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21:「天界にどれくらい伝わってるの? ”神”の一部が怪しいことをしてるって」

 流れに身を任せて目をつぶってから、数秒も経っていない。目をつぶったのはいいが、どのタイミングで目を開けていいのか分かっていなかった。


「いつまで目つぶってるのよ……」


 肩を組むロゼにそう言われ、私は目を開けた。実家で母親がよく見ていた海外ドラマによく出てきた、アメリカ的な家の入口がそこにあった。天界もいろんなところで人間界の影響を受けている、というリュールの言葉を私は思い出した。


「ここがロゼの家?」

「実家よ。あたし、いつもはリュールと二人で暮らしてるから」

「アツアツじゃん」

「そーいうのじゃないわよ」


 てっきり「そ……そんなのじゃないわよ!」などと返されると思っていたら、ロゼの反応は案外に冷たかった。冗談を言っている余裕がないのだろう。ちょっと場を和ませたかったのだが、失敗に終わった。


「ただいま」

「あら、ロゼリア……ちょっと! どうしたのそのケガ」

「ちょっとね。いろいろあって」

「早く上がりなさい」


 ドアを開けて真っ先に出てきたのは、ロゼによく似た女性だった。ロゼのお母さんに違いない。ロゼの前髪をもう少し短くして、髪色を少しだけ暗くした感じだった。顔はロゼより若干老けているように見える程度で、すでに天界では成人しているというロゼの母親にしては若く見えた。


「……それから、そちらの方は?」

「あたしの管理官の元・人間よ。今はいろいろあって、天使になってる」

「……これは、お父さんを呼んだ方がいいわね」


 ロゼのお母さんがより表情を硬くして、ロゼに言った。それから私の方を向いた。


「どうぞ、お上がりください」


 私はつい癖で靴を脱ごうとしてから、ふとロゼやロゼのお母さんが靴を脱いでいないのを目にした。もうあとワンアクションで片足の靴が脱げる、というところだった私は、慌ててごまかすように靴を履き直し、中に入った。



* * *



「なんかこんなことしてもらうなんて……しかもさゆみにずっと見られてるし……恥ずかしいわね」

「ぶつくさ言わないの。あんたは大したことないって思ってるかもしれないけど、結構なケガよ?」

「結構なケガとは思ってるわ。結局あの時、さゆみに助けてもらったし」


 中に入るなり、私はダイニングで椅子を勧められ、アイスコーヒーを出された。やはり熱いコーヒーに比べれば匂いはあまりしなかったが、飲んでみると何となく知った味がした。今の下宿先と大学の間にある、あのコーヒー店の味だ。ロゼがしきりにあの店に行きたがっていたのはこれが理由か。家でよく嗅いでいた匂いと、同じものを感じたのだろう。

 私がコーヒーを飲んでいる間に、ロゼはお母さんから治療を受けていた。決して病院で受けるような専門的なものではなく、消毒する、包帯を巻くといった簡易的なものだ。だが、どこか手慣れた感じをお母さんの様子から感じた。


「……何か、経験がおありなんですか?」

「ええ、人間界でいう看護師に似た仕事を。ロゼリア、痛くない?」

「痛くないわよ……っていうか、あんまりさゆみの前でベタベタしないで」

「どうして?」

「どうしてって……恥ずかしいからに決まってるじゃない……」


 ロゼの顔が真っ赤になる。かわいい……と言おうとしたが、それは人間界にいた時子どもの姿だったからこその話で、私と同じか、あるいは私より年上に見える今のロゼにそれをされても、何も萌える要素はない。でも守ってあげたくなる感はある。


「あんたは今ケガ人なんだから。大人しく管理官さんに甘えておきなさい」

「そんな、甘えるって……あたしをいくつだと思ってるのよ」


 あれこれ言っているうちに、ロゼの治療が終わった。いきなりロゼが立ち上がろうとするのを、お母さんが引き止める。


「だめよ、あんたは結構なケガしてるって、さっき言ったでしょう。もうちょっと自分の身体をいたわりなさい」

「……分かってる」


 今度はゆっくり立ち上がり、私の隣に座った。


「そういえば、リュールちゃんは?」

「……さらわれた」

「さらわれた……?」

「天界にどれくらい伝わってるの? ”神”の一部が怪しいことをしてるって」

「知らないわ……でも、お父さんなら何か知っているのかもしれないわね。待ちましょう」


 それから五分ほどして、もう一人家に入ってくる音がした。


「遅くなった。すまない」

「いいのよ。こちらがロゼリアの管理官さん。名前は」

「紗弓です。よろしくお願いします」

「ああ、よろしく。いつもうちのロゼリアが世話になっている」


 私とロゼが隣どうしで座るのは変わらず、向かいにロゼの両親が座る。私の向かいにはお父さんが座った。


「パパ。”神”の一部が何か企んでるって話は、知ってる?」

「……その話か」


 間髪入れず本題に入ったロゼ。その話の腰をいきなり折るように、ロゼのお父さんが暗い顔をした。


「結論から言えば、知っている。今まさに、その対処に追われているところだ」


 そこでいきなり話についていけないんですけど、という顔を全力でした私に気づいて、お父さんが説明してくれた。


「私は人間界でいう研究者をやっている。専門は天使の能力だが、古典的なものではなく、近年出現したものが研究対象だ。人間界における学問の発展を受けて、最近では時に極端に物理学や化学の影響を受けた能力が登場している」


 つまり能力にすごく詳しいということか。古典的な能力と新しい能力はどの辺りが違うのか、私には分からないが。


「今回の件は天界に住む一般の天使には知らされていない。現状ではあくまで、一部の天使の力で解決し、なるべく話を広げないということで方向性が一致している。が、私たちは能力を持たないか、あるいは持っていても微弱なものだから、どう対処していけばいいのか分かっていない、というのも事実だ」

「能力を持っていない、ですか」

「天使の持つ能力は、悪魔に対抗するための手段だ。そして人間と同じように、体力の衰えた中年から老年期の天使は十分に悪魔と戦えない。能力を持ち、その威力が十分に発揮できるのは、若い時に限られる」

「なるほど……」

「すまなかった」


 予期せぬタイミングで、ロゼのお父さんが私に深々と頭を下げた。


「あなたも聞いている通り、これは天使、ひいては天界側の問題だ。人間界は完全なる被害者で、天使化した人間が出るなど言語道断。この一件が落ち着いた後には、あなたを人間に戻すことを、必ず約束する」

「ちょっとパパ。絶対とか言っていいの」

「構わない。天使化した人間を、元に戻す方法はすでにある。だがその前に、あなたに協力を仰ぎたい」


 分かっている。ここまで来たなら、もう全部協力できることは協力して、無事解決してからすっきりした気持ちで元の世界に帰りたい。私たちの目標は、今回の件に関わっている残り三人の”神”をぶちのめすこと。


「さゆみは協力してくれるわ。そうよね?」

「ま、まあ……」

「ロゼリア、人の返事を強要するな。あなたももちろん、ここで断ることができる。ただしその場合でも、しばらくは人間界に帰れないのだが……」

「やります。どこまでできるかは分からないけど……リュールを助けるために」


 よし、分かった。

 お父さんがそう言って一呼吸おいてから、次の話を始めた。


「今回の件、セリュールくんとロゼリア、お前たち二人が非常に重要な役割を果たすことになる」

「それは知ってる。あいつらも何回も言ってた。でも、どうしてか分かんないのよ」

「天界による、人間界の支配のためだ」


 それは人間界を下に見ているからこそ出てくる発想だろう。ピティエやクールが主に私に偉そうな態度をとっていたのも、納得がいく。


「人間界の支配って……そんなことできるの?」

「できるからこそ、それを防ぐために天界が動いている。ある条件が揃えば、天界と人間界が何の段差もなく接続され、人間界で天使が際限なく能力を使えるようになる。その結果、人間は天使に降伏するほか道がなくなってしまう。そういうことだ」


 そこまで言うと、ロゼのお父さんが一旦立ち上がり、別の部屋に行ってしまった。かと思うと、私が少し冷めたコーヒーを一口飲んでいるうちに、お父さんが戻ってきた。その手にはトイレやリビングに置いてあるような置物が三つ。どれも家庭用の醤油さしくらいのサイズだ。それらをテーブルに置いてから座り、話が再開された。


「彼らの計画には、三人の天使の能力が必要になる。一人は序列1位。残り二人はセリュールくんと、ロゼリアだ」

「……あたしの能力が、そんなに大事なの」


 お父さんが三つの置物のうち、最も背が高いものをつまんだ。

 私もロゼと同じ疑問を抱いていた。1位の能力と、3位であるリュールの能力は分かる。どちらも序列は最上位であり、計画に必要なんだと言われれば、そんな気もしてくる。

 お父さんは軽くうなずいてから、手で引き止めるような仕草をした。まあ待て、話を聞けということらしい。


「実は序列1位の能力を持った天使は存在しない。天界側が作り出した”概念”に、1位相当の能力を埋め込んだものだ」

「ちょっと待って。もうついてけないんだけど」

「天使が人間を媒介せずに、人間界に降り立つことを可能にする。それが、1位の能力だ」


 ロゼも私も、ほとんど同じタイミングで息が止まった。心当たりがありすぎるからだ。


「……じゃあ、クールとかから憑依してる人間の匂いを感じなかったのは」

「そうだ。今現在、1位の能力が不正に、強制的に発動された状態だ。本来は天使しか対処のしようがない危機が人間界に訪れた時に、スムーズに天使が対応に当たるための非常用の能力だ。だからこそ天界が作り出した”概念”に、その能力は閉じ込めてある」


 そんな能力は、天使が思いつきで使っていいものではない。それを天界側は理解しているはずだ。だからこそ、”神”が悪用するに至った。


「だが、それで終わりではない。いかに天使が能力の面で人間より圧倒的に優勢であるとはいえ、人間は何かしらの方法で、天使に対抗するだろう。そのためのセリュールくんとロゼリア、お前たちだ」

「リュールは何となく想像できる。あの子の能力は割と何でもありだし、人間の命を錠前と定義すればいいってことでしょ。……まあ、やらなかったら殺すって脅されて、無理やり能力を使うことになるんでしょうけど」

「その通りだ。ならロゼリア、お前の能力はどうだ?」

「だってあたしの能力って、33位よ? 自分でもすごいとは思ってるけど、それでも”神”に比べれば圧倒的に劣る。そんな能力のどこがいいの」

「その話を、今からする。これは”神”たちにとって都合のいい話になる。だが同時に、お前たちが今回の件を解決し、セリュールくんを助け出すために必要なステップだ」


 そう前置きしてから、ロゼのお父さんは話す。それは確かに、ロゼの能力がいかに特別かを示すものだった。

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