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22:「光あれ、この世界の闇までも、希望をもたらすべく」

「随分と堂々とした登場じゃないか。怪我は治ったのか?」

「あいにく大したケガじゃなかったのよ。そっちこそあたしを諦めて、大人しくぶちのめされる覚悟はできたってことね」

「まさか。俺が手を抜いていないということくらい、この状況を見れば分かるだろ」


 ロゼの家で話を聞いてから数日。ロゼはしっかり休むことに専念した結果、ピティエと戦う前の状態まで回復していた。そして私はロゼと並んで、対峙した二人(・・)をにらみつける。


「まあこれからお世話になる天使だろうし、せっかくだから紹介しておこう。序列4位のヴィテスだ。”神”には珍しい屈強そうな野郎だ……まあ実際、能力も力技な面があるが」

「あいにくお世話になるつもりはないわ。さっさとあんたたちをぶちのめして、リュールを助けに行く」

「それをさせないための俺たちだ。ロゼはともかくとしても、お前は殺してやる必要があるな、元管理官」


 私は名指しされてびくっとする。これまで話してきた天使はロゼやリュール、それから二人の仲間ばかりだった。みんな話しやすい子ばかりだった。それが今は違う。そもそも人間どうしで接している時に、敵が味方が、って言うことなんてない。それなのに今私は、明らかに敵、と呼んでいい存在に相対している。


「私は……今ここで、死ぬわけにはいかない。どういう理由だとしても、私が天使と関わった以上、ここで私だけ引き下がることはできない。それに……天使に殺されただなんて、恥ずかしくてどこにも言えなくなる」

「……はん。下等な人間どうしの醜い争いから一歩抜け出しているんだぞ? 感謝こそすれ、恥ずかしく思うなどありえない」


「……そういう考え方が、さゆみは醜いって言ってんのよ」


 私の前に立ちはだかって、ロゼが絞り出すような声で言った。


「あたしだって、人間を下に見てないって言ったら嘘になる。でも、あたしが天界でずっと暮らしてた頃に比べたら、ずいぶんマシになった。天使って言ったって、天界で暮らしてる限りは大した奴にはならない。人間がいろんな人と出会って交流して、知識を広げるのと同じように。天使も人間と交流しないと、あんたたちみたいな腐った天使ばっか出来上がっていく」

「その腐っているのがどちらだ、ということではないか? 人間が醜い戦争を繰り返して自ら滅びの道を歩んでいるのは、その交流を行っているせいじゃないか? 交流をするから、違う価値観を持つ奴とぶち当たる。残念ながら、違う価値観を認め合うことのできる優秀な者は少ない」


 よどみなく、すらすらと。クールは用意されていた台本を読み上げるように話した。それがクールの考え方そのものなのだろう。そして、”神”のほとんどが考えていることでもある。


「確かに……人間は何かあったらすぐ戦争するし、それがいろんな人と交流したから起きてることなのかもしれない。そんな考え方だけに囚われてたら、人間が醜い生き物だって思うかもしれない。でもそれで人間を支配していいってことにはならないでしょうが」

「支配? ああ、なるほど。もしかするとそんなことを言ったかもしれないな。だけど当分は人間を支配する気はない。ひとまず人間を逃がさないための囲いを作り上げて、観察に徹するつもりだ。それでいかに人間というのが無力な存在なのか、痛感してくれればいいんだけどな。もしかすると人間は俺たちが思っている以上に知能の低い存在で、それでも分かってもらえないのだとしたら、次の手を考えるよ」


 人間を逃がさないための囲い。

 それはロゼのお父さんから聞いた話と、だいたい一致していた。お父さんの話が正しいとするなら、人間は”囲い”の外に逃げられないまま、天使たちに降伏するしかなくなる。人間に味方する天使がいようと関係ない。クールたち過激な”神”を筆頭として、大多数の天使は心の奥底で人間を下に見ているのだ。リスクを冒してまで、”神”の方針に反対する天使がそうそういるとは思えない。だから。


「人間たちはあんたたちみたいな奴に観察されないといけないほど、弱くないわよ。そんなの、さゆみを見てるだけで分かる。特別なところなんてせいぜい、あたしたち天使と関わったことくらいしかないさゆみをね」

「なるほどな。まあ仮にそうだとして、確かめるのは観察を始めてからでも問題ないだろう」


 こいつらにはいくら言っても無駄だ。そんな諦めが、クールの言葉からにじみ出ていた。そして軽いため息を一つついてから、隣にいたヴィテスにジェスチャーで軽く指示を送った。ヴィテスの方は深くうなずいてから、


「……ふンッ!」


 力を込める、うめき声に近いものを発した。それに伴ってこぶし大の石が浮かび上がる。ヴィテスの目の前にあったはずの石はしかし、瞬きを一度し終わるかし終わらないかといううちに、ロゼの眼前に移動していた。


「え……っ」


 ごろん、と坂道を転がるリヤカーのような音を立てて、それが空を飛ぶトンボのような速さでロゼにぶつかった。いや、ぶつかったではない。衝突したと言うべきだろうか。


「……っ!!」


 小さな石ころが一つぶつかっただけなのに。ロゼは後方十数メートルまで軽々と吹き飛ばされ、何度か地面を転がった。地面は見た目こそ綿あめのような真っ白で柔らかそうなものだが、実際はアスファルトのごとく硬い。ロゼがいきなり傷を負った。


「どういうこと……?」

「まだまだ行くぞ。ほら」


 私のイメージする天使に似合わぬ色黒の肌、相撲でもやっているのかと思うほどがっしりした体型のヴィテス。そんな身体から出そうだと容易に想像できる野太い声は、私たちをお腹の底から揺らす。

 ロゼが食らったのと全く同じ攻撃が飛んでくる。横で見ていた時は、すぐにでも横に避けられそうだと思っていた。しかしたったそれだけのことができない。アスリートでもこんなにまっすぐ走ることなんてないだろう、と考えてしまうほど、直線的に石が飛んでくる。そしてそれを私は、真正面から受けることしかできない。私もロゼとほとんど同じ位置まで転がる。痛みはあったが、不思議と重傷は負っていなかった。


「クール……!」


 私が避けようと明確な意思を発しても避けられないのなら、それはクールが私たちの行動を操っているせいだ。天使の能力については全く素人だが、そのことは大して考えなくても分かった。となれば。


「さゆみ……二度も食らわなくても分かるでしょ……あれはクールの方が先よ。クールを先にぶちのめさないと、いつまで経ってもヴィテスの石を食らいっぱなしになる」

「方法は?」

「とりあえず二人で息を合わせる。パパの言ってたあれ(・・)を使うのは、それからよ」

「分かった。行こう」


 この数日で、私も能力の使い方を練習した。ロゼが操るのは空気中の水分、対して私は太陽の光。操作するものこそ違うが、根本から能力の性質が異なるわけではない。ロゼが普段無意識レベルでやっていることを言葉にして教えてもらうのはお互い苦労したが、少しは何とかなったはずだ。

 私とロゼは立ち上がって、同時に一歩を踏み出した。目の前に余裕そうに構えて動こうとしないクールが見えた。攻撃が届くギリギリのところまで近づいて、急ブレーキで踏みとどまる。


「……見よ、この露に照り映る、世界の真の姿を。ロゼ・アジタート!」

「光あれ、この世界の闇までも、希望をもたらすべく! ルミエール・フォルティッシモ!」


 ルミエール()。それが私の、天使としての名前だ。天使の羽が生えていて輪っかもあって、能力が使えること以外は人間そのものだけど、それでも今は天使だ。だから私は、ロゼと一緒に戦う。

 ロゼがかざした手のひらに、(きり)のように鋭い氷の塊がいくつも形成される。その隣で私は、以前は無意識のうちに作り出していた、赤い東南アジアを連想させる紋章を描き出す。この数日で、私の能力にはこの紋章を形成するというステップが必要なことが分かった。といっても、そこまで時間はかからない。せいぜいロゼの準備と同じくらいだ。


 ロゼの武器が完成し、私の紋章が完全なものになったのと同時に、二人分の攻撃がクールに向かって飛ぶ。ヴィテスはとりあえず無視。しかし紋章が輝き、炎を噴き出す私の一手と、銃撃よろしく氷塊を叩き込むロゼの一手は、クールの目の前で不自然に軌道を逸らしてあさっての方向へ飛んでいった。


「おいおい、冗談じゃないぜ。こんなに準備のしやすい状況下で、俺に攻撃を当てようなんて考える、そのこと自体が間違ってる」


 当然クールは無傷だ。ヴィテスが前に出て守っていた様子もない。


「いくらやろうと無駄だってことを分かってもらうために、あえて軌道を逸らすだけで済ませたが。もういいだろう。次はそのままの威力で返してやるよ」


 クールはいったいどこまで私たちの行動を読めるのか。クールが読めないような攻撃を仕掛けなければ、突破口にはならない。考える。クールを欺く方法を。

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