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ごぉぉぉっ唱和くださいっ!!

 

「だから、やめときなさいって言ったのに……プッ」


 ようやく、笑いが落ち着いたリリーが、ぶり返し噴き出しそうになるのを堪えていた。


 その笑いの元凶であるプルプレアは依然として、天井を見上げたまま。

 恥ずかしいや自分の馬鹿さ加減に嫌気がさしてプルプレアの内情は大嵐である。


 それがわかってるリリーは笑いを堪えようとするが、その姿を目にする度に笑いがこみ上げる。

 何とか声をかけるが、プルプレアの姿と横から見える表情を見るとぶり返し……。


「駄目だわ……あんたの姿見ると笑いが止まらなくて――ㇷ゚ッ」

「笑うならはっきりと笑え……そうやって噴き出されるのが一番頭にくる」


 とプルプレアは、怒気を孕んだ声色でリリーを見ずに言うが、もやは道化と化したプルプレアが何をどう言おうがリリーにとっては笑いを誘うものでしかない。


「凄んで言ってもダメよ。滑稽。これが今のあんたなんだから! なんでアリス・チェシャ・ワルプルギスっていっちゃったの? 語呂悪すぎでしょ」

「……」


 それはプルプレアが最も知りたい事で、ほんとなんでいっちゃったの? と自分でもよくわからないのだ。

 よって返答は沈黙。



「いやぁ、笑った、笑った。こんなに笑ったのはいつぶりだろ?」


 いつの間にか発作のような笑いから復活した件のエルフ職員の声が受付カウンターの奥から聞こえてくる。

 その声を聞いて、プルプレアは己の新たな黒歴史がまだ続くと思うと、いっそこれ殺せと叫びたくなる。


「ほんと、ガキの時分以来だよ。お陰で忌々しくも懐かしい事を思い出した」


 服をパタパタと手で叩きながらそう楽しそうに笑っている。

 その様子にリリーは首を傾げて、今だ顔を上に向けさっさと介錯してくれと、なにやら覚悟完了な面持ちのプルプレアの服を引っ張る。


「ねぇ? まだ続いてるみたいよ?」

「あ? そうだな。オレの死刑はまだ終わってないみたいだな……くそっ、なんでスキップできねーんだ」


 イベント失敗の演出と思って不貞腐れてるプルプレアはリリーの話を適当に返す。

 しかし、リリーはちょっと違うのでは? と思いそれを伝えようとするがプルプレアは機嫌悪そうに顔をしかめてリリーの方を向く。


「おまえ。いい趣味してるな? まだ笑い足らんのか? もういいだろ」

「そうじゃないの! これってホントに失敗演出なのかって聞いてんの!」

「あぁ?」

「ねぇ? その目つきホントにヤバいからやめて? 夢に出そう……」

「それはもういいから! 先話せ!」

「ほんとに怖いの!? それをちゃんと理解しておいて!」

「わかったから!」


 と脱線した二人の会話にエルフの職員の声が割って入ってくる。


「で、僕の弟子になりたいだっけ? いいよぉ」

「――……ん?」


 何を言われたのか理解できずにいるプルプレアをニヤニヤと笑いながら見つめるエルフの職員はプルプレアの混乱を気にすることなく話を続ける。


「僕は生まれて此の方、弟子なってモノを持ったことがないんだけど。キミみたいな大馬鹿野郎なら是非ともって話だねぇ」

「は? 成功? 弟子入りできた?」

「ん? 今更、やっぱやめるとか言っても、もう遅いからねぇ。絶対に逃がさないよ? 全力で弟子にするから」


 ややあって、理解が追いついたプルプレアは――。


「っんしゃっおらぁぁぁぁあ!! リリー! 見たか!? 聞いたか!? オレの勝利だぁぁ!」


 と雄叫びを上げてリリーに詰め寄る。


「……え、ええ。お約束通りの展開でよかったわ……ね?」


 プルプレアの喜びようにドン引きし、若干怯えながら答えるリリー。


 彼女はこの時、友達の飼っているジャーマンシェパード犬の姿を思い出した。

 とても人懐っこく性格も優しい犬ではあるが、大型でしかも軍用犬や警察犬として有名な犬種だ。

 いくらそれが、尻尾をぶんぶん振ってキュンキュ鳴きながらすり寄ってきても、慣れない人間からすればちょっとした恐怖である。

 リリーはわりと動物が好きな方ではあるが、立ち上がると自分の背を超えるとなるとやはり、可愛さより危機感の方が先にくる。

 今、そのシェパード犬とプルプレアの姿が重なって見え、恐怖を感じてしまったのだ。

 それ、故だろうか……ついポロっと言ってしまった。


「――今のあんた、犬みたいね」

「……犬だと?」


 ヤバい、と思うがもう遅い。

 はっきりと聞こえたプルプレアの表情から笑みが消える・・・がすぐに元の機嫌よさそうな表情に戻る。


「犬は初めてだな……。なぜかみんなオレを動物に例えると狼だの、虎だの言うからな」

「そ、そうなの? なんて言うか……気を悪くしたのなら、ごめんなさいね」

「いや、犬なら愛らしいからな! 悪い気はしない。ちなみに犬種はなんだ?」


 リリーは思わず引きつりそうになる顔を全力で隠す。

 どんな犬種かと問われ、シベリアンハスキーやタマスカンドッグ、先ほどのジャーマンシェパードしか思い浮かばないからだ。むしろ、プルプレアが余計な情報をくれた所為で最早、猛獣にしか見えない。


 リリーは、ここでどれが無難な答えなのかを必死に探す。

 プルプレアと出会ってから、この場に来るまでの短い時間の中で彼女はプルプレアが若干めんどくさい性格をしている事に何となくだか、察しつつあった。


 ――ここで間違えれば、きっと不貞腐れる。


 せっかく、機嫌がよくなったのだ。何としてもこの状態を維持したいリリー。

 その理由は簡単である。これから長くて十日間パーティを組むのだ。

 いくらゲームとはいえ、円滑な関係性を保たなくては、楽しめない。

 プルプレアように割り切った考えも悪くはないと思うが、女性特有のグループ間における、ややこしさを知っているリリーは自然とその場を円滑に治めるよう行動してしまう。

 これがよく知っている友人同士であればこういった行動には出なかっただろうが、プルプレアとはまだ数時間の中だ。リリーの行動は一般的な行動とも言えよう。

 後、ほかに理由があるとすれば、なるべく……特に機嫌の悪い時の目つきは勘弁してもらいたい。

 よって、様々理由によりリリーは、己の対人能力の全てを駆使して回答する。


「えー、そうね……っ――アラスカカンマラミュート! わかる? あのモコモコした犬なんだけど……」


 ここでリリーはしまった! と後悔する。


 アラスカマラミュート――全身をやらかな毛で覆われモコモコした姿は愛らしいが……顔立ちはハスキー犬。狼犬の代名詞とも言われる犬種だ。

 先ほどプルプレアは狼だと言われることを不快に思っているようだった事を思い出す。

 だが、リリーは思う。プルプレアの思い出そうと真剣な表情の横顔を見ながら。


 ――ハスキー犬ってより、まんま金眼の狼じゃん、と。


「ん――あぁ。あのソリとか引いてる犬か? あれかぁ……確かにモコモコしてて抱き着きたくなる愛らしさがあるな」


 そんなリリーの内情に気付かず、アラスカマラミュートの姿を思い出したプルプレアは、思いのほか嬉しそうに笑顔でそう答えた。


「で、でしょ? それよりもほら! イベント終わらせなさいよ!」


 リリーは引きつる顔を必死に抑え、即座に同意し話をさっさと終わらせ、そう促した。


「――そうだな。パパっと終わらせて、冒険に興じよう!」


 機嫌の良いプルプレアはそんなリリーを気にもしないで、イベントと終わらせる為に、エルフの職員――アリスに顔を向けた。


 リリーは、ほっと一息つく。

 そして、ギルドに来る途中にプルプレアが、リアルの煩わしさをゲームにはなるべく持ち込まない、といった話を思い出し――。


「ほんと、ゲームの中で気にしたらつまんないわね……私もなるべく持ち込まないようにしよ。さっきのは途中からつい素に戻って……どっと疲れたわ」


 とそう小声で呟き、今後ゲーム内でのロールプレイングについて考え直したのであった。







 そんなリリーをよそに、アリスと受付カウンター越しに向き合うプルプレア。


「あー悪いな、待たせて。さっさと弟子登録を済ませてくれ」

「ほいな、ほいな。ちょっと待ってておくれぇ」


 アリスはそう言って受付カウンターから離れ、プルプレアのもとにやってくる。


 アリスの全身を見たプルプレアはふと疑問に思う。

 それは、アリス・C・ワルプルギスというこのゲーム主要キャラクターについてだ。


 ほかの主要キャラクターはPVやキャラクター紹介などで、姿や設定などが公開されているのだが、このアリスに至っては、名前と世界に名を轟かせる魔導士の一人。といった説明文しか公開されていない。


 勢いとノリでやらかしたプルプレアだが、まさかこんなド初っ端にこのキャラと、しかも師弟システム適用されているとは思っても見なかったのだ。


 ちなみにだが、プルプレアはβテストでは違うキャラクターの名前を言って成功していた。

 そこでプルプレアは、このイベントで大魔導士として紹介されているキャラなら、誰でもいいのではないかと予測し、今回は前回とは違うキャラを言ってみるつもりではいたが、アリスは除外していたのだ。


 理由はアリスの公開されている情報の少なさ。

 いろいろと考えは浮かぶが、プルプレアはまだアリス・C・ワルプルギスは開発途中なのではないか? と思っていたからだ。

 正式稼働が決まってからアリス・C・ワルプルギスについての情報は更新されることはなかった。

 それ故にプルプレアは自分の考えが濃厚だろうと踏んでいたのだが、やらかした結果……これである。

 嬉しい誤算ではあるが、ここまで考えたプルプレアの脳裏に嫌な予感、予測、可能性が浮かぶ。


 それは――バグ。


 確証はないが、なんとなくそう思ってしまう。

 稼働初日である事、MMOがつくゲームにはよくある事。

 修正されれば……ぬか喜び。

 プルプレアの中にまた不安が広がる。


「なぁ? お前の姿ってそれじゃないだろ?」


 プルプレアはそうアリスに質問する。

 前回、βテスト時、このイベントの終盤は、名前を告げたキャラが姿を変えて職員になりすましていた、と言った感じだったのを思い出したからである。

 そして、本来、名前を告げたキャラに姿を変えたのは名前を言ったすぐ後だった。

 だが、目の前のアリスは未だエルフの姿のまま。

 この事がプルプレアを不安にさせた。


「いいねいいねぇ。さすが、僕のバカ弟子ちゃんだ! 君の言う通り! この姿は本来の姿ぁじゃぁないよ」


 もし、バグであるならここで何らかの不具合が起きるのではないか、と思い質問してみたが、アリスの答えを聞いて一安心するプルプレア。


「そうか……なら本来の姿を見せてくれよ。そのインテリイケメンエルフもいいが、師匠がどんな姿かぐらいは知っておきたいからな」

「ニヒヒっ! いいねいいね! ほんとにいいね! 流石に僕の姿を知ってるわけないよねぇ。なんせここ数百年は人前に晒してないからね! 僕は人に本来の姿を見られるのが大っ嫌いなんだ。でもいいよぉ。生まれて初めて出来た、可愛いバカ弟子ちゃんのお願いだもの! ――どれ、ここは一つ派手にいこうか!!」


 楽しくて仕方ないと顔に書きなぐった表情でアリスは威勢よく、そう言い放った。


 その瞬間、アリスの姿は青と藍色の影に包まれる。

 その様は、大きな花の蕾。

 そして、一拍おいてそれは勢いよく花開く。

 青と藍色の小さな花びらが吹き抜け、舞い踊る。

 光の粒子が混ざる花吹雪。


 その幻想的な風景に周囲にいたプレイヤーたちから、どよめきと歓声が上がる。


 その時プルプレアは――大興奮である。


「すげぇっ!! 見てるか! リリー!! なんだこの魔法少女的な変身は!! これでドレスアップしたら完璧だぞ!?」


 声をかけられたリリーは返事も忘れ、その風景に魅入っていた。

 そして、プルプレアはアリスの姿を目にして言葉を失う。


 青と藍色の入り混じる不思議な色合いの髪。

 大きくやや吊り上がった目は野良猫のように爛々と金色に輝き、瞳孔も猫のように縦に伸び、中心が丸みを帯びている。

 顔立ちは人のそれだが、左右均等に整い幼さを残す顔立ちは、完全なる美少女。

 特徴的な大きな猫耳は、鈴のついたイヤーカフが配われ、耳が動く度に涼やかな音がなる。


 アリスの顔から下を目にした時プルプレアは腰が砕けそうになる。

 コートのようなモノを羽織ってはいるが、袖だけ腕を通していると言った感じで、肩が剥き出している。

 そう、剥き出しなのだ。本来であれば、シャツなど着こんでいそうなもの。

 が、アリスが着込んでいるのはビキニのみ。しかも黒。

 上乳も下乳も見る黒のビキニ。

 胸の大きさはプルプレアの理想とする、手のひらで覆った際に僅かに零れるであろうDよりのC。

 プルプレアと似たサイズではあるが、若干アリスが負けている。


 それからプルプレアは、その下に目線を移して尚、興奮する。


 理想的なカーブを描くクビレ。

 うっすらと縦に線が走る引き締まった腹。

 可愛らしく形のよいヘソ。

 更に下に進むと、足の付け根が見えそうになるショートパンツ見え、その後ろからゆらゆらと揺れている髪と同じ色合いの尻尾。

 太もも半ばあり絶対領域と呼ばれる素肌を残したロングブーツといった出で立ちを目にして、プルプレアは心の底から思う。


 エロ――――可愛い! と。


 アリスの外見はプルプレア好み、それもど真ん中であった。

 顔立ちも体つきも全てベスト……そして、止めの猫耳と尻尾である。

 プルプレアは、今ここに二人目の女神を見つけたと確信する。



「ごぉぉぉっ唱和くださいっ!!」


 プルプレアは無意識に体を振りながらそう叫んでいた。

 何事かと騒めく周囲。

 お構いなしに続けて叫ぶ。


「可愛ければ何度でもっイケるっ!! ……いくぞぉぉぉっ!!」


 その声と共に、拳を握り始める周囲。主に男性プレイヤー。

 勿論、プルプレアも、だ。


「いぃぃっち!! にぃぃっい!! さぁぁぁっん!!」


 そして、その拳を天に突き上げながら――


「だぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!!!!」

『『『だぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!!!!』』』


 絶叫し木霊するプルプレアの声。続く周囲の雄叫び。

 叫ぶプレイヤーをジト目で見る女性プレイヤーたち。

 なぜか、一緒に叫んでるリリー。


 彼女もアリスが好みのど真ん中だった。

 できる事なら、あの薄っすらと線が浮かぶ腹を撫でたい。

 腹筋によって、できたあの線を指でなぞりたい。

 リリーもプルプレアも中身が似たり寄ったりだった。

 


「にゃはっ! そんなに喜んでもらえるなら、数百年ぶりに晒した甲斐もあるってもんだねぇ」


 とアリスはチリンと耳飾りの鈴を鳴らし、ニヤニヤと楽しそうに満更でもない表情で、プルプレアの喜ぶさまを見ていた。



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