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25:「私と時間の流れ方が違うあなたたちは、私に近づくことすら許されない」

 ロゼいわく、リュールの匂いは薄い。しかし薄くても匂いがあるというのは、自力で何とか意識を保っている証拠らしい。今は天使になった私でさえ、他の天使の匂いは感じ取れない。ロゼだからこそできることなのだろう。


「あれは……!」


 どれくらい走っただろうか。それまで同じような形の家ばかり視界に入ってきていたのに、急に神殿のような、機械のような禍々しい構造物が現れた。それだけを見て、確実にそうとは言い切れないはずなのに、私は目的地がここだと認識した。


「……結局、来たんだね」


 形はジャングルジムで、外観は紫色に染まった食塩の結晶。今すぐにでもガシャガシャと音を立てて動き出しそうな、大型ロボットのようにも見えるそれには、きっちり三人分すっぽり入るスペースがあった。そして真ん中には大仏のような無表情の銅像が、向かって左側には生命維持装置らしき機械につながれたリュールが詰め込まれていた。

 そんな大型装置の前に、幼い少女が立っていた。人間界で実体化していない時のロゼやリュールよりだいぶ小さい。二人を小学生くらいと考えれば、目の前にいる子はせいぜい幼稚園児が関の山。しかし白い髪に赤い瞳をして、どこか一人では抱えきれないくらいの闇を抱えているように見えた。


「……あなたは」

「序列……2位だと言えば、分かるかな……」

「2位……!」


 大型装置を守るような仕草から、何となくそんな気はしていたが。


「私の名前はウール……クールお兄ちゃんを苦しめた罪は……償ってもらう……」


 確かに見覚えのある顔だった。髪や瞳の色はまるで違ったが、顔つきは完全にクールのそれを女の子っぽくしたものだった。


「リュールを返して」

「セリュールは……返ってこない……ロゼリア抜きで、もうすぐ儀式が始まる。今無理やり取り出す方が、むしろ危ない……」


 私はウールの言葉を無視して、大型装置のてっぺんめがけて雷撃を落とした。ヴィテスに攻撃を向けた時は私の目の前に描き出した紋章を、装置の真上に設置した。しかし、効かない。煙が晴れた後向こうに見えたのは、何も変化した様子のない装置だった。それどころか、今の攻撃が起爆剤になってしまったのか、妖しい光を発し精米機のようにけたたましく音を立て始めた。


「待って……!」


 私は反射的に、装置に向かって走り出した。リュールが危ない。装置の中は何かしらの液体で満たされているのか、リュールとつながった生命維持装置がごぼっ、と大きな泡を噴き出すのが見えた。


「……止まれ」


 氷よりずっと冷たい、少女の声。それを合図に、衝撃波がまっすぐ私に命中し、その場で無理やり倒れさせられた。何が起こったのか分からないまま、私は起き上がろうとする。


「……ぐっ!」


 背中にすさまじい負担がかかっている。抵抗して体を起こそうとすれば、背骨が折れるのではないか、と本能で危険を感じてしまうほどの重み。


「おい! 大丈夫か……!?」


 後から追いついてきたフードゥルの声がする。


「ダ……メ……! 来るな……!」


 きっとこれがウールの能力なのだ。どんな能力なのか、具体的なことは分からない。だが普通じゃないことは間違いない。むやみにこれ以上被害を生まないように警告するが、無駄に終わった。フードゥルは三歩も踏み出さないうちに地面に叩きつけられた。私にもより重力がかかって、額から血が流れてくるのを感じた。


「……私と時間の流れ方が違うあなたたちは、私に近づくことすら許されない……」


 ウールは私たちに向かって右手をかざしていた。倒れ伏せて見上げるしかない私たちに対して、ウールは悲しみと怒りを混ぜ合わせたような表情でこちらを見遣っている。その状況こそが、圧倒的な力の差を物語っていた。ヴィテスやクールの能力は目に見える形で私たちに襲いかかってきたのに。ウールのそれは、もはや見えもしない。


“さゆみ。いったん離れるわよ。このままじゃ、らちが明かない”

「分かった」


 それを合図に、私が無意識のうちに身体に込めていた力がふっ、と抜けた。同時に投げ出されるようにして私が左に、ロゼが右に転がる。私はウールの能力のせいで動けないままだ。しかし、ロゼは。


「リュール……!」


 勢いに任せて転がるのもそこそこに、立ち上がってリュールの入った装置に近づく。立ち上がって走り出すまでの短時間で、空気中の水分を集めてきて防御壁を作っていた。私とフードゥルを能力で押さえつけながら装置の作動を見届けていただけあって、さすがにウールの反応が遅れた。


「……無意味よ」


 しかしあと何歩か、というところだった。ウールは私たちに能力を使いながらなお、涼しげな顔でロゼに対しても同じことをする。ロゼとウールとを隔てる壁は存在しないとでも言うかのように、ウールの右手から放たれた衝撃波は貫通してロゼに命中した。


「ぐっ……」

「ロゼリア、……本当はあなたの天候を操作する能力も欲しかった。そうすれば、天界と人間界をつなぎ終わるまでにかかる時間はすごく短くなる……だけど、流れは変わった。ピティエも、ヴィテスも、クールお兄ちゃんも、……みんなあなたたちにやられてしまった。もうこの儀式は、私にしかできない……」

「それを……止めに、来たんでしょうが……!」

「止まらない……この儀式は、止められない……」


 ウールの言葉に被さるように。私たちの目の前で、より大きな音を立てて装置が動き始めた。真ん中の銅像が収納された辺りから、レーザー砲のような光が斜め下に向けて発射される。人間界に降り注ぐ、全てを圧倒する光。天から降り注ぐ慈悲の光にも見えるそれはしかし、人間界の全てを掌握してしまう光。それが私たちの目の前で、容赦なく発射される。


「やめて……‼︎」


 口の中に広がる血の味に意識を持っていかれそうになりながら、私は叫ぶ。その瞬間、時間が止まった。動かそうとした右手は想像していた何百分の一かの速さでしか動かない。耳もよく聞こえない。聞こえないと言うよりは、耳は正常のまま、周りから音がなくなったようだった。息もできない。何か酸素ではない別の気体が私の周囲に充満していて、このままでは生命活動を維持できないと、身体中が悲鳴を上げている。


「……どう?」


 かと思うと、それら異常事態が一瞬で解決した。耳も聞こえるし、息もできる。身体もちゃんと動かせる。ただ、相変わらず起き上がることはできない。


「……大丈夫。今は苦しいかもしれないけど、人間界の制圧が終わればすぐに解放してあげる……それまでの、我慢」


 妙に意識だけははっきりした状態、しかし身体の自由は奪われたまま、人間が天使たちに押さえつけられる様を見なければならない。それは生き地獄以外の何物でもなかった。

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