11:「分かった。むしろちょうどいいし、同じ天使管理官どうしの話をしよう」
「ヴォロンテ=バーチュース。序列は22位、あたしが昔からつるんでる……まあ、腐れ縁ってやつね」
「ヴォロンテ?」
「幼馴染ってほどではないけど、知り合い以上の存在よ。あ、ちなみに男ね」
男の天使。あんまり実感わかないけど、それはたぶん絵画とかで見たことがないからだ。美術の教科書に載っている絵画の天使って、みんな女だった気がする。
「ロゼの友達なら、心配はありません。向こうもこちらが接触してくることを分かっていたでしょうし、やはり悪魔の動向をうかがうためにサークルに潜入していると見て、間違いなさそうです」
「協力はしてくれそう?」
「むしろ猫の手も借りたいって状態なんじゃない? ロンテが潜入捜査なんてらしくないことしてるし、慎重にならざるを得ない事情があるか、単純に手こずってるんだと思う」
どうやらヴォロンテというその天使は大胆で強いらしい。あんな能力を使いこなすロゼが言うのだ。
「へえ……」
「”神”ではないとはいえ、22位は十分な強さです。特に彼の能力をもってすれば、条件が整う必要はあるものの、わたしも勝ち越せない可能性があります」
「そんなに?」
リュールは3位。視覚的にはいまいち伝わりにくいが、数字が十分すごさを物語っている。そんなリュールが負けるかもしれないなんて。
「とにかく、協力できるのは間違いないわ。あの男もロンテの話を聞いてるはずだから、後で話ができるってことは、そういうことよ」
「なるほど」
幸い4限の教室はすでに開いていて、何人かすでにいたので、私はその中に混じってスマホの相手をすることにした。それと同時にロゼとリュールは実体化を解いて、私にしか見えない状態になる。
「実体化は普段見えない相手にも姿を見せることになるので、エネルギーを結構使うんです。姿や格好も自然な感じにしないといけませんし」
ロゼもリュールも、もとの童顔に小さな体、それからかわいらしい小さいサイズの服を着た姿になった。確かにこれだけいろいろ変えるとなると、なかなかの負担だろう。
だらーん、と机に寝そべりながらスマホをいじっていると、ロゼがぺしぺし、と私の腕を叩いた。
「ん?」
「やることないなら、亜季のとこ行けばいいんじゃないの?」
「んー。それもいいんだけど、今から行くのはめんどくさい」
「……ま、さゆみがそう言うなら」
その一言だけ言って、結局ロゼは4限が終わるまでずっと寝ていた。大真面目な顔で授業を聞きノートを取るリュールの隣で、私は眠たいしゃべり方だな、と心の中で文句を言いつつ話を聞いていた。
「……あー、よく寝た」
「まさか本当に全部寝るなんて。もったいない」
「眠たかったんだから仕方ないじゃない」
何も授業を聞いていなかったロゼと、全部聞いてノートまで取り、それを嬉しそうに抱えるリュールの会話を聞きながら、私は待ち合わせ場所の講義室前に向かう。
「……あれ。ロンテがいる」
眠いものは眠い、とリュールに言おうとしたロゼがふいに動きを止めた。ロゼの視線の方向を見ると、確かにすっかり誰もいなくなった講義室の入口に、そこそこの背丈の男性が立っていた。さっき会ったサークルの副会長さんではない。髪は真っ黒で、副会長さんからさらにチャラさを取っ払ったような人だった。
「あれが例の天使なの?」
「そうよ。雰囲気はものすごく真面目になってるけどね」
ロゼが一目散にその天使の方へ走っていってしまった。
「はじめまして。名前はもう聞いていると思いますが一応。ヴォロンテ=バーチュース、ロンテとでもお呼びください」
「ずいぶん大人っぽい格好ね。管理官の影響?」
「ロゼこそ。なんだよそのちんちくりんな格好」
「ちっ……ちんちくりんは失礼ね! 文句ならこのさゆみに言いなさいよ!」
出会って早々ギャーギャー叫ぶロゼをよそに、ロンテが私に話しかけてきた。
「……いいんですか? 天使にあんな言葉遣いをさせて」
「どういうこと?」
「一応人間界に降りてきた天使は、天使管理官より立場が下という扱いになるんです。あなたが構わないというのなら、いいんですが」
「いいよ、別に。もともと妹がほしい、っていう思いが影響して、ロゼもリュールもこの姿になったみたいだし。変に敬語なんか使われたら、妹感なくなるかなって」
「なるほど。それでロゼたちは、あんな姿になったんですね」
ロンテはいったん私から離れて、今度はリュールの方を向いた。
「……で、ロゼのお守りにリュールがついていると」
「そう。よろしく、ロンテ」
「お……おもりってなによ! ってかロンテ! 話聞いてんの!?」
「はいはい、聞いてる聞いてる。そろそろオレの宿主さんも来るから、いったん落ち着いて」
ロンテが言い終わる頃には、講義室からリュックを背負って副会長さんが出てきた。
「待たせてごめん。亜季ちゃんは?」
「たぶんまだ授業だと思います。そんなに遅れてこないとは思うんですが」
「分かった。むしろちょうどいいし、同じ天使管理官どうしの話をしよう」
副会長さんが学生証を見せてきた。
「飯山侑介です。同じ天使管理官どうし、いろいろあるだろうから、名前だけでもよろしく」
「はい……」
「君は?」
自分の名前を名乗る。正直天使管理官なのは天使を連れているあたりから確定だし、気さくな人なのは間違いないが、チャラチャラしたサークルの副会長ということで、私はまだ警戒していた。
「早速だけど、上月さんたちに協力してほしい。これは天使管理官と天使一人ずつじゃ、とても対処しきれない問題なんだ」
あれ?私のことは名前呼びしないんですか?まあいいか。
「はい。なんか、サークルの人たちが全員悪魔に取り憑かれてるって話は聞きました」
「そう。もともと僕らのサークルは、今言われてるような乱れたところじゃなかった。ほんの数ヶ月前からなんだ」
「ちょうど悪魔が増え始めた時期と一致するわね。それで? どうしてあんたは悪魔のお世話にならず、むしろ天使管理官になったわけ?」
ロゼが会話に割り込んできた。今は天使管理官どうしの話し合いだから、というリュールの制止も振り切っていた。
「忘れたか、ロゼ。オレは先行部隊だったんだ。天界は悪魔増殖の報せを受けてすぐに、何人か天使を人間界に派遣した。その一人がオレだったってわけさ」
「悪魔にやられるギリギリのところで、ロンテが駆けつけたってわけね」
「そう。だけど正直オレの力じゃ、奴らがこれ以上暴れないように押さえつけるので精一杯なんだ。しかももう限界に近くて、だんだんサークル外部への影響が出始めてる。その結果が、亜季さんへの勧誘だ」
決して元からチャラチャラしたサークルだったわけではない。メンバーたちの心のどこかに潜んでいた、彼氏や彼女を作ってあれやこれやしてみたい、という願望が、悪魔によって表面化し、増強されてしまった。飯山さんの話を要約すると、だいたいそんな感じだった。
「オレの能力は他人の感情や思考に少し干渉して、行動を変えるように影響を与えるものだ。侑介と同じ大学にロゼに加えて、リュールの宿主も務める天使管理官がいることが分かって、ちょっと強引な手を使わせてもらった。申し訳ない」
「いいのよ。別にリュールもさゆみも、大して気にしてないわ」
「まあ気にしてないのは間違いないけど、そうやって言った記憶はないよ」
またロゼが勝手なことを言ったので、私は釘を刺しておく。
「やっぱり、そうだったんだね……何となく、分かってはいたけど」
「分かってたんだ」
「ロゼほどではないですが、わたしもロンテとは一応、長い付き合いなので。ロンテの思い通りに自分が動かされてるな、っていうのがだいたい分かるんです」
「へえ……全然分かんなかった」
「普通は分からないので大丈夫です。これはロンテと長い間一緒にいないと分からない感覚ですから」
リュールの言葉終わりを聞いて、再び飯山さんが私たちに向けて話す。
「これは天使管理官としての仕事でもあるし、亜季ちゃんを助けるための作戦でもあるんだ。ぜひ協力してほしい」
「分かりました。やりましょう」
「えっ! なになに、わたし抜きで何か決めた⁉︎」
亜季がタッチの差で走ってきた。亜季の知らないところで、同盟は結成されたのだった。




