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desire 4

連続投稿。

またまたあの女が登場。怖いというか不気味ですよね。何がしたいのか分からないので、こんな人が知人にいたらクリニックに通うことを勧めるかもしれないです...。

desire 4



あの不気味な体験の後、逃げるように霊園を去った猛は生き物の気配が全くなくなった夜の中、人ならざるもの気配が忍んでいる山中を抜け殻のように、まるで迷子の仔犬のように歩き続けた。



月の弱い明かりが猛にとっての唯一の道しるべ。しばらく歩きつづけ、ようやく街のざわめきが遠くに聞こえた時には、なんとも言えない安心感と共に、精神的に多大なストレスを感じた所為か身体に大きな疲労感が露呈してきた。



それでもなんとか歩き続けたが、疲弊しきった身体と精神では、ちぎれそうな意識の糸を保てることは簡単ではなかった。次は街の騒がしさが猛の体に降り注ぐ。うるさい。煩い。ウルサイ。うるさいうるさい。



正常な精神状態ならまだしも、今の猛のように意識を保つことがやっと人間には車の音、街の明かり、人の声、足音、全てが猛を苦しめるものになっていた。煩い。煩い。煩い。うる、さ......



いよいよ最後の糸も簡単に切れてしまい、街に入った猛は気絶し救急搬送された。幸いな身体的なダメージは少なかったが、精神的なダメージは結構なもので、仕事を休む羽目になった。もちろん入院である。



猛「はぁ。」



店長「ため息ばかりでも仕方ないだろう...」



猛「すみません。」



店長が心配してお見舞いに来てくれていた。

特別身体が弱い訳でもない人間が倒れたとなれば心配になるのは普通である。店長は親がいない猛に責任をもっていた。



店長「急いで帰って、ぶっ倒れて帰ってくるなんて普通じゃないだろ。しかも入社から無遅刻無欠勤の猛君がそうなるなんてびっくりしたよ。何があったのか話せないのか?」



実は皆勤賞だった猛。それを逃したことはこの際どうでもいいが、少しでも話そうと思い出そうとするが、目眩がおきる。

猛はふらついてそのままベッドに倒れた。



店長「お、おい!大丈夫か!?」



猛「......はぁ、だ、大丈夫です。」



店長「何があったらそんなにやられるんだよ…」



猛「今は、すみません......は、話したくないです...」



店長「一応店長だから、と思ってきたが、こりゃお手上げかもしれんな。聞かないでおくよ。復帰してもこの件は誰も触れないように根回ししとくわ。」



猛「すみません...」



自分ではどうしようも出来ない。猛の中にある恐怖はそれだけ大きな影響力を持っていた。名前も知らないあの女。あの女がいなければ、こんなことにはならなかった。あの女の所為だ。怖い。怖い。怖い。憎い。怖い。憎い。怖い。まともに物事を考えられない猛。負の思考の連鎖は猛の体を蝕んでいる。猛は強烈な吐き気を感じた。



猛「んんっ!!...んうっ!ぐっ!!...かは、ゲホッ!ゲホッ!」



店長が取り乱さずに優しく背中をさすってくれる。大人とは強い生き物なんだと猛は感じた。何とか吐き気も収まり、ベッドを汚さずに済んだのは幸いだった。汚したらベッドから動かないといけないが、極力動きたくない。店長の優しさ、親がいない猛にとって実は心の拠り所になっているが、今はそれすらもわずらわしい。



猛「すみ、ません...店長、もう、大丈夫なので、言いにくいん...ですけど、帰って貰えたら、有難いです。」



店長「あぁ、そうだな。すまない。また連絡する。とりあえずお大事にな?」



猛「はい、...ほんとすみません...」



その後、店長は帰っていった。1人になる。1日することと言ったら、何も考えずに、ただ空を見上げる。毎日違う表情をすることに気がついて、特別面白くわけではないが、他にすることもないので空を見上げる。よく分からないが空を見ていると乱れた心が整えられるような気がしていた。



猛がいる病室は個室で、大きな窓ガラスが個室であることを忘れさせるくらいの開放感を外の世界から病室に反映させていた。適切かどうかさておき、ただ休む為、何も考えずにのんびりするには最高のロケーションである。夜になれば月も良く見えそうだと猛はぼんやり考えていた。



猛「はぁ。...ふぁ、......ーー、スー。」



そして気づけば寝ている。寝ている時が唯一の安息の時。何も見えず、何も聞こえず、何も感じない、何も考えずに済む。入院してからあの女の気配も声も感じない。幻聴、幻覚。或いは物の怪?そんなものの類い。唯一触れたあの瞬間も、もしかすると自分の気の所為だと思い込んで、閉じ込めることにしていた。



深夜0時。



猛「んっ、...ふぁ、はぁ。」



妙な時間に目が覚めた。もちろん病室は暗い。空には綺麗な三日月。そう言えば美夜は三日月が好きだと言っていたことを思い出す。昔した会話が脳裏から再生される。



ー ー ー ー ー ー ー


美夜「今夜は綺麗な月。」


猛「ん?三日月じゃん。どうせ見るなら満月とか新月の方が良くない?」


美夜「満月が綺麗なのは当然でしょ?新月は綺麗というか物珍しさで見ることが多いし。」


猛「んー、まぁ確かに。じゃあなんで三日月なの?半月もあるじゃん。」


美夜「半月は可哀想。半分しか写して貰えない。」


猛「は?」


美夜「でも三日月は月が生まれてから3日目。最初に見える月の姿なの。生まれたばかりなのにあんなに明るくて、黒い空の中でも凄い存在感。大きくないのに、夜空の主役。ね?そう思えば綺麗でしょ?」


猛「んー、俺にはよくわかんないな。でも魅力的なんだなってことは何となく分かった!」


美夜「ふふ、ねぇ?今夜は月が綺麗だと思わない?」


猛「あぁ、そうだね。」


ー ー ー ー ー ー ー



ふと思い出して、気づいたら頬に温かいものを感じた。大切にしていた時間。大切にしていたと思っていた。どこから狂ったのか、何がきっかけだったのか、気づけば大切に守ってきたもの、何もかもが音を立てて崩れていた。



猛「美夜、美夜ぁ....」



何故自殺なんだ。気づけていなかった訳じゃない。なのに向き合うことが怖かった。遅かれ早かれ取り返しのつかないことになるのは、何となく予想出来た。なのに、どんな思いで、どんな言葉をかけていいかわからなかった。



???「フフッ、泣いているの?可哀想に...」



猛「!?な、なんで...!?」



???「お久しぶり。元気にしてた?元気そう...じゃなさそうね?ウフフ。」



猛「あぁ、うあぁぁ!!」



???「そんなに怖がらないで?今の君はとても可愛らしい。何も出来ず、無力感に囚われて、思い出に悲しんで、嗚呼、とっても可愛らしい。慰めてほしい?」



猛「な、なんで、なんでいるんだよ!!」



???「いたら都合が悪いの?私ね、忘れられなくて...君が私につけてくれた傷。私すっごくドキドキしたのっ!ウフ、傷つけられて、痛くて、君がつけてくれたって思うだけで身体の奥が熱くなる。」



わけがわからない。何故いる。痛くてドキドキする?狂ってる。それ以上に猛にとってこの上ない恐怖の対象が目の前に忽然と姿を現した。それだけで猛はパニックになっていた。



そして彼女の瞳の色が前に見たのと違うことに気づく。真紅。鮮血の赤。高揚していて、狂気を帯びて、真っ直ぐな想いと、強い殺意のような黒い感情をその目に宿していた。服装も違う。ノースリーブの黒いランジェリーのようなワンピース。胸元は大きく開いていて、豊満な胸が見えている。何かの造形のような洗練されたボディライン。今の彼女は魅惑的な悪魔のような雰囲気を醸し出している。



???「今度はどこに傷をつけてくれるの?顔?胸?背中??足?あぁ!!首ね!ここがいいわ!ねぇ!ほら!前の時のように私を払ってよ!ほら、ほらぁ...!」



そう言うと彼女は猛の上に覆いかぶさり、顔を近づける。何かに取り憑かれたような狂気的な笑みを浮かべて、これから傷を付けられることに興奮しているのか、暗がりでも彼女の顔が紅潮しているのがわかるくらいに。



猛「や、やめろ…俺に近寄るな…やめろ...」



???「やめろだなんて、言葉だけで済まさないで?焦らさないでよ。ねぇ、ほらぁ、ここよ?さぁその手を触れて。私を傷つけて。痛がらせて?感じさせて?」



猛「い、いやだ、やめてくれ...」



猛のか細い声を無視して彼女は長い髪の毛を両手でかきあげて、首筋を猛に見せつけてくる。肩から脇にかけての綺麗な身体のライン、艶かしい首筋。



これがこの女じゃなければ、期待に胸を膨らませる光景だろう。だがこの女だからこそ悪魔の誘惑にしか思えない。この誘惑に乗せられたら、二度と戻れない奈落に落ちてしまう。本能的に察した猛は弱っている心でなんとか抗う。



猛「お、俺は、もう何も、し、しないから!許して、許してくれ...」



???「何を今更?この間は思い切りヤッてくれたじゃない。」



猛「もういやだ...頼むから…許してくれ...そんなこと...し、したくないっ...」



???「ふざけないでよ!!!何を言ってるの!?痛みこそが現実。痛みがあるから生きれるのよ!」



猛「何を言って......」



???「愛は心の痛み。痛みが愛の心。何も痛くなかったら孤独を感じ、人は孤独だからこそ愛を求めて、他人を傷つけ、自分を傷つけ、悩んで、苦しむ時に、愛を知るのよ。痛みを知り、それを癒したい。そして癒そうとする時には愛がないといけないの。傷ついてない人を癒そうとしないでしょう?」



猛「お、俺は、俺は分からない...」



???「わからないはずないわ。君は現にそうじゃない。私を傷つけた。癒してほしい。私は君だけに見て欲しい。愛が欲しいのよ。…...フフッ、アハハハハ!!ねぇ!躊躇うのはいい加減にして、はやくシてよ!」



猛「いやだ、しない、そんなことしなぃ.....」



???「ウフフ、どこまでも意地を張るのね??じゃあ思い知らせて上げるわ!!アハッ!君がいけないのよぉ?私を見てくれない。自分で殻に閉じこもって、傷つくことも、傷つけることもしないで、たった一人で一体なんの為に生きているのかしら?


フフッ、君が悪いのよ。私はこんなに愛を、君からの、君だけの愛を求めて、こうして君の前にいるというのに、どうしてその現実を受け入れようとしないのかしら?


求めているのは裏返しなの。君の愛と私の愛。私は欲しい。傷つけて、痛みをもらって、苦しくなればなるほど、私の中の何かが大きくなって、もう止めようがなくなる。だから君にもその現実を受け入れてもらわないと、一方的な愛は自己満足にしかならない。そんなの私が望んでいるものじゃないわ!」



猛「な、何をするって言うんだ...」



???「アハハハハ!怖がってる!いいわぁ、いい表情、背筋がゾワゾワする。身体の奥が熱いの...さぁ、心の準備はいいかしら?一緒に感じましょう??」



猛「や、やめろ…やめろ...ごめんなさい...許してくれ......」



そう言うと彼女は猛に跨ったまま片方の手は猛の膝の上に、もう片方は猛の手を取り自らの首元に導き、そっと触れさせる。猛に触れたその手は有り得ないほど熱を帯びていた。何かの病気にかかったような高熱。否、それは体温ではなく彼女の心が感じている、興奮、高揚、快感、緊張。燃える炎のような異様な感情の温度。



三日月の仄かな月光が差し込む、真夜中の冷たい暗闇に包まれた病室の中で、恐怖に慄く青年と妖艶で悪魔のような女は向き合う。彼女は痛みを求めて、苦しみを求めて、ただ1つの根源的な感情を秘めた真紅の瞳で微笑みながら彼を見つめて、こう呟く。



???「ねぇ?今夜は月が綺麗だと思わない?」



猛「な、なんで、その言葉を......!?」



美夜の言葉。美夜の声。あの時の美夜の表情で彼女は猛に語りかけ、首元に掛けていた猛の手で勢いよく切りつけるように、首元を切り裂いた。猛には抵抗する力も気力もなく、為す術もないまま、彼女の思い通りに動かされる人形のようになっていた。

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