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これは目の錯覚に違いない。目をこすってもう一度見た。
完全にタヌキだ…
「あら嫌だ。お嬢さん、こんな美人見たこと無いって顔してる! まあ私はこの界隈じゃ、ちょっと知られた美人女将で通っているからねっっっ!」
タヌキの女将はクネックネッと体をよじらせながら恥じらっている。
「注文、何にします?」
タヌキの女将は、ウフ~っと微笑みながら注文を聞いてきた。
いや、照れるも何も、美人だって同意してないんですけどね…。
こっちはタヌキの美醜に詳しくございませんので…。
そんなことおかまいなしにタヌキの女将は親指を立てた腕をノリよく振りながらカモーン、カモーンと言っている。
いや、このタヌキ、発音が妙に良いのか悪いのかクモーンに近い…。
いや、そんなことはどうでもいい。
それより、なんでタヌキが小料理屋なんてやってんだ?
ってか、何でそんなでかいの?
人間くらいあるよね?着ぐるみなの?
いやいや、それよりも何よりも、何でタヌキがしゃべってるんだ!
「ま、とりあえずグイっといっちゃって!」
タヌキに誘われるままに私はビールを一気に飲み干してしまっていた。
「まっ! お嬢さん! イケる口ね!」
タヌキはウインクをした…。
「あらいけない、私ったら…」
タヌキの女将はハっとして、おしぼりを差し出した。
フワ~あったか~い
絶妙に気持ちのいい完璧な温度と触り心地のおしぼりだった。おしぼりの気持ち良さを堪能していると、なんだかお腹が減ってきた。そういえば、彼との破局のショックで朝から何も食べていなかった。
何か注文してみるか…。
カウンターの上には大皿のおばんざいが並んでいた。
筑前煮、だし巻き卵、茄子の揚げびたし…どれも美味しそう!
ん? たい焼き!
ずらりと並んだ大皿の一番端に、何故かたい焼きが積み上げられていた。見るからに美味しそうなたい焼きだった。一つもらおうと手を伸ばしたとたん
ピシャッ
タヌキ女将に手を叩かれた。
え?
何で?
タヌキ女将の冗談かと思い、もう一度手を伸ばす。
シャーーー!
タヌキ女将は牙を剥いて恐ろしい顔で私を威嚇している。私はタヌキ女将の異常なまでのたい焼きへの執着に恐れをなし、しょうがなく筑前煮を注文した。
自分用で他人にあげたくないのなら、そんなとこに置いとくなよ、紛らわしい…。