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16:「あたし、ちょっとその辺ぶらぶらしてくるから。リュールの話、聞いてあげて」

「……なんて言ってる時に限って出ないのよね、悪魔って」


 それから数日は、嘘のように悪魔が出てこなかった。リュールたちとフードゥルが協力関係になったことを察知して、私たちの周りからいなくなってしまったのか。そう私は思ったが、ロゼいわく違うらしい。


「かすかだけど、悪魔の臭いはする。ただ目立った動きをしてないって感じじゃない?」

「それって結局、ロゼたちの協力関係が勘づかれた、ってことじゃないの?」

「さあ。でも結局、ロンテと協力した時も、悪魔たちは現れたわけだし。別にこっちが協力しようとしまいと、関係ないんじゃない?」


 今日の食堂は空いている。ロゼもリュールも実体化して、三人でご飯を食べることになった。ロゼもリュールも大学生らしい姿になっているのを見すぎて、最近妹感がなくなってる気がする。……ということを伝えると、


「だってこの姿じゃないと不自然でしょ? あのちっちゃい子誰、って注目されて困るのはさゆみの方よ。それに、あたしたちの本来の姿はこっちの方だから、いろいろやりやすいし」


 目線の高さがいつもと違って不便だし、とロゼは付け加える。なるほど、言われてみれば確かに。片目を茶髪で隠して痛い子感が出てしまっていることを除けば、小さい姿とはまた違ったかわいさがある。それに何より、自然体で振る舞えている感じも伝わってくる。


「ま、さゆみがどうしても小さい方がいいって言うなら……やってあげてもいいけど……」

「急にぼそぼそ言うじゃん」

「う……うるさいわね! 結局どっちがいいのよ!」

「どっちでもいいよ。特にロゼは身体が大きくても、中身が……」

「なにーっ!」


 ロゼはぷりぷり怒りながら、ぱくぱく天津飯を頬張る。たまたま今日出食していたのをロゼが取ったのを見て、私も天津飯を選んでいた。


「……中身が子どもだし、どっちにしろかわいいのは変わらないから」

「そ、そういうのはいいのよ……りゅ、リュール! あんたはどうなの!」


 困ったロゼがリュールに話を振った。しかし静かにカレーを食べ進めていたリュールは全く私たちの話を聞いていなかったらしく、


「……え?」


 ロゼが三度くらい呼びかけてリュールはようやく気づいて、そんな気の抜けた返事をした。


「なに、聞いてなかったの?」

「……ごめんなさい」

「別にいいわ、そんなに大した話じゃないし」


 ロゼがスプーンを置いて立ち上がった。私と同時に食べ始めたはずなのに、ロゼはもう天津飯を食べ終わっていた。ロゼは再び考え事を始めてうつむいてしまったリュールの方を一目見て、それから私の耳にささやいた。


「……さゆみ」

「え」

「あたし、ちょっとその辺ぶらぶらしてくるから。リュールの話、聞いてあげて」

「リュールの?」

「最近のリュール、絶対変だから。考え事ばっかしてるし。いつものリュールだったら、こんなに抱え込むなんてことしないし。あたし抜きで、話を聞いてやって」

「分かった。何かあったら、連絡よろしく」


 なんだこの子、めちゃくちゃ気が利くじゃん。目に見えて、そして実際しっかり者のリュールからいろんな説明を聞くことが多くて、そういえばロゼとこれほど話したことはなかった。

 ロゼがすたすたと私たちのもとを去って、食堂から出て行くのが見えた。さすがに三人から二人になって、空気が変わったのを感じたのか、リュールが顔を上げた。


「あれ? ロゼは……?」

「先に行った。リュール」

「……はい」


 ロゼが先に行った、私と二人にされたというだけで、これから何が起こるのかリュールは理解したらしい。カレーをすくったスプーンを置いて、リュールは口を結んだ。


「正直、一番付き合いが長いのって亜季で、悩みなんてこれっぽちもないような子だったから。悩み相談とか、あんまりやり方分かんないんだけど。でもリュールが悩んでるっていうのは絶対分かるし、もしよかったら、私に言ってほしいなって」

「……紗弓さんは、今回の悪魔たちの件が結局天使のせいだったって聞いた時、どう思いましたか」

「どう思ったって……別に、何も思わなかった」

「そうですか? 亜季さんにもご迷惑をおかけしましたし、紗弓さんの家に居候までさせてもらって。悪魔退治に動くのも、紗弓さんの空き時間になるように努力はしましたが……そうまでして協力していただいて、結局天使が関わっていたって知って。紗弓さんに申し訳なくて」


 この数日の間、リュールとまともにしゃべることはなかった。ご飯だよとか、もう寝るよとか、そういう簡単なことは話したが、それでもリュールはこくりとうなずいただけで、会話になっていなかった。その間ずっと、そんな気持ちでいっぱいだったのだろう。


「大丈夫。私が姉二人にうんざりして、妹がほしかった、って話はしたでしょ? でも妹って一言で言っても、人それぞれ性格は違うし、いろんなタイプがいるって思うんだよね。リュールみたいに大人しい子も、ロゼみたいにやんちゃでちょっと偉そうな子も。リュールとロゼって性格で言えば正反対かもしれない。だから、そんな個性豊かな二人を形式上でも、妹として迎えて一緒に暮らせてることが、私はすごく嬉しい」

「……」


 リュールは私の方を、不安そうな顔で見つめていた。ロゼの怒られるかもしれない、という顔とはまた別だ。単純に、こうして呑気に悩み相談に乗ってもらっている場合なのか、と自分を戒めるような顔に見えた。


「まあ確かに、結局天使の内輪もめだったのかって考えると、なんかこう……ガックシくるものはあるけど」

「これまでにも天使にとどまらず天界そのものが、人間界に迷惑をかけたケースは何度かあるんです。でも元々の力の差もあって、人間界の方から天界に悪影響が及ぼされたことはありません。天界側が、一方的に迷惑をかけた形になっているんです。今回はそんな迷惑の中でも、特にひどいものだと感じています」


 リュールの言いたいことも分かる。”神”と呼ばれる一部の天使、さらにその中の一部のせいで、今回のような事態になっている。同じ”神”と呼ばれる身として、常識的な天使として責任を感じているのだろう。


「だから、わたしはずっと考えてたんです。どうやって今回の一件を片づけるか……どうやって天界に働きかければいいのか。少なくともわたしやロゼが生まれて以来、こんな大事件は起こっていなかったので、あれこれ考えるのに必死で。話に参加できなくて、すみません」

「大丈夫、そんなに大事な話はしてなかったし。リュールはリュールなりにいろいろ考えてくれてたんだって分かって、ほっとした」


 私がそう言うと、リュールがぱっと明るい顔をしてみせた。が、すぐにまたその顔に影が差した。


「でも、それだけ考えても、どうしても分からないことがあって」

「なにが?」

「悪魔たちを裏で操っているのが”神”だった、ということは分かりました。でも、目的が見えないんです」

「目的……」

「はい。悪魔と天使、と言われれば、大して事情を知らない方でも敵対関係にある、と理解していただけます。実際その通りで、昔からずっと天敵どうしとして戦ってきたんです。だから悪魔と天使が協力するなんて、悪魔側がよほどの弱みを握られたか、あるいは悪魔と協力してでも手に入れたい目ぼしい何かがあるのか……その辺りは、どうやらフードゥルも分かっていない様子でした」


 リュールの言う通りだ。天敵どうしが協力するなんて、よほどの事情があるに違いない。だからこそ分かっていないどころか、まるで真相の片鱗も見えないのが不気味なのだ。


「そもそも今回の件に関わっている”神”が、今どこで何をしているのか……」


「さゆみ! リュール!」


 リュールの言葉の途中で、ロゼが慌てた様子でこちらにやってきた。息を切らしていて、いったん落ち着いてからロゼが続きを話した。


「悪魔が出た。一緒に来て」


 ロゼの顔は真剣そのものだった。ロゼが先陣を切って走っていくのを、私たちは追いかける。


「あそこ……よ……?」


 走るのをやめ、目の前を指差したロゼの声が疑問形に変わる。そこはキャンパス全体から見れば外れの方で、食堂からそう遠くはないものの、講義の合間の休み時間にちらほら人が通る程度の場所だった。そこに悪魔の姿はない。代わりに、ロゼやリュールと同じ雰囲気を匂わせる人物が一人。


「遅かったね」

「あんた……!」


 ロゼの顔が険しくなる。リュールもはっとした顔をしていた。私がリュールにあいつは誰か、と問う前に、向こうの方から声が飛んできた。


「はじめまして、天使管理官さん。俺の名前はクール。見れば分かるだろ、いわゆる”神”。序列は7位さ」


 こちらを心底バカにしたような顔で見てきた。同じ”神”でも、リュールとは全然違う。それをこの一瞬だけで感じた。


「どういうことですか」

「もう少し早く来てくれれば、彼らの断末魔の叫びも聞かせてやれたのに。悪魔には断末魔という表現が、よく似合う」

「悪魔とあなたたち”神”の一部が関わっている。そう理解して、いいんですね」

「まあこの状態で、関わってないとは言わないだろうね。でも、悪魔なんて所詮、いくらでも使い捨て出来るような存在だ。契約や交渉なんてのも、大した意味はなさない」


 さっきまで悪魔たちがいただろう場所を、ゴミでも見るような目で彼は見やった。


「残念なことに、ロゼが先に来てしまった。別にロゼが先でもよかったんだけど、あいにくこの儀式(・・)には順番がある。じゃあね。もう二度と会わないことを期待してるよ。天使管理官さん」


 そう言うと、ばちんっ、という音とともに辺りがまばゆい光に包まれた。私は反射的に目をつぶる。まぶたの裏でまぶしさがなくなったように感じて目を開けると、そこにクールと名乗った天使の姿はなかった。


「いなくなった……」

「……クールだけじゃないわ」


 震えたロゼの声が聞こえた。見ると、ロゼの顔面は蒼白そのもの。ロゼの言葉の意味を理解して辺りを見渡す。


 リュールがいなくなっていた。

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