Exactly! 今オレはお前を煽っているからな!
なんとかリリーを宥め、ギルド内の騒動を終結させたプルプレアは、慣れない出来事で噴火の如く湧き上がる羞恥心に耐えがら、依頼受注を済ませてギルドを後にした。
そして、現在二人は外で行動する為に必要な物を買い、依頼書に書かれている目的地を目指していた。
リリーは手にした依頼書に見て気になる部分が目に留まったのでプルプレアに聞こうと思うが、当の本人は自身の周囲に浮かび上がった、淡い光で構成された幾何学図形をばらしたり、組み合わせたりと忙しそうであった。
しかも、買い物が済んでからここに来るまで歩きながらずっとだ。
リリーは器用だなとその姿を眺めつつも、何かにぶつかりそうなった時は、プルプレアの服を引っ張り誘導したりしていた。
その時、ほんと子供ね、と母性を発揮していたが、ギルド内で子供のように泣き喚いた事を思い出すと人の事は言えないだろう。
リリーは面倒見がいい。気に入った相手には尽くタイプだ。
これはプルプレアにも言える事だが、リリーの場合は行き過ぎる時が度々ある。
彼女の友人曰く、「ダメ人間製造機の素質がある」との事。
だから、だろうか。「こいつは私がいないと……」と小さく呟いてるリリーの、その母性を宿す眼差しに少し毛色の違うモノが混じりつつあった。
そんなリリーの変化に気付くはずもなく、作業に没頭しながら歩いていたプルプレアが不意に立ち止まる。
それに合わせリリーも止まり、どうしたのかとプルプレアの方に体を向けると、プルプレアの周囲に浮かんでいた幾何学図形が霧散するように消えていくのが目に入った。
それから、プルプレアの掌の上に浮かんでいる幾何学図形だけとなり、それも掌に吸い込まれるように消える。
ちょっとその様が神秘的に見え見蕩れるリリー。
プルプレアはリリーがこちらを見ているのに気付き、声をかける。
「ん? なんだ?」
「! いやっ。なんでもないわよ? ただ、ここに来るまでずっと何してたのかな? て気に、ね?」
プルプレアはリリーの反応に首を傾げるが、もともと変な奴だし、と気にしない事にして質問に答える。
「あーさっきのか。あれは覚えた魔法をばらして組み替えてたんだ」
「そんな事できるの?」
「できるぞ。なんたってオレは魔術士から魔道士になったからな!」
「ん? 魔導士と魔術士ってどんな違いがあるの?」
「それはな――」
と言って腰に手を当て胸を逸らすプルプレアは、嬉しそうな表情を浮かべながら魔術士と魔導士について説明をする。
このゲームにおいて、魔術士は既存の完成された魔法しか使うことができない。
先ほどプルプレアが行っていたのは魔導士固有スキル『魔法改変』そして『術式陣解体』を使った魔法構築である。これは魔術士では覚える事ができないスキルである。
これらを使用し、既存の魔法に効果を追加させたり、強化させる事が可能なのである。
勿論、一から構成した独自の魔法――【オリジナル】と呼ばれる魔法を生み出すこともできる。
ちなみに既存魔法を改変または改良したものは――【チューニング】または【カスタム】と呼ばれている。
そして、魔導士と魔術士の線引きとしては、魔術士は魔法を行使する者。魔導士は魔法を探求する者と言った感じだろうか。
勿論、この事からわかるだろうが、いきなり、魔導士になる事は不可能である。
魔術士なり、魔導士となる。この様にちゃんと段階を踏まなければならない。
運営、公式の発言では、『魔法を使えない者が探求などできないだろ?』とのこと。
一概にそうだと言い切れるものではないが、このゲーム内ではそういう事なのである。
「――と言った感じだな」
「ふーん。結構細かいのね。このゲームの魔法って」
「そこだ! そこがあったからこそオレは、テスターになってまでこのゲームに期待したんだ」
「そういえば、あんた。魔法少女になりたい、とか言ってたわね」
「That's right!!」
「なんで英語なのよ……しかも発音がいいのがムカつくわ」
「でな! このゲームの魔法なんだが――……」
と嬉しそうに顔を輝かせて喋っていたプルプレアが何か思い出したような表情になると急に勢いを無くした。
プルプレアはここである経験を思い出す。そして、その後の結果も。
「どうしたの?」
「――いや、なんでもない。それよりお前はなにしてたんだ?」
リリーは、露骨に話題を変えるプルプレアの態度が気になるが、そこまでするのだ何か理由があるのだろうと思い、話を掘り下げずにその流れに乗る。
「私?」
「そうだ。チラッと見た時に依頼書を睨んでたからな」
「睨んでないわよ! ちょっと気になるところがあっただけよ!」
あんたじゃあるまいし、と言いそうになるが、そこは堪えてリリーは依頼書見て感じた事をプルプレアに話す。
その内容は、依頼書に書かれいる依頼者の名前だ。
リリーはゲームの依頼なのだからここまで拘る必要があるのかと。
そして、拘るのなら何らかの理由があるのでしょ? といったものである。
それを聞いたプルプレアはその事についても説明をする。
ギルド内にある掲示板に張り出されている依頼には、ギルドが依頼しているの案件と、NPCやプレイヤーが依頼している案件の二種類ある。
それらを見分ける為に依頼者の名前が記入されているのだ。
「――でその違いなんだが、オレらが受けた依頼で説明するとな。先ずはこのゴブリン5匹狩って来いって依頼はギルドからだ。で、これは五匹以上倒すと追加報酬が出る。次は薬草を五束、取ってこいってのがNPCからの依頼で、これは五束以上納品しても追加報酬はない」
「ねぇ? それって普通はギルド登録時に教えてくれるものじゃないの? 私そんな説明は受けてないわよ
」
「そりゃ、お前が受付に依頼について質問してないからだろ?」
それ聞いて何とも言えない表情になるリリー。
プルプレアはそんなリリーから目線を外し前を見る。そして、ニヤリと笑みを受けべながらリリーに今得た情報を告げる。
「お前が大好きなテンプレなセリフを今から言ってやる」
「何よ? もったいぶるわね」
プルプレアが前方に指すと、リリーもその方向を見る。
そして、彼女もニヤリと笑う。
プルプレアは宣言通りに定番のセリフを口にした。
「どうやら、お客が来たようだ」
「わかってきたじゃないの。やっぱいいわぁ、テンプレって。しかも初戦闘の相手が、これまたテンプレのゴブリンとか……胸アツだわ」
前方からこちらに向かってくる二体の小柄な敵を見て、好戦的な笑みを浮かべるリリーはギルドで選んだ武器を勢いよく抜く。ちなみにリリーが就いたジョブは【剣士】武器は勿論、長剣――ロングソードと呼ばれるモノだ。
手にした剣を振るえると思うと今にも飛び掛かりたいが、それを抑えてリリーはプルプレアにどうするのか質問する。
「先手必勝ってやつだ。距離も離れてるし。後衛のオレがいるんだから、無理して突っ込むのは愚策だな」
「魔法でもぶっ放すの?」
「Exactly」
「……だから何で英語? あと発音いいのが、ほんとムカつく」
プルプレアはリリーの感想を無視して、機嫌よく右手をゴブリンたちに向ける。
すると、プルプレアの手の先に二つの幾何学図形――魔法陣が二つ横並びに浮かび上がった。
「――エナジーショット」
プルプレアがそう発すると同時に、二つの魔法陣から光弾が放たれる。
放たれた光弾の弾速は早く、瞬く間もなくゴブリンたちに着弾した。
プルプレアから見て左のゴブリンは腹に命中し、体をくの字に曲げながら前のめりに崩れ落ちると、地面の上をのたうち回り、右のゴブリンは顔に命中した事で、頭を勢いよく後ろにのけぞらせて、そのまま仰向けに倒れピクリともしなくなった。
プルプレアは、それぞれの結果を見て満足げな表情を浮かべる。
「おっ! 一匹顔面ヒットで気絶したか! ははっ!」
「そこは、テンプレ的にファイアーボールじゃないのね?」
「ん? ああ、あれはまだいじってないからな。見たいなら、次見せてやる」
「なら次お願いね。じゃ……私、即死判定狙いたいから気絶した方でいいかしら?」
「お? いいぞぉ。ならオレはのたうち回ってる方だな」
と二人は互いの獲物を決め、それに向かって駆け出す。
リリーが気絶したゴブリンに近づくと、プルプレアに任せたゴブリンがリリーに敵視を向け、立ち上がろうとするが、その横っ面にプルプレアの放った蹴りがめり込む。
「おい。超絶美少女魔道士たるオレが目の前にいて、なにリリーみたいなちんちくりんに気ぃ取られてんだ?」
リリーの「ちんちくりんってなによ!!」という喚き声を聞きながら、蹴った事で態勢の崩れたゴブリンに向けて、プルプレアは手にした武器を振り上げる。プルプレアが選んだ武器は、リリーと同じくロングソード。
蹴られた事で敵視をプルプレアに移したゴブリンは、その姿に反応して手にしている武器を掲げ、防御態勢を取る。
が、プルプレアは振り上げた剣をそのままにして、防御態勢を取った事でがら空きとなった腹を思いっきり蹴り上げ、強制的にゴブリンを前のめりの姿勢にする。
それによってプルプレアの前に、ゴブリンの無防備となった後頭部が晒される事に。
プルプレアは振り上げたままの剣を逆手に持ち替えると、切っ先をその後頭部目掛け、躊躇いなく且つ全力で振り下ろす。
狙い通りに切っ先は後頭部から眉間を貫き地面へと突き刺さる。
それから、頭部を貫かれたゴブリンから力が抜けると解ける様に光の粒子となって霧散し地面に突き刺さった剣だけが残った。
それらを見て、プルプレアはふーっと息を吐きながら、剣を地面から抜いて辺りを見回すと自分より早く敵を倒したリリーがこちらを見ている事に気付く。
「即死判定は貰えたか?」
「……ええ」
やや呆れ顔で答えるリリーに、ん? と首を捻るプルプレア。
「……どうした? ブサイクな顔して」
「うるさいわね!! あんたの行動に呆れてんのよ!」
またもや、ん? と今度は小首を傾げるプルプレア。
「きぃー! なによ! その『なんのこと?』って仕草! 妙に様になっててちょっと可愛いとおもっちゃったじゃないの!?」
「可愛いと思うならいいじゃないか。大抵のやつは、こういう仕草をするとオレに対してのヘイトがガツンと上がるんだが?」
「……あんた。それ、人を煽るって事よ」
「Exactly! 今オレはお前を煽っているからな!」
「あ、あんたって……あんたってっ!!!」
それから暫く地団駄を踏みながら喚き、飛び掛かってくるリリーをからかい続けたプルプレアは、彼女に聞こえないように「可愛いやつ」と零して、心底楽しそうに笑ったのであった。