desire 2
もうちょっと紹介回なのですが、物語も少しずつ動き出します。地の文が多いのは、ご容赦ください。感想はいつでもお待ちしております。
desire 2
猛「じゃあお先失礼します。」
店長「あぁ!お疲れ様!フロアから雑務まで任せっきりですまないね。今度ご飯でも奢るよ!」
猛「(飯なら1人で食いたい...)はは、ありがとうございます!楽しみにしてます。あ、出来たら自分が休みの前の日にして貰えたら助かります。」
店長「OK、OK!まぁ都合のいい日があれば教えてよ!じゃあ、お疲れ様!」
店長とご飯に行くと話が長くなる。しかもほとんど自分の家族の話ばかり、どこに買い物に行って、何を買って、何を食べて、奥さんと子供と3人で遊んで、なんとも幸せそうな話だと思うが、他人の幸せなんかどうでもいい。
他人の日常に共感を得たことなんてないし、得たところで自分にとっては非日常。奥さんがいて、子供がいて、楽しい時間を過ごして、それを他人に聞いてもらい、じゃあ何が言いたいのかと聞いても、何も出てこないだろう。
アンタの幸せは俺の幸せじゃない。俺は幸せになんてなれないし、求めてもない。そう思えば思うほど、自分には生きてる意味があるのかと、つくづく思う猛。死んだら終わり。それは死んでないから言える言葉。死んだ人間は自分が死んだかどうかなんてわからない。周りが勝手に悲しんでいるに過ぎない。
それが人間の繋がり、心があるってことだよって誰かに説かれたが、心があるからなんなんだよ。繋がってるからなんなんだ。誰に言われた言葉が忘れたけど心が無くても、死ぬ時は死ぬし、それが心云々で片付けられるのは納得できない。
幸せ。そんなものを感じていた瞬間もあったかもしれない。けど一瞬。目の前にあればそう思うし、なければ無くていい。冥土の土産は少ない方が、三途の川も渡りやすいだろ。と脱線しすぎたと反省する。
猛「(適当に笑って、この人が満足したら終わるだろ。面倒だけど仕方ない。)はい、お疲れ様です。」
俺はそう言って事務室から出ようとするが、ヌメっとした聞き心地の悪い声に、引き留められる。
女先輩「あ、猛くーん!お疲れ様〜。今あがりぃ?この後飲みに行かなーい?」
猛「すみません...今日はちょっと予定があって急ぎなんです...また今度誘って貰えたら嬉しいです!」
あぁ、またこいつか。明るめの茶髪で、肩下までのロングヘア。パッチリ二重で猫のような雰囲気を持つ、それなりに可愛い先輩。喋り方がぬるぬるしているのが癪に触るし、何よりあからさまな好意を向けられることに強い嫌悪感を持ってしまう。
女先輩「えぇ〜、つれなぁい。ま、でも今度付き合ってくれるなら、また誘っちゃうね♪ちなみにぃ、急ぎの予定って、あ、彼女とデートとかっ!?」
猛「(急ぎだって…気づけよ…)いやいや、彼女なんていませんよ。プライベートなことです。詳しくは話せないんで、すみません...」
女先輩「あは!そうなの?てか彼女いないんだぁ、猛君モテそうなのに意外!もしかして遊んでるぅ?」
ニヤニヤ嫌な笑みを向けながら、否応なしに猛の事に探りを入れる。ほっといてほしい人の気を他所に、自分の好意には気づいてほしい、くだらない押し付け。大体こういう人は他人の都合より、自分がしたいことしか言わない。普通なら他愛もない話。学生じゃあるまいし、デリカシーって言葉を知らないものか。
思わせぶりなことを適当に言って、貴女に興味はないですよ。と思わせたら手を引いてくれるかもしれない。事実、この人には全くと言っていいほど興味がわかない。身体だけの関係なんて、絶対、誰とも持ちたくないし、けど思いつく限り、面倒を避けつつこの人を避けるには、これが最善手だと思った。
猛「さぁ、どうでしょう?まぁ僕も男ですし、そういうこともそれなりですよ?お互い気兼ねなく遊べるなら満たすもの満たせれば満足だと思いますし。(そう思わせておけば、向こうから引いてくれるだろ...)」
だが猛の思考は、かえって彼女の好奇心を煽ってしまう形になった。
女先輩「へぇ、そうなんだ。それもそれでちょっと意外かも。ねぇ、じゃあ私とも遊んでくれる?こんななりでも退屈な時は退屈でさぁ、お互い満たされるものがあるなら、気兼ねないんでしょぉ?私も、経験それなりだし、きっとお互い良い思い出来ると思うよ?今日、とは言わないけど♪」
と言って、長い髪の毛を耳にかける素振りをして、前かがみになって上目遣いで俺を見る。華奢な体つきの割にデコルテがあいてる服の隙間から、豊満な胸元が見え隠れする。あからさまな情欲。だがそこに好意がのっているのが問題だ。一度で済まない。そのまま彼女に囚われるかもしれない。気持ち悪い。
猛「(おいおい、マジかよ…のってくるなよ…)先輩。魅力的な年齢なんですから、そういうのはちゃんと考えてお互い納得しないと中々上手くいかないですし…」
女先輩「中々食えないよねぇ、まぁそういうところ嫌いじゃないし、じゃあそういうの無しで1回2人でどこか遊びにいこぉ?リフレッシュも必要じゃん?」
そういうのって。結局それなのかよ。愛もなければ、涙もない。退廃的な繋がり。全くもって不要。
面倒臭いが、先が面倒になることを考えたら、この辺で折れておいた方がいいかもしれない。別に傷つけたいわけでもないし、これを躱し続けるのも限界がある。
猛「リフレッシュですか。そうですね。じゃあ今度ランチにでも行きましょうか!」
女先輩「ランチね!あ、でも私あんまり人に勧められるようなお店知らないのよねぇ〜、う~ん、どうしよぉ...」
前かがみの体制を直して、腕組みをしながら、どこかあったかなぁ、と言いながら困った顔で考える先輩。こういう真面目に何かを考えてる時のこの人の表情は割と面白かったりする。猛からしたら話を前に進めるために言ったどうでもいい一言を真剣に悩む。滑稽だと思う。意図に気づいているか、いないかはさておきだが。
特に猛絡みの事になるとより一層困るものだから、もっと困らせてその顔を心の中で嘲笑しながら見ていたいなんて、歪んだ感情を持って密かに楽しんでいた。
猛「(チャラけた感じをやめれば、もっといい出会いがありそうなのにな...)じゃあお店探しは先輩に任せますよ!あ、やべっ、そろそろ店でないと!じゃあ先輩!楽しみにしてるんでお願いします!お先失礼しまーーす!」
女先輩「ちょ!?猛君ズルい!!見つからなかったらエスコートしてよねーー!!?」
猛「そんときはそんときで!!お疲れ様でーーす!」
......ふぅ、ようやく抜け出せた。今度一緒にランチに行かなきゃいけない面倒事はあるが、とりあえず目の前の煩わしさが無くなったことに開放感を覚える。
猛「ちっ、急ぎだつってんのに引き止めんなよ。」
店から徒歩10分くらいの所にあるバス停まで全力疾走する。出発まで残り10分。運動嫌い、運動音痴の人からしたらまぁまず間に合う訳もないと思いながらもなりふり構ってられなかったので、とにかく走る。
早まる鼓動。なれない運動を急に始めたことによる瞬発的な出力と持続的な負荷が、呼吸を乱す。四肢には乳酸が蓄積されていき、体が一過性の疲労感感じ始めてきていた。背中に背負ってるリュックが重たくなってくる。もちろん速く走れる走り方なんか知るわけもなく、みっともない姿でとにかく走る。プロ、アマ関係なしに、スポーツ選手の凄さを身に染みて感じる。
夕日がビルの隙間から差し込む幻想的な風景の中、真剣に死にものぐるいで走る。不意にビル風が勢い良く猛の体に吹き付ける。面白いものを見るような嘲笑う声と共に。
???「あはは!必死必死!ほら、もっと必死にならないと、また間に合わないよ??ほら!もっと頑張らないとダメじゃない!あは!死にものぐるいで走らないと!!大変ね?」
くそっ!人がこんな必死に走ってる時に一体誰なんだよ!!と反射的に思った。またあの声だ。しかも今度は人のことを煽るだけ煽って、笑ってやがる。正体が分からないことへの苛立ちと間に合わなくなるかもしれない焦りから、猛は思わず叫ぶ。
猛「またって!なんだよ!!急いでるのに、わらいやがって!!!クソっ!!!」
とその声に応えるようにに独り言を叫びながら走っていた。
と傍から見れば、変な人。それもそうである。誰と話してる訳でもないのに、誰かと話してるような言葉を発しながら走ってる。叫んだ時にすれ違った人は驚いた表情で見ていた。
猛「はぁ、はぁっ!んっ、ぐ、はぁ、」
なんとかバスには間に合って、幸いなことに後ろの座席が空いていたのでドカッと座り、間に合った安堵感を感じながら息を整えた。
猛「(またあいつの声だった…)」
この世にいないはずの人の声。その人がこの世を去って少し経った頃から聞こえ始めた。大体問いかけだったり、さっきみたいに人を馬鹿にしたような一言しか聞こえない。意図が分からないし、そもそも俺が聞こえている声は、他の人にも聞こえているのか?
俺だけ、すなわち幻聴のような類であったり、忘れられない声を自分自身の脳内で言葉として再生してしまってるだけなのか。後者なら間違いなく自覚なしで精神状態は普通じゃない。
猛「(そろそろ、ヤバいのかな。今度の休みに精神科でもクリニックでも行ってみるか…いや、でもそんなに、あの頃に比べて病んでるわけでもないんだよな…)」
ぼやっとそんなことを考えていると、自分が降りるバス停の2つ手前のバス停でバスが止まる。
プシューー。扉が開き女性が1人乗車してきた。
恐らくそのバスの中にいた人間なら、絶対に目に止まるはずの容姿だった。
胸上くらいまでに綺麗に伸ばした、深い黒みがかった緑色の艶やかな髪の毛。肌は雪のようで、けど人間を感じさせる程度の有機的な肌色。瞳は赤みがかった黒目。容姿端麗。この世の物とは思えない妖しい美しさを持つ女性。
なのに、そのバスの中に乗っている人間は、誰一人として見向きもしないし、その人の容姿を称えるような会話もない。現に猛も、とても美しい人が乗ってきたくらいにしか思えない状態だったので、深く考えて、明らかにその状況がおかしいと気づいたのは、後の話だった。
その女性は猛の後ろ、最後尾の座席に腰を下ろした。特にその時は何も考えていなかった。
猛「(次の次か…てかさっきの人、綺麗だったな。)」
バスは俺が降りるバス停の一つ手前のバス停にまもなく到着する。後ろで人が立つ気配がした。恐らく先程の綺麗な人はこのバス停で降りるのだろう。
そう思っていた刹那。
猛「...!?」
猛は暖かくも冷たい、得体の知れない柔らかい雰囲気を背中に感じたのと同時にその女性が肩の上から俺を優しく包み込むように抱き締めてきた。そして猛に顔を近づけ耳元で囁く。
???「また、来てくれたんだね。3度目、かな?フフッ相変わらずね?」
猛は蛇に睨まれた蛙のように凍りついて動けなかった。どうしてその声なんだ。戦慄した。でも懐柔されたようにも感じた。
きぃーーーー。プシューー。
バスは止まり、その女性はそこのバス停で降りる。こちらを振り返ることも無く、どこか寂しそうな背中を向けていた。猛は声をかけられなかった。あとを追えなかった。前にも感じた。二度と感じたくなかった感覚。
そしてバスは、猛が降りるバス停に向けて、少しずつ加速していく。何事もなかったように。そう、何もなかったのである。






