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3:「見よ、この露に照り映る、世界の真の姿を」

 私たちを置いてさっさか走っていくロゼを追いかけて、私はリュールと一緒に大学まで来た。よりによって、私の通っている大学に、日曜の昼下がりに。


「なんでわざわざ、……大学に」

「どうやら悪魔が、ここに出ているようですね。わたしも若干、その気配を感じます」


 すんすん、と少しだけリュールが鼻をひくつかせる。そんなに匂いがするのか、と私も同じようにしてみるが、当然匂いの一つもしない。雑草を刈ったばかりの時にする、青臭い匂いが漂うくらいだ。


「天使って、そんなのも分かるんだ」

「個人差はありますけどね。わたしは鈍い方です。実は今、結構濃い匂いがしてるんですけど、それでやっと分かるくらいです。ロゼなら、もっと薄くても気づいてます」


 キャンパス内は校舎や研究棟なんかがいっぱい建っていて、ロゼがどこへ行ったのか見失わないので必死だった。それでもロゼが立ち止まったところに、ようやく追いつくことができた。


「あれよ。幸い、まだ人間にはくっついてないみたいね」


 私にも見えた。真っ黒なもやもやしたものが、ロゼたちの視線の先に浮かんでいた。お風呂場の壁の隅っこにあるカビと、そう大差ない見た目だった。


「なんだ、じゃあ……」

「危ない!」


 と思ったら、そのカビが私めがけて一直線に飛んでくる。幸いロゼの叫び声に反応して、しゃがむことで間一髪避けられた。


「天使が近くにいるって言ったって、さゆみも人間だから。悪魔にとっちゃいいエサよ」

「うん……」


 一度突入に失敗したカビが、諦めずにもう一度私に突進してくる。今度はロゼとリュールがそれを弾き返した。


「その辺に隠れときなさい。この悪魔、サイズからしてそこまで邪悪じゃないと思うけど、念のため」


 ロゼが頼もしい言葉を私にかけてくれる。リュールもうなずいて同じ意思を示した。私は二人の言う通り、距離を置いて見守る。


「見よ、この露に照り映る、世界の真の姿を。ロゼ・ヴィヴァーチェ!」


 ヴィヴァーチェってどういう意味だったかな、そもそも聞いたことあったっけな、と思いつつ、私はロゼを見守る。ロゼの周りに水滴が現れて、鋭く尖った形に変わる。手を左右に大きく広げ、水滴を自在に操るロゼは、まるで舞台に立つオーケストラの指揮者のようだった。その水滴が同じ方向を向き、一斉にカビに向かって突き刺さる。悲鳴のような、金属の擦れ合うような音のようなものが聞こえて、カビは消滅した。


「すごい……」

「さゆみ。もう出てきて大丈夫よ」


 全部見ていたので出てくるも何もないような気はしたが、私は言われた通りに二人と合流した。


「すごい……ロゼ、あんなことできるんだ」

「へっへん。そうでしょ。あたしをもっと褒めたたえなさい?」

「……ちょっと紗弓さん!」


 ほら、ほら!と腰に手を当ててドヤ顔をするロゼを尻目に、リュールが私の耳元でささやいた。


「ロゼったらちょっと褒めただけで、すぐこうやって調子に乗るんです。控えめにお願いします」

「え……まあ、リュールがそう言うなら」


 前言撤回。私はふんぞり返りながらチラチラこちらを見てくるロゼに言い直す。


「ま、悪くなかったんじゃない? 次も頑張ることね」

「ぐえぇ、さっき褒めたじゃない! ベタ褒めだったでしょ! 何で撤回したのよ!」


 にしても、天使ってホントすごいんだな。さっき水滴を操るロゼはかっこよく見えた。現実離れしている様を、こんなに間近で見ることになるとは思わなかった。


「……これが、天使の特異な点です。あれこれ説明するより、実際に見てもらう方が早いと思いました」

「確かに。よく分かんないけど、すごいってことはよく分かった」

「ちょっと待って。リュール、もしかしてこうなるように最初から仕組んでたとか、まさかそんな感じじゃないでしょうね」


 ロゼがちょっと怒った風にリュールに文句を言った。私とリュールは少し見つめ合って、それからくすっと笑い合った。


「今気づいたの?」

「え! さゆみも気づいてたわけ?」


 いよいよロゼはぷんすか怒って、つーんとそっぽを向いてしまった。


「でもロゼ、だいぶ能力をコントロールできるようになってる。立派な天使に近づきつつあると思う」

「えっ? ……そうでしょ、そう思うでしょ?」


 ロゼはあっという間に機嫌を直してしまった。コイツちょろいな。もう少し、手のひらの上で転がされていると気づいてほしいものだが。


「天使なら誰でも、さっきのように能力を使うことができます。どんな能力かは、天使個人によって違ってきますが。ロゼは露や水滴を集めて、武器に変化させられる能力を持っています」

「どうだった? かっこいいでしょ。これ、天使が何万といる中で、33位の強さなのよ。すごいでしょ」

「33位?」


 33位がいいのか悪いのかということより先に、能力に序列がついていることに驚いて、私はそう口にしていた。


「天使は能力の強弱によって、順位が決められているんです。と言っても上位100人までで、あとは『その他』っていう扱いなんですが。つまり100位以内に入っているだけで、ある程度のすごさは保証されているんです」

「なるほどなるほど。じゃあロゼの33位っていうのは、半分より上だし結構すごいんだ」

「ロゼの能力なら、本当はもっと上でもおかしくないんですけどね。紗弓さんも見ていて分かるかもしれませんが、ロゼはやる気がある時とない時の差が激しいんです。お腹いっぱいで、眠くなくて、機嫌のいい時しかまともな威力が出ないんです」


 それって、割とポンコツなのでは?

 というツッコミが、私の口から思いっきり漏れてしまった。


「いえ。それでも、やる気がある時の威力が評価されてるんです。ただ、一人で紗弓さんのもとに行かせるといろいろ心配という意見が、各方面で一致しまして。ロゼと昔から仲のいいわたしが、一緒に来たんです」

「なるほど。それで天使が二人も」


 悪魔と戦う時は頼もしくなるが、それ以外は正直、今のところ一人にさせて安心できそうにはない。それがロゼだ。たぶんロゼの両親とか、天界とかがリュールを一緒に行かせるべきだと言ったのだろうが、ナイス判断だ。


「納得してるんじゃないわよ、まったく」

「だって、実際ロゼは一人にすると心配だし」

「あたしなんてかわいいもんよ。リュールと一緒に行動してさえいれば、あとは特に監視されることもないんだから。本当に怖いのは”神”よ」

「かみ?」


 多分発音的にもゴッドの”かみ”なんだろうけど、それが何を意味するのかは分からなかった。どういうこと?という顔を作ってリュールの方を見ると、それを待っていたかのようにリュールが口を開いた。


「さっき言った100人の中でも、上位10人は能力が段違いで、周りに与える影響もひときわ大きいとされているんです。そういう点から、その10人には”神”という二つ名がつけられているんです」

「だまされちゃいけないわよ、さゆみ。リュールは序列3位。れっきとした”神”の一員なんだから」


 え。

 何か今、とんでもないことを聞いてしまった気がする。私は本当?と確認する意味を込めて、もう一度リュールの顔を見る。リュールは恥ずかしそうにしながら、わずかにこくりとうなずいた。


「間違いないです。わたしは序列第3位の天使として、ロゼのお守り役として人間界に降りてきました。基本的にロゼ以外に(・・・・・)能力を使うことは、禁じられています」


 ”神”はめちゃくちゃ身近にいた。

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