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6:「世界の歯車をつなぐ錠は、常にこの手のもとに」

ほっほ!(ちょっと!) はははへおはっへ(まだ食べ終わって)あいほひ!(ないのに!)


 頬張れるだけクリームコロネを頬張って、ロゼがしゃべる。私に手を引かれるまま走るロゼに、もはやこの間のような頼もしさはない。いやまあ、頼もしかったのもあの一瞬だけだったんだけど。


「リュール!」

「でも……わたしは……」


 あれこれ言っているうちに、悪魔が目の前に現れた。前のカビみたいなやつとは少し違う。ギリギリ人っぽい形をしている。あくまでギリギリだけど。ちょうど、私の絵みたいな感じだ。いや誰が下手くそだ。


「おいおい、天使様じゃねえか。それにくっついてる人間……マジか、やべえの当たっちまったな……」

「しゃべったああぁぁぁ」


 悪魔の声を私は初めて聞いた。国民的アニメの”は行”しか言えない、二本角の敵役みたいな声だった。結構渋い。


「しゃべる……それも、こんなにきれいに人語を?」

「おれ様はもう、人のエネルギーをたらふく吸ったんだよ。いやあ、大変だったな」

「なるほど……すでに犠牲者が出てしまっているというわけですね」


 ごうっ、と音がしそうなほどの力が、リュールから溢れ出ていた。力って目に見えるんだ、という疑問は置いといて、リュールの力が溢れているのは事実のようだった。


「ちょっ……リュール、大丈夫なの?」

「大丈夫です。本気の時の、5%くらいの力で行きます」


 リュールが足を地面につけ直し、ぐっと力を込める。その尋常ならざる雰囲気をさすがに悪魔も感じ取ったのか、冷や汗をかいて弱気な声をひねり出した。


「お、おい、マジかよ、ちょっ――」

「手加減はしません、ただし周りに影響を及ぼさないように、力をあまり出さずに!」


 直後に聞こえたリュールの詠唱は、まがまがしい雰囲気さえ帯びていた。



「世界の歯車をつなぐ錠は、常にこの手のもとに。……セリュール・ピアニッシモ!」



 ピアニッシモは知ってる、まあまあ弱いやつだ――と思った瞬間、その場が凍りついた。辺りを包み込む空気が冷えて、世界が青くなる。


「なっ……」


 心臓のあたりがひんやりした。意識はいやにはっきりしたまま、急に空気が薄くなった感じがした。隣にいたロゼも、心臓のあたりを押さえていた。


「これ……!」


 え、これ死ぬんじゃない?私死ぬんじゃない?

 死にそうだというのに妙に落ち着いていて、私はそんなことを考えていた。案外死ぬ時って、こんな感じなのかもしれない。


「あ……」


 かと思うと、悪魔が断末魔の叫びをあげる間もなく消滅した。砂煙が風に流されてどこかに行くような感じで、その場から悪魔がいなくなってしまった。それを見届けると、リュールから溢れていたオーラがなくなった。


「あっ……すみません! 大丈夫ですか!?」


 すっかりいつもの様子に戻ったリュールが、苦しそうにしていた私とロゼの方に駆け寄ってきた。


「なに、今の……」

「ごめんなさい、調整したつもりだったのですが……わたしとしたことが、動揺していたみたいで。10%くらい、出ていたかもしれません」


 それでも、これが本気の10%だというのだから驚きである。いったい天界ではどれだけブイブイ言わせてるんだろう。


「だから言ったでしょ……リュールの能力はヤバすぎるのよ……」

「大丈夫、ロゼ?」

「大丈夫……いつものおしおきに比べれば、だいぶマシ」


 ロゼが何度か深呼吸をして、ようやく落ち着いた。


「結局、リュールの能力ってどういうのなの? 見てるだけじゃ、全然伝わらなかったんだけど」


 敵を消し飛ばせるのは分かったが、どういう仕組みなのかはさっぱりだった。


「それはリュール本人に聞いた方がいいんじゃない?」

「じゃあリュール、どういうこと?」


 私がリュールの方を見ると、彼女は一つ軽く咳払いをしてから話を始めた。


「簡単に言えば、錠のかけ外しができます」

「ジョウ?」

「鍵と錠前の、錠です。実際は鍵の方がイメージしやすいのですが。私自身が定義できて、納得できるものであれば、どんなものでも鍵と錠前と定義することができます」

「どういうこと?」

「先ほどは、『あの悪魔が人間界に存在を保てること』を錠前とみなして、そのロックを外していました」


 つまりロックを外されたことで、さっきの悪魔は『人間界に存在を保てなくなって』、消えてしまったということか。

 ……それってすごいどころの話じゃなくない?


「……紗弓さんも、それならもっと使えばいい、と思われたでしょう。でも、本気を出せばこんなものでは済まないんです」


 そう言うと、リュールがおもむろにぱちん、と両手を叩いた。かわいらしくて小さい手だな、と思っていると、また辺り一帯に寒気が走る。本能的にまずい、と思わせるような、悪寒に近いものだ。正直連続で体験したくはなかった。


「……今、世界中の家という家の鍵を開けました」

「ん? 今って、手を叩いただけじゃないの?」

「はい。その間に家のロックを錠前と定義して、一斉に鍵を開けました。今ここに証拠がないので、何とも言えませんが……」

「うん。分かんない」


 世界中の家の鍵が開け閉めされているのを見ることなんかできない。私はそう答えるしかなかった。


「もっといい感じに伝わるのない?」

「そうですね……あ、これならどうでしょう」


 リュールが移動したそうに私の顔色をうかがう。


「え? 何で動かないの」

「わたしたちのような天使管理官に憑依している身では、自分の意志で遠くまで行くことができないんです。せいぜい電柱と電柱の間くらいの距離しか、天使管理官から離れられないんです」

「なにその不便なルール」


 つまり家の中くらいなら別行動できるが、私が大学に行く時やコンビニに行く時、ゴミ出しに近くのゴミステーションに行く時さえも、ロゼとリュールはついて来なければならない、ということらしい。


「すみません……天使の力の影響をなるべく人間界に及ぼさないようにして、かつ人間界に存在を保とうとすると、どうしてもこうなってしまうんです」

「へえ……」


 私が促された通りに歩き出すと、リュールが先導してくれた。そのままついて行ってやってきたのは、すっかり葉桜ばかりになってしまった並木道だった。そして立ち止まると、再びリュールが手を叩いた。


 ざわざわっ


「なに……!?」


 全方位から一斉に、そんな音がした。そよ風に揺れる、とかそんな生ぬるいやつではない。すぐ近くで電車が通った時くらいの音の大きさに驚いて、私は反射的に目をつぶってしまった。そして再び目を開けた時に、私の前から緑がなくなっていた。


「え」

「大丈夫です。すぐ戻します」


 私の目がおかしくなったんじゃなかった。もう一度リュールが手を叩くと、何事もなかったかのように地面に散った葉っぱが木々にくっついていった。さっきと同じ光景がそこに広がる。


「今のは……」

「はい。葉っぱと枝の接点を錠前と定義して、今度は一斉に鍵を外しました。接点がなくなった葉っぱが全部落ちた、というのが種明かしになります」

「なんか……」


 すごいんだろうな、それからすごさを頑張って伝えようとしてくれてるんだな、というのはすごく分かる。が、何というか。本当にすごいというか、怖いと思ったのはさっき死にそうだった一瞬だけだった。


「分かっています。かなり力を抑え込んでいるので、すごいところを見せるのには限界があるんです。本当に本気を出してしまうと、人間界全体が滅ぶかもしれないですし」

「ごめんね、たぶん私が鈍いのもあると思うんだけど」

「いえ、大丈夫です。慣れていますので。……そうだ」


 リュールがいいことを思いついた、というふうに少し嬉しそうな顔をした。そしてなぜか、同時にロゼがぎょっとした顔をする。


「最後に一つだけ。ロゼにいつもしているおしおきを見てもらえれば、理解の助けになるかと」

「ちょっと……冗談よね」

「これが冗談に見える?」

「いや……いやあああああ!」


 ロゼがすっ飛んで逃げようとしたが失敗。私が動かない以上、ロゼもあまり自由に動けないのだ。私は何をするのか、と単純に気になっていた。


「世界の歯車をつなぐ錠は、常にこの手のもとに。……セリュール・メゾ・ピアノ」


 さっきよりちょっと強いんじゃないのか。と私が呑気に考えていると。


「ぎゃあ」


 短い叫び声を上げて、ロゼが卒倒。そのまま意識を飛ばしてしまった。


「え、え? なに」

「わたしたちにも人間と同様、血が流れています。今、ロゼの体内にある閉鎖血管系を、開放血管系に切り替えました」


 その時は何だかすごそうな言葉を並べられて、何となく納得してしまったが、3限が始まる前に少しスマホで言葉の意味を調べて、私は一人戦慄していた。

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