賃は安かったけど今までの住人の生活感が色濃く残されていてね。
所々に染みや傷が目立っていたんだ。
だけど、彼は住めれば問題ない、という性格のようでね。全く気にしなかった。
彼の趣味はweb上に投稿された小説を読むことでね。
ネットさえ繋げられれば、あとはスマートフォン1つあれば事足りる。
随分安上がりな趣味だよね。
昼間は大学の講義を受け、夕方はバイトに勤しむ。
そして家に帰ってきてからはベッドの上で、眠くなるまで小説を浴びるように読むのさ。
そんな生活を続けて半年がたった。
彼は時折、部屋の中で誰かの視線のようなものを感じる事に気づいたんだ。
きっかけはベッドに仰向けになりながらスマホで小説を読んでいたときだった。
ふと正面から視線を感じた。
彼はスマホを下ろし、部屋の中を見回してみたが、勿論誰もいない。
だって、彼は1人暮らしなんだからね。
気のせいだと思ったのか、再び仰向けになってスマホで小説を読み始めると、やっぱり誰かの視線を感じる。
彼はスマホから恐る恐る視線を外すと、誰かの視線という正体に気づいたんだ。
天井だよ。
『シミュラクラ現象』って聞いたことあるかい?
人が自分以外の何かに遭遇した場合、相手の様子を探るためにまず相手の目を見ようとするんだ、本能的にね。
で、大体の動物の顔って目と口を繋ぐと逆三角形型に配置されることから、同じような配置をされているとついつい顔に見えてしまう、って現象のことさ。
それと同じことが彼の自室の天井にはあったのさ。
天井の木目と染みが逆三角形の配置をしていて、遠目から見ると少し顔の様に見えるんだ。
普段はうつ伏せの状態でスマホを見る癖が付いていたから、気づかなかったんだね。
彼はそれで安心したかのように、web小説を読むのを再開したんだ。
時刻は深夜1時。
明日は休日だからそのまま徹夜でもしようかと考えていた彼だったけど、流石に明かりを煌々と付けていると電気代も勿体ないし、漏れ出る明かりが周囲にうっとおしがられても嫌だと感じ、部屋の電気を切ったんだ。
でも、スマホは便利だからね。
部屋の電気を消してもディスプレイは光るから特に読書に影響は出ない。
『イ ナ イ』
彼はそのまま小説を読み続けたんだけど、ある時、またもや視線というか気配を感じたんだ。
また、天井の染みが見えてしまったかな、と思った彼だったが、よく考えてみると少しおかしい。
さっきは部屋の電気を付けていたから染みが見えていたけど、今は部屋の電気は消している。
明かりはスマホのみだが、その画面は彼の方に向いてるんだ。
そう。
自分の目の前に光源があるんだ。
その後ろの部屋の染みなんて見えるわけないんだよ。
『イ ナ イ』
彼は恐ろしくなって視線を天井の方に恐る恐る向けてみた。
すると、何やら天井部分がゆらゆらと動いている。そんな気がしたんだ。
彼はそれを見ないように、スマホ画面から視線が動かないように凝視した。
必至に文字を追うが、ほとんど頭に入ってこない。
でも、読んでいた小説のとある一文が目に入ってしまって。
目端には何やらもぞもぞ動くような感覚がして。
咄嗟に視線がそちらに向いてしまったんだ。すると……
何かと視線が合って
『ミ ツ ケ タ』
彼は叫び声も上げることが出来ず、天井から堕ちてきた黒塊に呑み込まれた。
翌朝、ベッドの上にはバッテリの切れかけたスマホが一つ転がっているだけだったのさ。
彼が最後に読んだ文章が、『ミツケタ』だったそうだよ。
どうだったかな?
黒塊は天井に潜む怪異。
明るい所では動く事が出来ないし、暗い所では夜目が利かず、襲われることなんて滅多に無い。
でもね、世の中は便利になったよね。
だって、あなたの顔を間近で照らしてくれる道具が出来たんだから。
『ミ ツ ケ タ』
お憑かれ様でした。