ああ、問題ない
「放せ!」
と乱暴に腕を振りほどくプルプレア。
その勢いに負け赤髪の少女然とした女性は前のめりに転び、地面に手をついてしまう。
だが、彼女はプルプレアにすがる様に腕を伸ばして服を掴むと――。
「だからまって! 私の話を聞いて!? ちゃんと話し合えばわかってもらえるから!?」
尚も声を荒げ、目を潤ませ懇願する彼女。
妙に芝居臭いその仕草にプルプレアは嫌なモノを感じる。
「てめぇ! なんだその芝居! やめろ!! こっちは急いでるつってんだろ! さっきの話はもう終わったろ!? これ以上話を聞く義務はオレにない!」
とプルプレアも声を荒げて再度、彼女を腕を振りほどこうとするが……これがプルプレアにとって最悪な流れと変わる。
プルプレアが少し動いた時、それを狙ったかのように体勢を崩し、再び地面に手をつく少女。
ついでに「キャッ」と可愛らしいく小さな悲鳴付きで。
そして、少女は先ほどのようにすがるではなく、その場に顔を両腕に埋める様にして地面に蹲る。
少女はそのままの体制で涙声交じりに、周囲の前列には聞こえる声量で独り言のように言葉を発する。
「……お願いよ……私を……見捨てないで……」
ここでプルプレアが感じていた嫌なモノがはっきりとする。
彼女が意図的にこの空気、流れを演出している事は芝居かかった口調に変わった時にわかっていた。
彼女のいう『お願い』を自分に聞かせる為にロールプレイングしていると。
自分に拘る理由はわからないが、はっきり言える事は、こいつの舞台に無理矢理引きずり込まれたくないと焦って対処した事が悪手になった事。
だが、それらがはっきりしたとこでプルプレアにはどう対処しればいいのわからず混乱する。ただでさえ、急いでいて余裕がないのにこの騒ぎだ。
それに、どこかお祭り気分だった周囲からざわめきが起こり始めている。
二人に向けられる視線の質も変わる。
プルプレアはヤバいと思い表情を歪めるが、これすら状況を悪化させる。
赤髪の少女には同情的。銀髪の女性には非難的。といった具合に強く集まる。
彼女の作り出した舞台に上げられた時点で、プルプレアがどう行動しようが周囲にはロールプレイングに見えてしまうのだ。
焦りと彼女の思惑に乗せられた事に怒り狂ったプルプレアは考えもなしに叫んでしまう。
「てめぇぇーーー!!! やりやがったな!!!」
そして、赤髪の少女は聞こえてくる叫び声とざわめきから拾った言葉から、状況が少女の望む流れになった事に確信して、ほくそ笑む。
彼女が望む流れとは、プルプレアが彼女の『お願い』という交渉の席に座らざる得ない状況になる事。
しかし、現実であればこういった状況にはなりにくい。
が、ここはVRゲームの中、しかも稼働初日とあってプレイヤー達は浮足立っている。俗にいう、お祭り気分というやつだ。
そんな状態で、どこぞで見た、または聞いたことのある『テンプレ』と思しき展開が繰り広げられていたら、思わず足を止めてしまうのが人と言うモノである。
現に周囲に集まった人達は最初は何かのイベントだと思う足を止めていたのだから。
そして、止まれば人だかりができる。更にそれを見たプレイヤーが何事かと集まってくる。もはやプルプレアと彼女のやり取りは口論から寸劇へとなり果てる。
故に、なんとしても交渉の席に座らせる為に、彼女はこの状況に乗っかり過剰演技で、プルプレアを引き留めたのである。
その演技の方向性は、捨てられる寸前の少女役。
しかもセリフに嘘がない。
彼女が、プルプレアに『お願い』を聞いてもらいたいのは事実である。
話せばちょんと交渉できるとも思っている。
プルプレアの価値に気付き自分の目的に大いに役立つと思っているので、見捨てられたくないのも事実。
したがって、これらの本心が演技の真実味に拍車をかけ、観客気分の周囲から同情を強く誘う。
泣きつかれるプルプレアは否応なしに捨てる鬼畜役となる。
目つきのおかげではまり役である。
これらを知らずに表面だけ見ている周囲には――痴情の縺れからの別れ際といった感じだろうか。
周囲の反応、及び赤髪の少女行動からいろいろ察しのついているプルプレアは盛大に顔を引きつらせ、絶叫し、同時にもっとも切りたくないカード――彼女の交渉の席に座らなければならないという選択肢――をこの場に切るしかない事実に憤慨する。
「くそったれ!! こーゆう選択肢があってないような状況が一番腹立つ!! お前! これを狙ってやりやがったな!!」
と声を張り上げるが、返答は彼女ではなく、周囲から帰ってくる。
「おいおい! 銀の姉ちゃん! 往生際が悪いぞ! 話ぐらい聞いてやれよ!」
周囲の前列にいたプレイヤーがそう言うと、それに続いてそうだ、そうだ、といった声まで上がり出す。
プルプレアは殺気と怒りを込めるだけ込めて話しかけてきたプレイヤーを睨む。
「お、おい、そんなヤバい目で睨むなよ。夢に出そうだ。見てくれはいいんだから、な?」
「うるせっ! あとヤバくない! ちょっときりりってしてて愛くるしいオレの天使のまなこにケチ付けてんじゃねー! 引き千切るぞ!!」
「お、おう、そそうだな――よく見ると……それより話ぐらい聞いてやれよ。な?」
「――チッ!」
舌打ちで会話を終了させると依然、地面に蹲る彼女を見つつプルプレアは盛大に顔を歪める。
プルプレアはこの場で知るか! と無視する事は可能である。
何故ならば、ぶつかった事に関してんの謝罪をしているし、赤髪の少女もそれを承諾している。既に手打ちはされているからだ。
その後にお願いあると言われ、それを聞く義理、及び義務は自分にはない、それと彼女の『お願い』とは一方的なモノだと考えている。
それにプルプレアは天才美少女魔道士かつ全力全開の魔法少女になるという野望があり、その為に今どうしても成しておきたい事がある。
それはこの機会に成せなくともその野望に差支えはないが、成しておけば先に進むには大いに役立つ為、その機会があるのなら逃したくはないのだ。
故に強い拒否を態度と言葉で示し、早急にこの場を立ち去ろうしたのだが、それが裏目に出て、今のような好奇心剥き出しの観衆に晒される事になり、そういう事が大っ嫌いなプルプレアの焦りも加わり状況は最悪な結果となった。
集まり出すプレイヤー。強まる好奇な視線と気配と野次。
ここで無視して強引に立ち去ればいろいろと噂が立つかもしれない。
基本、悪評が噂されようがプルプレアは気にしないが率先してそういった評価を得ようとは今のところ思っていない。
だが、野望の為にこのゲームに腰を据えて楽しもうと考えてるプルプレアにとって、それは現段階では避けておきたいと思っている。
それはなぜか、このゲームは『MMORPG』だからである。
何でもかんでもプレイヤー一人で完結するただのRPGでないのだ。
その辺りを特に理解しているからプルプレアは強硬策を取れないのである。
(噂が立とうが構わんが……そのせいでうだうだ言われるのは気に入らんしな……それにちょっとした事でとんでもない噂になってこのゲーム生活に支障を……あぁぁぁーーーー!! なんで急いでる時にこーいうテンプレおきんだよ!! だいたいこいつがっ! これじゃ選択肢一つしかねーじゃねか!)
と余裕というモノが無くなっていき判断能力が低下したプルプレアは、もはやこの場に切れるカードが一枚しかないと思い込んでしまう。
しかしながら、この結果はプルプレアが事の始まりにちゃんと謝罪をしていれば起きなかったことである。故に、自業自得でもある。
それはわかっているがどうしても納得できないのがプルプレアである。
そして、一番何が頭にきているか、というと、この状況を作り出し、自分がこう選択するしかない、と赤髪の少女に誘導された事である。それを負けたと感じるプルプレアは大の負けず嫌いなのである。
(なんだよ! この蛇道バみたいな心理戦で負け確したような感じ!! オレあのカードゲーム苦手なんだよ!! 頭使いたくないんだよ!! ちくしょあぎゃぎゃぎゃああぁぁぁーーーー!!)
ちなみにプルプレアは負け確とわかっても降参は絶対にしないプレイスタイルであった。
だから心の中で叫び悶え、プルプレアは頭を掻きむしりながらそのカードを――。
「がぁぁぁぁぁぁ――ハァハァ……わかった!! 聞いてやる!! だが、こっちは急いでるんだ! だから! ギルドに着くまでは! てめぇの話を聞いてやる!!」
往生際の悪さを込めて赤髪の少女に叩きつけた。
「へ―……ここがギルドなんだ」
と物珍しそうにギルド内を眺めている小柄な女性。
銀髪女性の隣で、頭の後ろで束ねた真っ赤な髪を揺らして顔を見上げ、せわしなく見回す様は小柄な所為もあって、女性だ、と思う前に『少女だ』と先に強く思うだろう。
現在プルプレアは一人ではなく、二人で組んで、ギルドの建物内にいる。
PTメンバーとなった隣にいる少女の名前は――リリー。
ここに到着する前にひと悶着あった赤髪少女である。
さて、そんな彼女、リリーを忌々しそうに親の仇のように見下ろしている銀髪の女性は、勿論我等がプルプレアである。
ちなみに『忌々しそうに親の仇のように』とは客観的にそう見えるだけであり、プルプレア自身としては『ただ、見てるだけ』である。
(ったくちょこまかと……でもまぁ)
それからプルプレアは彼女から目を放してギルド内を見渡す。
(……よかったぁぁ。そんなに混んでなくて)
と、自分と似た格好の人たちの数を見て安堵する。
ギルド内はちらほら人がいる、といった感じであまり混んではいなかった。
あの後、リリーとPTを組むに至った経緯を会話文のみ抜擢したのが、以下の通りである。
「で? さっさと話せ。聞くだけは聞いてやる」
「そうね。簡単なお願いよ。……私と付き合ってほしいの!」
「……おまえ。それわざとか? テンプレを挟まないと気が済まないのか?」
「当然よ! これはロールプレイングゲーム! RPGよ! どんな役になろうがお約束を果たさなきゃ損でしょ? ちなみに今のロールはね――」
「それはいいから……でお願いってのはオレと付き合ってナニがしたいのか?」
「グフッフ――いいわね! あなた、見た目だけはすんごい美人だからナニするのもやぶさかではないけど……」
「……」
「――オホン! 私のお願いってのはね! この町から次の町に行くまで私とPTを組んでほしいの!」
「……理由は? その理由が気に入れば考えてやる」
「そこはテンプレの返しをしてもらいたいわね。こう、それならオレじゃな――っ! に、睨まないでよ!」
「睨んでない! ジト目で見てるだけだ!」
「うそ、あれが……ジト目なの? ほんとヤバいから、むやみやたらに人に向けない事を強くお勧めするわ……」
「うるせっ! 余計なお世話だ! それよりも早くしろ!」
「え、ええ、そうね……。コホン、じゃ改めて――――」
と言った感じでリリーの『お願い』の内容を聞き、それに納得したプルプレアがPTを組む事を承諾。
で現在に至る。
掲示板の前では登録が済み冒険者となった参加者たちはどの依頼を受けるか、どうするかと悩んだり、話し合ったりしている。
「こーいう風景! いいね! 絵になるな!! 『冒険者』って感じで! それにまだ序盤も序盤だから、装備が整ってない感が駆け出しって感じで!」
とギルドに着くまでは不機嫌だったのが、嘘だったように大はしゃぎするプルプレア。
「ええ! わかるわ! これぞRPG! いやファンタジーよね!!」
その隣でリリーもその風景を見てプルプレアに同意する。
周囲で二人を見るプレイヤーたちはほっこりとした様子でそれを眺めている。
が、ほっこりとした視線を集めているのはリリーだけである。
プルプレアに集まるのは綺麗だが危ないと危機感を感じている視線である。
その理由はリリーが青く大きな猫目をキラキラさせ、その場でぴょんぴょん跳ねて後頭部で束ねた髪を揺らす様は、まるで主人を前にして大はしゃぎの小型犬ようで。故に愛玩的可愛らしさを振り撒いてるように見える。
そしてプルプレアの場合、金色で鋭く狼の目ようにギラギラさせ、その場で武者震いように体を震わせている様は、血に飢えた銀色の飢狼が獲物を前にして姿勢を低くし、確実に仕留めようとしているようで、愛玩的ではなく、猛獣の捕食的威圧を振りまいているようにしか見えないからである。
内面的心情は同一ではあるが、見た目一つでこうも変わるのか? といった現象を目の当たりにできる瞬間であった。
そんな相反する見た目をした二人はは参加者――冒険者の姿に興奮しつつ、プルプレアの目的でもある受付のカウンターを目指す。
カウンターを見渡せる位置までくると、プルプレアはそこで立ち止まりカウンター向こう側に立つギルド職員たちの姿を見て、ある特徴的な風貌した職員を探す。
プルプレアはゲームが正式稼働した際に、もしかしたら変更されてるのではないかと不安に思っていたが――。
「おっいたいた! 変更されてないでたすかったぁ。こいつがフラグになってるイベの報酬、破格だから修正されてるか、無くなってると思ったけど……いるんなら望みアリだな。ほら並ぶぞ」
とリリーを連れてそのギルド職員いる窓口の列に加わる。
言われるがままに並んだリリーがプルプレアに話しかける。
そして、そのまま二人は順番が回ってくるまで雑談に花を咲かせる。
「へー。こんな序盤の町でもそういう特殊イベってあるのね」
「ああ。他にもあるんだろうが、オレがこの町で見つけたのはこれだけだな」
「ふーん。さすがテストプレイヤーね……てかそんな話して他に聞かれたら不味いんじゃないの?」
「ああ、問題ない」
「……なんでいきなり声低くして答えるのよ」
「は? おまえ……知らないとは言わせんぞ」
「知ってるわよ! でもあの流れで言うのは無理があるわ」
「わかっちゃいるが言ってしまう。あとこの会話はPTメンバー以外には聞こえないようにしてる」
「ああ――思い出したわ。チュートリアルでそんな説明あったわね。……戦闘システムの説明の印象が強烈過ぎて忘れてたわ」
「あー……小鬼大軍曹の熱狂的再教育と書いてブートキャンプて読むあれな」
「名称までは知らないけど……あれのお陰でほかのチュートリアルが頭から飛んじゃってね……」
「蝶のように舞って蜂のように死ね! だろ? あれ聞いた時震えたわ」
「そう! それ! あれなに? 元ネタでも――ってあんたの番よ」
とリリーがプルプレアの体を軽く叩きながら、受付を指さしたところで雑談は終了となる。
そして、プルプレアは気合を入れてギルド職員の前に立つと、その職員はプルプレアに顔を向け微笑みかける。
プルプレアが前に立ったギルド職員の風貌は、長く尖った耳に、やや緑ががった金髪。
若草色の虹彩をメガネの奥で輝かせる。
中性的ではあるが男性かな、と辛うじてわかる顔立ち。
そういった特徴を持つ人間は、この世界では妖精種またはエルフ、と呼ばれる。
プルプレアとリリーのようにファンタジー物が大好きな人にとっては定番の存在だ。
「やぁ、いらっしゃい。ご用件は?」
と話しかけてくるエルフの職員。
プルプレアはそのエルフをもっとよく見てみたい、と思うがそこをぐっと我慢して要件を伝える。
「冒険者登録をお願いしたい」
「へー。見た目は美人だけど、中身は大馬鹿野郎なんだね」
思わぬ発言に驚き、思考が停止するプルプレア。
そして、一拍おいて後ろにいるリリーを見る。
「え? さっきのは私じゃないわよ」
と、いきなり振り返って顔を見てくるプルプレアに、何か聞かれる前に否定するリリー。
「冒険者登録だね……じゃ、はいこれ」
と先ほどエルフの声を聞き、前を向くと二枚の紙を差し出される。
(え? こいつ、さっき大馬鹿野郎って言った?)
紙を受け取りながら自分の耳を疑うが、目の前のエルフはお構いなしに説明を続ける。
「これに名前を書いてぇ。あとこっちはジョブのリストだね。ここから好きなの選んで名前の下の欄に書けば登録完了だよ」
プルプレアは混乱しながらも渡された紙に言われた通り名前を書くが、その下には何も書かず空欄のままエルフに渡す。
通常なら未記入まま返すと登録できないと再度記入するように言われるのだが、プルプレアの狙いはここなのである。
「ん? ジョブの欄が空欄だよ? これじゃ登録できないよ?」
「リストになかったんだ」
「リストにない?」
困惑気味に首を傾げるエルフ。
プルプレアは気にせず、即答する。
「ああ。俺は魔術士だ」
「――……魔術士ねぇ」
エルフはその言葉を聞いて表情を変える。
真剣な眼差しでプルプレアの顔を見つめる。
プルプレアはその表情見て、狙い通りの流れになった事を確信するが、同時にこの後の展開と微妙なNPCのセリフ設定の変更に不安を覚える。
(β時は大馬鹿野郎とは言われなかったけど……まぁそれ以外は今のところ変更なしと。 問題はこの後なんだが……)
しばし見つめ合う二人。
先に表情を戻したのはエルフだった。
これがプルプレアが急いだ理由、先ほどリリーが言った特殊イベ、その中でもユニークと呼ばれるイベントの発生の合図だ。
ユニークイベント。特定の条件が揃うと発生する特殊イベントで、その中でもユニークと呼ばれる類の条件は制作側の悪意と悪乗りの詰め合わせだったりする。その悪意の一面として、イベントが発生してもそれを知らせれアナウンスもなければ、通常の発生済みイベント欄に並ぶだけでなんら、特別性、特殊性を強調するモノがないといった面であろう。故にどれがユニークイベントなのかわからないのだ。ただ、プレイヤーたちの間でこれがそうではないのかと言われてはいる。
ちなみに、このイベントの発生条件は先ず、名前だけを書いて提出。
次に書き直しを要求された際に、リストに魔術士がない事を告げ、自分は魔術士だと告げる。するとこのエルフの職員が通常とは違う受け答えをする。これが発生の合図だ。
どういった経緯でプルプレアこのイベントを発見し且つ達成したかについては、省略させてもらうが一言で言えば『駄々をこねた』である。
「なるほどねぇ――初歩的な魔道の心得はあるようだけど……独学だね? 残念だけど師のいない魔術士をギルドでジョブに就かせちゃいけない決まりなんだ。どーしても就きたいなら……そうだねぇ。この町からなら、ザーディルのギルド支部がちかいかな。そこに魔導士の職員がいるから彼女に弟子入りすればいい。そうしたら魔術士で冒険者登録ができるよ。彼女は来るもの拒まずって性格だから断られることはないと思うしね。まぁ……よっぽどの事をしなければね」
とギルド職員はウィンクしながら話を締めくくった。
ウィンクを飛ばされたプルプレアはジト目でそれを受け止める。
(このゲームのNPCは……。まぁいいや。頼むぞぉお願い!)
ここからイベント条件を満たしていなければ、話はここで終わりなのだが、条件を満たし尚且つ、ある言葉を含んだセリフをこのエルフに向かって口にすれば、話が続くのだ。そして、ここから先がイベント開始である。開始条件は『既に魔法を習得している事』と『ある言葉を含んだセリフ』だ。
ちなみにイベントが開始されたら、結果がどうあれ二度とこのイベントは発生しない。
このイベントの結果次第では、序盤、いや魔術士として活動する際に楽になる事をβテストを通じて知っているプルプレア。
だから、願いと共にβテスト時に適当に駄々をこねたセリフを再び口にする。
「じゃあ、あんたが俺の師になってくれよ」
「――僕が君の師に?」
エルフの顔をじっと睨み――いや見つめるプルプレア。
エルフは最初に向けた微笑みではなく。面白いモノを見つけたと言わんばかりの表情で笑みを浮かべる。しかも何故か妙に色っぽい。
プルプレアはその顔に見蕩れそうなるがこいつは男だ、と自分に言い聞かせβテスト時通りに話を進める。
「あんた。『大』の付く魔導士だろ?」
「へぇー。 僕はただの職員だよ? 見ての通りって言いたいけど、まぁエルフだからね。たまにそんな勘違いされるよ」
と言いながら頬杖をつき、ニヤニヤと楽しそうに笑うエルフの顔を見て、プルプレアは何故か、昨晩見たアニメとチェシャ猫を思い出す。
(あれ? この顔、なんか――……)
プルプレアの脳裏を猫耳の怪盗少女――正体――『different』――登場人物――チェシャ猫と断片的に流れる。それと同時にある事を思いついてニヤリと笑う。
傍から見れば、なんとも『悪い顔』である。
だが、当の本人は機嫌よく微笑んでるつもりだ。他意はない。
そして、プルプレアはここで――。
「もうここまで来たら安心だな、あとはこいつの正体を知ってるって感じで、名前をいい当てればだけだ。まぁβ通りならだけど……これの所為で全く楽しめてないしなぁ――……よしっ」
「え? 何考えてるかわかんないけど、やめときなさい。碌な事にならないわよ」
と後ろで今まで黙って成り行きを見ていたリリーがプルプレアの言葉を聞き、何かを察して注意するが――。
「大丈夫だ。さっきも言ったが名前とこいつの正体言うだけなんだ。問題ない! オレはこれよりロールをプレイングする!」
ここまで来るのにいろいろあった所為で余裕があったようでなかったような感じではあるが、完全に油断し調子の乗ったプルプレアは「どーしたの?」とエルフに声をかけたられた事を合図に、たった今思いついた行動、βテスト時には取らなかった行動に打って出る。
「オレはあんたを知っている――いや今知った!」
「ふぅーん…………随分面白い事を言うね? 君は。ちなみに……誰と勘違いしてるんだい? よかったらその大魔導士さんの名前教えてよ。参考にするからさ」
「大魔――……稀代の大馬鹿野郎! アリス・チェシャ・ワルプルギス!! それがあんたの名前だ!」
とエルフを指さし、『どうだ!』と顔中に書き殴ったような表情で程よい大きさの胸を逸らすプルプレア。
このエルフに大馬鹿野郎呼ばわりされた事と昨晩見たアニメのセリフを思い出したプルプレアは、ここぞとばかりになにも考えず、それらを混ぜて言い放った。
そして、自分が何をどう言ったのか思い出し、顔を青ざめ――。
「――まって! 今のなし!! なしっ!!! あ、あんたの名前はアリス・C・ワルプルギス!!」
勢いとセリフを喋っている内、興が乗り告げた名前に余計な物を足してしまったプルプレア。
急いでエルフに飛び掛かって肩を掴んで訂正するが……後の祭りである。
または悪あがき。
一度吐いた唾は飲め込めない、そういう話である。
この後イベント達成なら、名前を言い当てた事でこのエルフの弟子になり、いくつかの魔法を貰える、と言った流れなのだが……。
やらかした『稀代の大馬鹿野郎』はそれどこではなかった。
訂正など無意味なのにエルフに捲し立てるプルプレア。
エルフはキョトンとした表情から何か笑いを堪える表情に変わっていく。
体を小刻みに震わせながら今度はプルプレアが指を指される。
「違う! まって! お願いします! 訂正を!!」
「――ば」
「もう一回――え? ば?」
よく見たり読んだりするお約束通りに聞き返すプルプレア。
「――……馬鹿だ」
「え? は?」
「バカだっ!! バカだよっ! バカがいるぅ!! ックッヒャッハハハハハハハハ!! にゃっはっははハハハハハ!!!! や……ヤバい! ヒッヒャッ! くっ、くる、しっ! ダメっい、きっだっはははひゃはっははっはは!!!」
そして、響く馬鹿笑い……悪意を目一杯含んだ笑い声。
「死っん、っじゃうっ! にゃっぐっ、おげぇっ……これ死んじゃうやつだっ! いっひっひゃっははははははは! ぐっ……ぶっ! ヒャハッハハハ――」
プルプレアの顔を見てはぶり返してを繰り返し、腹を抱えて、笑い声共にカウンターの向こうへと沈んでいくエルフ……。
プルプレアは笑い声――いや、もはや騒音を聞きながら、周囲と目線を合わせないように天井を見つめ――。
「ダメだ……終わった……」
――その後しばらく、床を叩く音と嗚咽交じりの笑い声がカウンターの向こう側から響き続いた。
最後にリリーはどうしていたか、というとエルフに笑われるプルプレアの姿を指さし腹を抱えて馬鹿笑いをこわ高々に上げていた。