4:「わたしたちを養うのと、悪魔を倒す手伝いをすること。それが、天使管理官の仕事です」
「え……その”神”っていうの、めっちゃ身近にいるじゃん」
「そうよ。こんな何でもない顔して、リュールはとんでもない化け物なのよ」
「いえ……それほどでも……」
別に褒めてないんだけど。
「みんなは神だ神だって言いますけど、畏れ多くて。しかも3位ですし、よほどのことがない限り自分では言わないようにしてるんです」
「謙虚だー……」
リュールは申し訳なさそうに苦笑いしていた。対するロゼは、自分のことが言われているわけでもないのに得意顔だった。
「”神”は自分の能力が強すぎて、性格も歪んでる奴ばっかなのよ。だから皮肉も込めて”神”なんてあだ名がついてるんだけど。その中でも3位のリュールと10位のフードゥルだけは、人間の目から見てもおとなしくて、扱いやすい”神の良心”って呼ばれてるの。”神”には一人一人好き勝手なことをしないように、バカみたいに厳重な護衛がついてるけど、リュールとフードゥルにはついてないのよ」
むしろリュールに関しては、ロゼの護衛というか、見張りを任されているわけだ。つまりリュールは天界からも立派な天使だと認められているわけで、つくづくロゼと一緒についてきてくれて助かった、と私は胸をなでおろした。
家に戻ってきてベッドに座ると、リュールが話を再開した。
「別に護衛がついてないからって、立派なわけじゃないよ……護衛がいようといまいと、能力の使用がものすごく制限されることに変わりはないし」
「あのさ。私、ロゼの能力でも割とすごいと思ったんだけど。テレビでよく見る、超能力使えるアニメの主人公みたいだな、とか思ってたんだけど。リュールのって、それよりもっとすごいってことよね?」
「そうよ。あたしの能力で驚いてるようじゃ、リュールの能力を聞いた時にはひっくり返って意識飛んじゃうかもね。性格が良心的だから何とかなってるけど、これがバカの手に宿ってたらと思うと……」
ロゼはがたがたと肩を震わせた。顔も少し青ざめてさえいた。その様子を見るに、リュールの能力は相当恐ろしいやつなのだろう。
「ロゼはいたずらをするたびに、わたしのおしおきを受けてますので。身をもって恐ろしさを知っている、というところでしょう」
「恐ろしいなんてもんじゃないわよ、あんなの……何回死にかけたか」
天使が死にかけるってよっぽどなんじゃないか。
「普通の人間だったら?」
「百万回死んでる」
「そんなに?」
「”神”の能力自体は案外大したことなかったりするのよ。それこそあたしの能力と大差ないのもいる。けど効果範囲が段違いなの」
ロゼがそこまで言うと、リュールがうなずきながら話を継いだ。
「”神”かそうでないかの違いは、そこにあると言ってもいいです。”神”と呼ばれる天使の能力は欠点がほとんどない上に、無制限で使えることが多いです。かくいうわたしも、その一人なんですが」
「だから非常時以外は使用禁止、なんて言われてるのよ。もしリュールの能力の使い方がヘタクソだったら、あたしに使った瞬間、日本中の人間という人間が気絶するわ」
ということは、リュールは少なくともヘタクソではないらしい。制御ができるという点も含めての3位なのだろう。
「……でも、3位だとか、”神”って呼ばれることとか。いいことばかりでは、ないです。わたしも、昔はお母さんやお父さんに、ほとんど会わせてもらえませんでしたし」
「リュールも監視されてたってこと?」
「そうです。幼い頃からそうやって監視される生活を送った結果、わたしは監視がなくても問題ない、と判断されただけなので」
子どもなのにまともに親に会わせてもらえない。それが辛いことだとは分かるが、気持ちをまるっきり分かってやれるわけではない。それでも、私はリュールにかけてやれる言葉を探した。
「……そっか」
「別に、慰めてほしいわけではないです。もちろん、強すぎる能力を持って生まれた自分の運命を呪いはしましたが。それに、監視があってもろくでもない”神”が出ているのに、監視がなければどうなるかということを考えれば、ある種自然な流れですから」
そこまで先回りして言われてしまうと、もはや私の頭ではかけられる言葉は見つからなかった。それを知ってか知らずか、ロゼが口を開いた。
「……って、時々ネガティブになるのがめんどくさいのよね。まあそこが、リュールのいいとこでもあるんだけど」
「いいとこ? いいとこなのか?」
「いいとこなのよ。これでリュールがあたしみたいな考え方だったら嫌でしょ」
「んー……まあ、嫌か」
ってか、自分で分かってんじゃん。
「そこは嘘でも否定しなさいよ!」
「……まあまあ」
ぷりぷり怒り出したロゼを押さえて、リュールが私の方を見た。
「紗弓さん。改めて、お願いがあります」
「うん」
「さっきの悪魔は本当に小規模だったので、大した影響はありませんでした。けど、もしもこのまま増殖して、たくさんの人たちの心に巣食うようになれば、もう手遅れなんです。その前にわたしたち天使が、何としてでも食い止めなければなりません。でも、人間界では天使が単独行動することはできません」
「つまり?」
「紗弓さん。天使管理官に、なっていただけませんか」
「より具体的には?」
何だかいい感じで相槌を打っているように聞こえるが、私は本気だ。ロゼが能力を使うのを目の当たりにして、私は若干ロゼやリュールが天使だということを信じ始めている。とは言っても、まだ心のどこかで疑っていた。私をだましてどうするつもりなのか。そんな思いもないわけではなかった。
「わたしたちを養うのと、悪魔を倒す手伝いをすること。それが、天使管理官の仕事です」
私が悪魔を倒すわけではない。天使に憑依されたからと言って、私が特別な力を使えるようになる、というわけではないらしい。あくまでお手伝い。
「私が危ない目に遭うことは?」
「ないとは言い切れません。この先、とんでもない悪魔と出会うこともあるかもしれません。でも、わたしたちが守ります。紗弓さんに絶対ケガはさせないと約束します」
たぶんロゼに同じことを言われていたら嘘つけ、と返しただろう。ロゼには申し訳ないが。リュールに言われたからこそ、信憑性が上がった気がする。
「……いいよ。ただし」
「ただし?」
「ロゼをおとなしくしてくれるなら」
「……はい! それはもちろん、全力で抑え込みますので」
リュールがぱあっと笑顔になって返事をした。
「ちょっと! あたしをこれ以上抑え込むってどういう……!」
「ということで。紗弓さん、天使管理官の就任、おめでとうございまーす」
おめでたいかどうかは分からないけど、とりあえず祝福モード。天使の力とやらで用意したケーキを食べることになった。これ大丈夫?ちゃんとお金払ってる?
「……あ、そうだ。ちなみに、わたしたちが任務を終えて天界に帰っても、紗弓さんがわたしたちと過ごした時の記憶は残ります。ぜひ、ずっと覚えておいていただけると嬉しいです」
「ま、こんな経験なんてなかなかないし、嫌でも覚えると思うけどね。特にあたしとか?」
リュールだけ覚えとこ。
 




