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Dr.ハマグリをやり過ごすと親潮にぶつかって、大海原へと出た。
ここまで浮遊を続けると船影も見えない。まさにプランクトンと魚類の世界だ。ミズクラゲはプランクトンだが、あまり食べられることはない。天敵といえばアオウミガメぐらいだ。
脂身もないミズクラゲを捕食して何がおいしいのだろうか、僕には大した栄養素などないはずだ。アオウミガメの気持ちが全く分からない。
海の食物連鎖について考えを巡らせていたら、ふいに潮流が変わった。少し前に千島海流に当たったのだから、何かがおかしい。
上下左右のプランクトンたち(クラゲ以外の)がみるみる一方向に吸い寄せられている。
Dr.ハマグリが以前、弁舌をふるっていた宇宙のブラックホールが海中にもあるのだろうか。いや、そんなはずはない。
それぐらいなら僕にも分かる。
ホモサピエンスは火星人をミズクラゲのように描いているが、それより明白な事実だ。しかし、このままでは僕まで水流に飲み込まれてしまう。正体は一体何なのだろうか。
傘の部分が徐々に丸から三角形、そして棒状に変化しつつある。
「や、やばいぞ。まだミズクラゲちゃんに会っていないのに…。ここで死ぬのは嫌だ」
助けを求めようにも周りには吸い込まれていく小さな小さなプランクトンたちしかいない。
絶体絶命。
どっちが海面かも分からないぐらい猛烈な勢いで体の自由を奪われた。ちらと遠くで泳ぐカジキマグロが目に入る。
「ああ、いっそマグロを食べてから死にたかった…」
辞世の句を読んでいると目の前が真っ暗になった。
どうやら大きな生物の口の中のようだ。歯の数はそんなに多くはない。もしかして魚類だろうか。それなら”えら呼吸”で体外に排出される可能性もあるが、それらしき隙間も見当たらない。食道へと進むしかないのか……。
短い触手を懸命に伸ばしながら、食道へ吸い込まれまいとわずかな抵抗を示した。かわいいプランクトンたちは塩水とともに流れるように飲み込まれていく。
前方に分かれ道が見えた。
「な、何だ、これは?」
食道が二つある。
もしかして、魚類ではないのか。
だとしたら、気道を抜けて外に出られる。
しかし、1メガの脳細胞では、どちらも同じ黒い道にしか見えない。
食べるなら食道、異物なら気道。
ふいにアイディアがひらめいた。プランクトンとは逆の道を選んだ。
ぷしゅーーー。
僕は洋上を舞った。高さはミズクラゲ千個分ぐらいだろうか。眼下にはイルカの群れと大きな黒い塊が目に入った。
ついに体外へ射出されたのだ。イプシロンロケットのように……。
海面すれすれになって、初めて僕を飲み込んだものの正体が判明した。ヒゲクジラだった。おそらく十億年に及ぶクラゲ史の中でも大海の上を飛んだミズクラゲは僕一匹だろう。
これはクラゲ界にとって宇宙への大きなマイルストーンとなった。