1:「妹がほしかった」
妹がほしかった。
どうしてこう、姉という存在はいつも寄ってたかって妹をいじめるんだろうか。これがたぶん姉と弟だったら、全然違っていただろう。同性だから余計に、めんどくさいことを考えているのかもしれない。
「あぁー」
何にも用事のない、日曜日の昼下がり。私はベッドでゴロゴロしてスマホをいじって、一人暮らしを満喫していた。スマホに飽きたらのそのそと起き出して本棚のマンガを漁り、マンガに飽きたらスマホに戻る。さっきからご飯の時間以外、ずっとそんな調子だ。でもいよいよそのルーティンにも飽きて、ついには余計なことを思い出してしまったのだ。
「……ほんとめんどくさい」
それにしても、スイーツの写真はいくら見ても飽きない。あとラーメン。今目の前にそれがあって、自分が食べているのを想像するだけでも楽しい。目を閉じてまぶたの裏でそんな想像をしては、ベッドの上で足をバタバタさせている。どこからどう見ても変な人だ。
でもそんな私の至福の時間を邪魔する輩がいる。誰あろう、私の姉。ふっくらおいしそうなパンケーキの画像にわざわざかぶせるようにして、メッセージを送ってくる。
「彼氏とご飯なう〜」
写真には上の姉と、金髪の男が写っていた。っていうか何この髪。マリモに無理やり金色の水彩絵の具を塗りたくったような髪。よくこんなのと付き合おうと思ったな、うちの姉。
「……チッ」
顔をしかめて、私はすぐにメッセージアプリを弾いた。このタイミングで送ってくるなんて、嫌がらせ以外にない。そうでなければ、たぶん姉は本物のアホだ。
「彼氏かぁー」
思えば考えたこともなかった。姉二人が東京の大学に行ったのに対して、私は地方都市の大学。姉は二人とも優秀で、私だけ違う進路になると分かった時も、最初こそ劣等感にとらわれた。けれどすぐに私は、やっと姉たちの支配から逃れられた、という解放感に浸るようになった。
「……いや。でも、妹の方がいいな」
隣にいるのが男だと、いろいろめんどくさいあれやこれがあるんだろう。それなら同性で、自分より年下の子に、隣にいてほしい。要は家で自分の意見が通らなかった分、私の言うことを聞いてくれる人がほしいだけなのだ。
「なんでよりによって、三姉妹の末っ子なんだろ……」
もしかして前世で何か重罪でもやらかしたんだろうか。そうでもしないと、こんな境遇にはならないはずだ。もっとも、本当にやらかしてたとして、私にはどうしようもないけど。
「めんどくさ」
私はスマホを投げ出して、今日何度目かのうたた寝に入った。忌まわしい姉どものへらへらした顔を頭の中から消し去るのに、少し時間がかかった。
* * *
――ちょっとリュール! 場所取りすぎ! 足くらい外に出しなさいよ!
――ロゼの方こそ。人のベッドで大の字になるなんて、ありえない。
――なによ! どうせこの人が宿主なんだし、ちょっとぜいたくするくらいいいでしょ。
――そんなこと言って、知らないよ。この人性格きついって聞いてるし。
「いや誰がきつい女だ」
「「あ、起きた」」
さらっとディスられ、我慢ならなくなって私は体を起こした。しかし夢の中の話だと思ったら、どうも違うらしい。足元には、見たことのない女の子が二人座っていた。
「……え、誰」
「ふん、感謝しなさい? 今からあんたは天使の加護を受けるのよ。それも二人分。ありがたいったらありゃしない」
「……その、いろんな事情があってわたしたち二人、ここに居候することになりました。ロゼが偉そうなこと言ってごめんなさい。もし邪魔なら、すぐ出て行くので」
片方は明るい茶色の髪に、水色の瞳。左目は前髪で隠れていた。こっちがいきなり偉そうにしゃべってきた方。
そしてもう片方は、アッシュグレーの髪に、金色の瞳。こっちは偉そうな方をフォローするように話した方だ。
「いや出て行くって……どこへ?」
「わたしたち、天使なので。紗弓さん、あなたという宿主を見つけた今、最悪どこで暮らすかはどうにでもなるんです。なので邪魔なら遠慮なく、邪魔って言ってくれて構いません」
「でもそこまで言われて邪魔って追い出すわけには……」
「そもそも紗弓さんはわたしたちを知らないわけですから。情なんて湧かない、というのが正直なところでしょう」
じゃあなんでこの二人は私の名前、それもよりによって下の名前を知ってるのか、となるわけだが。
「別に……邪魔では、ないかな」
「えっと……そうなると、しばらくこちらにお邪魔することになるんですが」
妹がほしい、とふと思った矢先のことだ。どうも都合がよすぎる。でも、あまりに都合がよすぎて、何だか乗っかってみてもいいかな、と思えてしまった。
「んー、しばらくがどのくらいかは分からないけど。私は気にしない」
「その……言いにくいんですが、わたしたちもどれくらいお世話になるかは分からないんです。そのあたりの事情も、追って説明しますので」
何せ、この二人が天使ってところからしてぶっ飛んでいる。いや、確かに二人とも、背中からひょっこり純白の翼が生えてるのは見えるけれども。いかにもワタシテンシデスヨー、って感じで胡散臭い。
……あれ?
「ねえ」
「なんでしょう」
「さっき、天使って言った? 冗談だよね」
「……え? 本気、ですけど」
翼が本物だと私に思わせるためか、アッシュグレーの子が翼をひょこひょこと動かした。まあ、ギリギリ本物だと言える動き。
「その……何から説明しましょう。いろいろあるんですけど」
「知らないってそんなの。私に聞かれても」
「……あ。じゃあ、あれからいきましょう」
アッシュグレーの子が右手の人差し指を立てて、説明を始めた。私の耳に飛び込んで来たのは、いきなり聞き慣れない言葉。
「紗弓さんには、天使管理官というものになっていただきます」
天使管理官。
思えば、そんな嘘みたいな役職の話を聞き始めたこの時から、私は長い、長い夢の中だったのかもしれない――