なんなのって。目だよ
あれから、落ち着きを取り戻したプルプレアはアリスと師弟関係になり、様々モノをアリスから貰えてホクホク顔である。
既に冒険者登録で貰える武器も選び終えた二人。
リリーが手にした武器を使ってみたいと言うのでプルプレアは、ならついでに簡単なクエストを受けていこうと提案し、現在二人で掲示板の前で張り出された依頼を見ていた。
自分のステータスを見ていたリリーは、ふと疑問が浮かんだ。
「ね? ステータスにギルドのタブがあって、そこに掲示板の内容が見れるんだから、これの意味はあるの?」
と言いながら掲示板をコンコンと叩く。
アリスから貰ったモノを確認していたプルプレアは、それらから目を放してリリーの質問に答える。
「ん? ……ああ、それか。それはあれだ」
と答えて、そこで止まるプルプレア。
リリーは続き待つが、それっきりなにも言わないプルプレアは眉を寄せて悩み始める。
「どうしたの? 怖い顔して」
「うるさいっ。……今どう説明していいか考えてるだ」
「それって考えないと説明できないものなの?」
「まて! ステイ! ハウス!」
「ねぇ? あんた、私の事なんだと思ってるの?」
「あ? 狂犬病を患ったチワワか何かだろ?」
「――あんたねぇ」
と脱線しつつも掲示板の説明をする。
内容は簡単な話で、ステータスに記載されている依頼状況は最後に掲示板を見た時のままで、掲示板を見ないと更新されない、といった内容である。
プルプレアは、それを考えに考え抜いた末に説明するが、今度はリリーが眉を寄せる番となる。
「――要するにギルド内の掲示板を見る事で更新して。で常に新しい情報が見たいのであれば、ステータスじゃなくて、この掲示板を見るしかないって事?」
「そうだっ!」
と偉そうに形のよう胸を逸らすプルプレアをリリーはややジト目で見る。
「たったこれだけの事をなんで、すっと説明できないのよ?」
「…………うるさいっ」
それだけ言うとプイッと顔を背けるプルプレア。
人見知りの激しいプルプレアは、事務的に対応する事はできるが、いざ、友達感覚で接しようとすると緊張してしまう。要は、あがってしまって何を話していいのかわからなくなるのだ。
緊張しないように勢いと適当な態度で何とかしていたが、説明しようとあれやこれやを考えていたら急に恥ずかしくなってしまった。
リリーとは暫くはPTを組むのだ。
なるべく他人行儀な対応を控えようと努力した結果、これである。
これがアバターでなければプルプレアの顔は真っ赤に染まっていたであろう。
リリーは腕を組んで顔を背けるプルプレアの姿を見てふと思う。
――こいつはどっちなのかと。
どっちとはプルプレアの性別である。
アバターは女性であるが、中身――現実ではどうなのかが気になり始めた。
これまでの言動と行動から考えれば、男性と判断できる。
が、ちょいちょい女性らしさを感じる時ある。
ちょっとした仕草など、特にだ。
リリーは女性である。
それが、意識的なのか、無意識的なのかぐらいは見分けがつく。
ついでに言えば学生で、通っている学校は女子高。演劇部所属。
故にプルプレアから不意に感じる女性らしさが、演技ではなく無意識的なモノだと判断できる。
リリーは別にゲームの中で性別はなどは気にしない方である。
その人なりのロールプレイングだと思うからだ。
まぁそれを逆手に取った迷惑行為は嫌いだが。
これまでプルプレアと接してきたが悪い人ではないのであろう。目つきは悪いが。
それにさっきの掲示板の説明をしていたプルプレアは、必死にこちらに対して、分かりやすく伝えようとするが緊張して上手く言葉にできない、と言った感じであった。
その時リリーは説明を聞きながら思ったのだ。
緊張してあわあわする女の子のようだ、と。
これさえ感じなければリリーはプルプレアの性別など気にはしなかったが、気になり始めたものは止められない。
ゲーム内で現実――リアルの事を聞くのはマナー違反だと思うが、これから行動を共にするのだ。
性別を聞くぐらいいいだろうと思い、リリーはプルプレアに思い切って聞く事にした。
「……ねぇ? また質問なんだけ、いいかしら」
「ん? 次は何だ?」
「ゲームの事じゃないんだけど……」
そこまで聞いたプルプレアは背けた顔をリリーに向ける。
「それはリアルの事か?」
やけに真面目な顔つきのプルプレアを見てリリーは二の足を踏んでしまいそうになるが、ぐっと堪えて話を続ける。
「ええ――私たちPTで暫く一緒じゃない? それにほら私って女でしょ?」
とプルプレアに両手を広げて自分の姿を見せる。
「……まぁ。アバターは――な」
「勿論、リアルもちゃんと女よ? それぐらいわかるでしょ?」
「……」
依然として真面目な表情のプルプレア。
リリーは今までのような、しかめっ面とかじゃないその顔を見ながら――あれもしかして、これもしかして地雷? と思うが。
「ほ、ほら、こういうゲームって女性になりすまして、いろいろやらかす人とかいるじゃない? だから……」
「……」
「その……防犯の意味でね?」
「…………」
ここでリリーは確信する。
今までなら嫌そうだとか表情がコロコロ変わっていたプルプレアが、終始真顔というか無表情な事で、これはとびきりの地雷だと。
そして、怒ったり睨んだりした顔より、この顔の方が段違いに怖いという事。
「お前のその心配は理解できる。こういうゲームではよくある事だし。本来とは別の姿でなにをやってもいいと勘違いする輩がいるのも確かだ。よってその防犯意識の高さは評価しよう」
プルプレアは別に怒っているとか不愉快に感じているとは思ってはいない。
逆にリリーが、こういった女性ならば気を使うべき防犯意識を、ちゃんと持っている事に感心しているほどだ。
よって、プルプレアもちゃんと答えようと態度を改めて聞いていただけでなのだが、リリーにへんな気遣いをさせたようだが、プルプレアはその事に気付くわけもなく、話を続ける。
「まぁ、相手がどういった人物かは誰しも気になるしな。てか、何ビビってんだ?」
と、ここでプルプレアは、リリーが何やらおびえてる事に気が付く。
「……なんか聞いちゃいけない事だったのかなって」
上目遣いで申し訳なさそうに答えるリリー。
「んー。この手の質問は良くされるんだ」
「……そうなのね?」
「でな、最初の頃はちゃんと答えてたんだ。だけどな、後からになって『実はこっちなんだろ?』って決めつけられるんだ」
「こっち?」
リリー頭を捻る。こっちとは何のこと、だと。
相変わらずプルプレアの説明が抽象的で理解が追いつくのに時間がかかる。
プルプレアはリリーの表情見て、あ、わかってないなと思う。
「その顔は理解できてないな。憎たらしい顔しやがって」
「憎たらしいのは余計よ!」
「まぁいい。なら過去の話をしよう。違うゲームだがな、その手の質問をされたオレは『女だ』って答えてた。その時はみんなそれで納得してた」
「本人がそういうのであれば。そうでしょうね」
「だがな、暫く日が経過するとな。『実は男なんだろ?』って言われる。しまいには『ネカマも大変だな』とか言われる」
「……」
リリーなんと言っていいのか、返答に困ってしまう。
プルプレアの言動が常時これなのだ。
そう思われても仕方ないように感じるが、それを口にはしないで沈黙を貫く。
「で、また違う所で同じ質問をされた。ここでオレは前回の結果を思い出して、『男だ』と回答した。その時もやっぱりみんな納得してた」
「……」
落ちが読めたリリーだが、大人しくそして、何も言わず聞きに徹する。
その理由はプルプレアの表情が……特に目つきが洒落にならないほど、険しく危ないモノへと変化しつつあるからだ。
きっと今語ってるその時を思い出しているのだろう。
リリーは、やばい! 怖い! と泣きそうになるが必死に堪える。
「……で、だっ。ここでもな――奴らはなぁ」
「――っ」
ここでリリーが限界を迎えそうになる。
無表情も怖いが……これはやばい、と若干震え出した体を抑える事に必死になり、悲鳴が漏れそうになる。
プルプレアはリリーの顔を見ているが、その眼差しはリリーではなく件の奴らを睨みつけているようだった。
リリーは思う。
なにが一番怖いか、それはプルプレアが若干笑ってる事だ。勿論、目は笑ってはいない。
やばいやばいとリリーの中の警鐘が鳴り響く。
プルプレアは薄っすらと浮かんだ笑みのまま、話を続ける。
「あー思い出したらイライラしてきた……。でなぁ、そいつらはな。『実は女なんだろ?』て言いやがった。しかもだっ! 『オレッ娘キャラも大変そうだけど、グッとくるね』てのたまわってたな」
「そ、それは何と言うか……あれね」
「無理に理解しなくてもいいぞ? これはオレ個人の怒りだ。別に共感して欲しいわけじゃない」
「そ、そう? なら私からは何もないわ……ね?」
「まぁなにが言いたいかって言えば、オレがどう答えようとも最後には否定されて決めつけられるって事だな」
そう締めくくるとプルプレアの表情が元に戻る。
それを見てリリーは安堵するように息を吐く。
プルプレアはそんなリリーの仕草を見てポツリと――
「……怖がらせて悪かったな」
その言葉を聞いてリリーは思わず体が跳ねてしまう。
安堵する姿を見られた事と突然謝られた事に驚いて。
「その! これは……えっと――」
プルプレアは慌てて言い募るリリーから目線外して、張り出されている依頼を見る。
「気にするな。初対面の人間は大抵、そんな感じだ」
「……ごめん」
「謝らんでいい。オレもついうっかりしてたからな」
「うっかり? それってどういう意味?」
「んー。それは――」
とプルプレアは、リリーに顔を向けることなく、うっかりについて説明する。
「ついな……毎回オレの顔を――目をちゃんと合わせて喋るからな。気が緩んだって話だ」
リリーはなにも言えなくなる。
こちらを見ることなく淡々と語るプルプレアの横顔が凄く寂びそうで。
「最初の一回は、目を合わせてくれるんだけどな。ひどい奴は全く合わせようともしないんだ。ウケるだろ?」
自身をを卑下して笑うその横顔が。
「それでな。最初は合わせてても、だんだん合わせなくなる。最後にゃ、見もしなくなるな。で他人行儀なって……みんなどっか行っちまう。リアルも似たようなもんだ。あ、ちなみにだが、この目つきってか目だな。これリアルと大差ないぞ? 違いは虹彩の色ぐらいだ。自分じゃちょっときついかなって思うぐらいなんだけどなぁ」
そこでプルプレアはリリーに顔を向け。
「まぁ、あれだ。お前いい奴だからな。無理してんならここで――」
「嫌よっ!!!」
リリーは腹の底から声を張り上げプルプレアの言葉を最後まで言わせなかった。
「絶対にっ! 嫌よ!! なによ! さっきまで怖い顔してたのに! その前は人をなめ腐った顔だったのに!! 今のそれはなによ!! ただでさえ作り物みたいな顔しておいて! その上に作り物みたいな表情浮かべてんじゃないわよっ!!」
急に騒ぎ始めたリリーに驚き静止するが彼女は止まらなかった。
「なんなのよっ!!? 私が無理してるっていつ言った!? 言ってないでしょ!? 無理するぐらいならあんな事までやって引き留めてないわよ!!」
「おい! 騒ぐな!!」
「うるさいっ!! もういいわよ! 男でも女でも!! だから! 勝手に決めつけないで!! そんな奴らと一緒にしないで!!」
キャンキャン騒ぐリリーの言葉と姿を見てプルプレアは思う。
こいつも、自分みたいに他から勝手にあれやこれやと、決めつけられてんのかな、と。
「……なんか悪い事したな――ごめんな」
そう自然と口ずさむ。
それ聞いたリリーは体をプルプル震わせると。
「――謝んないでよ!」
と叫んでから、子供のように顔を上に向けてわんわん泣き出した。
リリーはプルプレアが目つきについて怖がれる事を冗談のように言って反論してたが、実は言われる度に傷ついていたのかもしれないと思うと、なんだか情けなくて、悲しくてとりあえず、泣くことにした。
リリーは思う。
プルプレアこれまでずっと言われ続けられた、いや今も言われているのだろう。と
ゲームの中でこれだけ言われるのだ。現実ではもっと酷いだろう。とも。
でもプルプレアはアバターでも目に関しては変えていないと言っていた。
それだけの理由があるんだろう。怖がられて離れられ――傷つこうが変えない理由が。
リリーは思う。
まだ、プルプレアの事は全然知らない。
でも、こんな私になんだかんだ言って付き合ってくれる。
自分だって用事とか予定があってそれは早い者勝ち要素を含んでいたのにも関わらずだ。
――燥いでバカやってツンとした態度のだったくせに、なんで!
だから、リリーは泣くことにした。
男か女の話で物凄く怖い顔しててあの時はわからなかったけど、改めて思い出してみるとアレは悔しくて泣きそうになるのを笑ってごまかしてたんじゃないのかって思えてくる。
正直に答えてもちゃんと見てもらえない。否定されて、茶化されて……で離れられたんだと思う。
これは勝手な想像だ。本当はそうじゃないかもしれない。
でも、泣きたいなら泣けばいいのに。
なんであんな諦めたような顔で笑ってんの!? 謝ってんの!? あんた悪くないじゃん!?
そう思ったからリリー思いっ切り泣くことにした。
それに慌てふためくプルプレアの肩を叩く男性プレイヤー。
彼はさっきからこの二人の近くにいて、一部始終を聞いていた。
プルプレアはその男性プレイヤーに顔を向けると、彼は殴りたくなるようないい笑顔且つ、サムズアップしながら言い放つ。
「姉ちゃん? こーいう時はぎゅって抱きしめるのがテンプレだ!」
「黙れっ!!」
条件反射のように男性プレイヤーを一喝し、リリーの方を見るが、依然がん泣きである。
そのちんちくりんな体で、どうやってこれだけの声量出してるのか不思議なほどだ。
流石演劇部。腹式呼吸による声の張り方は完璧のようだ。
プルプレアは先ほどのプレイヤーにほれほれ、と突かれリリーの傍による。
それから数回リリーの頭を軽く叩いてから、その頭を抱える様に抱き込んだ。
抱きしめられたリリーは、プルプレアのクビレにしがみつく様に顔をうずめて抱き返すと、更に泣き声を張り上げる。
「でもね! やっぱりあんたの目つき怖いの! なんなのよそれ!?」
と泣き声交じりで叫ぶ。
プルプレアは腹に伝わるリリーの声の所為で、むず痒く感じる。
腹以外もむず痒い。
「なんなのって。目だよ」
プルプレアはそう答えながら、しがみつくリリーをあやす様に撫でた。