【読切】歩紫~hoshi~
学校が2学期制に変わってくれたおかげで、中間テストが終わってから、文化祭に向けて全力で準備できるのは、生徒にはまったくありがたい話である。
そしてそのまま夏休みに突入してくれるのだから、まったくありがたい話である。
さらにこの祭りの準備期間、運動部は、一部華々しい成績を収めているところ以外は活動休止になる。
まったく本当にありがたい話である。
それでもこの期間は、クラスの展示物や出し物の準備を手伝ったりすると、帰る時間が遅くなってしまうのだが、うちのクラスの学級委員長がとても優秀なおかげで、上手に当番のローテーションが組まれており、準備もすこぶる順調だ。
委員長様々だ。
今日みたいに担当じゃない日なんかは、授業終了後すぐに帰れる。
いやぁ、本ッ当ぅにありがたい話なんだな!
この貴重で素晴らしい夕方の時間を、どう使おうか考えながら玄関に向かって歩いていたら、よく知った同学年の女に声をかけられた。
ナツカワとは小、中と同じ学校で、同じクラスになったことこそ少ないが、それなりに結構話しをしたりしている。
「あんたもう帰り?」
「ぁ?ああ」
「じゃ私の手伝いしない?」
「断る」
「………なんでよ、忙しいの?」
正直、することがなくて困るほど暇だったりするのだが、
だが、だ。
こいつに付き合って夜遅く帰るはめになるのは、御免こうむる。
「忙しくはないけど、たまには早く帰りたい」
「大丈夫!そんなに遅くはならないから。
………そこのスーパーまで買出し手伝ってほしいのよ」
まぁそれくらいなら。
いいよと快諾した後に、でもそれだけだからな、と強く念を押したのだった。
あれもこれもと頼まれて結局夜まで、なんてことになったら大変だからな。
―
――
―――
「………俺、必要なかったんじゃなかったか?」
左手に感じる重さにげんなりしてぼやいた。
重かったのではなく、軽すぎたのだ。
ジュースやアイスやその他菓子が、大きな袋の隅のほうに偏ってしまうほどの量しか入ってなく、あいつに限っては何も荷物を持っていない。
片手で十分であり、俺が協力する必要はまったくない。
「まぁまぁ、話し相手がほしかったのよ。
………ここと学校って少し遠いでしょ?」
往復で20分とかからない距離ではあるが、その間、買い物をする時間も含めて終始無言なのは
………少し持て余すかもな。
俺は小さく「そうかもな」と返事した。
「で、あんた」
唐突に話題を変えられた。
「文化祭の間どうすんの?」
「どうすんのって………
出るに決まってるだろ?出欠取られるし」
文化祭の日程は、他の高校のそれとかぶっていたりするので、自分の学校の文化祭に出ず、他の学校の文化祭に遊びいくやつもいる。
しかし、文化祭といえど、学校そのものが休日というわけではない。
朝のホームルームの時間に教室にいなければ遅刻扱いになるし、休めば欠席扱いになる。
「そうじゃなくて、誰かと一緒に回る予定とかあるの?」
「そんなのは………」
少し思い出してみる。
クラスのやつ、部活のやつ、それとも他のクラス、
………誰とも約束はしてなかったはずだ。
「ない、な」
「うわぁ寂しっ」
憐れまれた。
「うっせ、お前こそどうなんだよ」
「私もいないけど………」
「寂しいな」
うるさい、と返事がくるかと思ったがこなかった。
代わりに、ナツカワは決まり悪そうな表情をした。
「彼女とか、いないの」
そういうこと、あんまり聞かないでほしい、傷つくから。
「いない、知ってるだろ?」
それを聞くと、今度は少し嬉しそうな顔になって
「そっか!
………そうだよね!」
人の不幸を喜びやがって。
「じゃあその………好きな人とかいるの?」
黙って首を横に振った。
「じゃあじゃあ、告られたらつきあってもいい?」
「それは相手次第だろ?」
「!
………だよね。でも確率は高いってことだよね?」
「どうしたんだ今日は、お前変だぞ?」
ナツカワは一瞬びくりと飛び跳ねた後、慌てて取り繕った。
バレバレだけど。
―
――
―――
そうこうしている間に、学校に戻ってきた。
「ねぇ、も1個お願いがあるんだけど」
「………お前」
「すぐすむから」
文句を言うより早く制されてしまった。
「体育館裏で待っててほしいんだ」
え?
ナツカワは俺の手からビニール袋を奪い取ると、俺の返事も聞かずに校舎の中に消えていってしまった。
最後の照れたような赤い顔が、やけに印象に残った。
体育館裏だって?
古今東西この時期この時間帯にその場所でやることは1つだよな?
告白………?
まさかあいつが?俺に?
そんなわけない、あるはずがない。
だってあいつとは昔からずっと一緒で、ぜんぜんそういう仲じゃないっていうか。
でも、もしそうすると、さっきの「彼女がどう」っていう
あいつらしくなかった話題の説明もつく。
でも、ナツカワだぞ?
そりゃ話しやすいし、気は合うし、かわいいし。
………ってなに言ってんだ俺、落ち着け!
あいつが告白したらどうする。
え?
ええ?
どうすんだ?
どうすんだ俺?
―
――
―――
散々混乱しているにもかかわらず、足だけはちゃっかり体育館裏に向かって歩いていた。
指定された場所にはまだ、ナツカワは着ていなかった。
それで少しほっとしたことに気がついた。
自分の心臓の音が聞こえるくらい緊張し、変な汗が出てきた。
落ち着け俺!
まだ告白と決まったわけじゃないんだぞ!
変に浮かれるのもいい加減にしろ!!
………いくら自分に言い聞かせても、ぜんぜん落ち着かない。
両手の手のひらは汗でぐちゃぐちゃだ。
―
――
―――
そして、俺の耳に、一人分の足音が聞こえてきた。
よりいっそう、心臓が早鐘のように鳴り続ける。
期待と混乱で体がばらばらになりそうだ。
ついにナツカワがやって来………あれ?
やってきたのはナツカワじゃなく、1個下の部活の後輩の女の子、カミヤさんだった。
ちょっと拍子抜けしてしまった。
………そうだよなぁ
あいつが俺に告白とかないもんなぁと、残念なようなほっとしたような気持ちになった。
「私、ナツカワ先輩に言われてきました」
「あ、うん、どうした?」
努めて冷静を装った。
まさか、そのナツカワ先輩から告白されると思って浮かれていたなんて、口が裂けても言えない。
恥ずい。
カミヤさんは、なかなか話し出そうとせず、黙ってうつむいていた。
普段から消極的な彼女のことだ。
話しをするのが苦手で、こんな風に固まってしまうのもよく知っているので、黙って待ってあげる。
そうしてどれくらい待ったろう。
10秒か20秒くらいなものだろうけど、会話が途切れての10秒、20秒は長く感じるものだ。
彼女は意を決して顔を上げると、とても真剣な顔をしていた。
「わたしっ!先輩のことが、っすきです!!つきあってください!」
―
――
―――
一瞬思考が停止した。
頭の中が真っ白になる、という表現があるが、今の俺の頭の中の色はきっと真っ赤だ。
驚きと気恥ずかしさで、脳のキャパシティすべてが占領され、思考がまともに働かない。
今彼女は何ていった?
オレノコトガスキ?
なんで?
え、なんで?
どうして?
何故WHY?
ツキアッテクダサイ?
どこまで?ってボケてもいいのかな?
そういうネタ振りだろ?
でも………
彼女はスカートの裾を掴んで下を向いたままだ。
顔が尋常じゃないほど朱い。
ここはボケたらまずいだろ?
いやもっと冷静になれ。
ドッキリという可能性はどうだ?
後輩までたきつけて、随分手の込んだドッキリを仕掛けたなぁ。
でも、カミヤさんのこれ演技か?
だとしたらアカデミー賞ものだぜ。
本当に演技?
俺が見抜けないだけ?
一人悶々と思案していたら、
「…ぁの」
再び彼女の口が開いた。
しまった!
考えに夢中で、カミヤさんに一言も返事してないや。
「返事、すぐじゃなくて、いいです。から………」
消え入るような涙声でそれだけ伝えると、彼女は走り去ろうとした。
「カミヤさん!待って!!」
俺は反射的に呼び止めてしまった。
そして、呼び止めてから後悔した。
次に言う言葉なんて、何も考えていない。
でも彼女は、律義に止まって待ってくれた。
こちらに背を向けたままではあるけれど、ちゃんと待ってくれた。
彼女の背が小さく震えている。
それが堪らなく愛おしい。
自分の中で、急速に彼女の存在が膨らんでいく。
彼女が可愛くて仕方がない。
今までただの後輩でしかなかったのに、今この時から特別な存在になっていく。
伝えたいことは山ほどあるのに、言葉が何一つでてこない。
それでも、こうして彼女が待ってくれている。
ならば俺は、何としてでも言葉を紡がなければならない。
俺は深く息を吸い込んで、ゆっくり吐き出した。
心臓の鼓動が早過ぎて痛い。
顔が熱い。
喉が渇いている。
頭が沸騰している。
気持ちが全然落ち着かない。
けど、黙っているわけにはいかない。
俺は震える声を、必死に震えないよう押さえつけながら、言葉を搾り出す。
「ごめん。俺は今までカミヤさんのことそんな風に見てなかった。」
彼女の肩がびくりと震えた。
言ってしまってから、俺は何を言っているんだと焦った。
俺が伝えたいのは、そんなことじゃない!!
「………じゃなくて、だけど、その………言ってもらってうれしかった、ですだから………」
再び大きく息を吸ってから
「俺なんかでよかったら、俺の方こそ付き合って下さい!!!」
言った!
言ってやった!
言ってやってしまった!
汗がふきでる。
顔が熱い。
喉が渇く。
膝が笑う。
心臓が痛い、そしてうるさい。
…
……
………あれ?
彼女の様子がおかしい。
泣いて、る?
「カミヤ………さん?」
腕を伸ばして彼女の肩に触れた瞬間、彼女は勢いよく俺の胸に飛び込んで来た。
また心拍数が上がったっぽい。
このままだと俺死ぬんじゃないか?
俺の両腕は、彼女を抱くか抱かないか迷って宙空をさまよっている。
彼女は、思った通り泣いていた。
………俺何かマズったかな?
俺の腕は迷った挙句、彼女の肩に不時着した。
「………ご………さいな…て……から」
彼女の啜り泣きに混じって声がした。
うまく聞き取れない。
「ごめんなさいなんていうから、断られたと思っちゃったじゃないですか!!!」
納得した。
確かに俺が悪い。
「えーっとその、ごめん」
………だからゴメン言うなよ俺。
「………じゃなくて。俺カミヤさんのこと好き、だよ」
彼女も俺の目を見てくれて
「私も、先輩のこと好きです」
目にまだ涙が浮かんでいたけど、とびきりの笑顔でそう言ってくれた。
どうしよう
幸せすぎてどうにかなってしまいそう………
「おめでとう!」
だぁぁぁあああああ!!?
ナツカワ!!?
「い、い、い、!?」
「いつからって?もちろん最初からよ」
げ!?
全部見られてた!!?
「な、な、な、!?」
「なんでいるのかって?そりゃここに来いって言ったのは私だしね」
そりゃそうだけど!!
「趣味悪いぞお前!?」
「あら?私だけじゃないわよ?」
ワタシダケジャナイ?
血の気が引く、というのはこんな感じだろうか。
背中がめちゃめちゃ寒い。
ナツカワの言葉を合図に、ぞろぞろと知った顔が湧いて出てきた。
サガワ、イトウ、オノ………
………はて、部活は休みのはずなのだが?
なんでこうみんな仲良くいるのかね?
ナガミネさんとチハラさんまで………
君達はノゾキなんてしない、純粋な後輩だと思ってたのに………
「みんななんでここに?」
「そりゃやっぱりずっと応援してきた者としては、ぜひ立ち会いたいもんでしょ!」
サガワ、てめぇには聞いてない。
てかずっと応援って………?
その疑問に答えてくれたのは、後輩のチハラさんだ。
「最初に相談されたのがうちらなんですけど、うちらも、その………先輩とはあんま話したことなかったじゃないですか」
隣のナガミネさんも黙って頷いた。
「そこで、お前と親友の!俺に!話が回ってきたというわけだっ!!」
サガワが意気揚々に話し出した。
「サガワ先輩が、あんなにおしゃべりだとは思いませんでしたけどね………」
後輩から冷たい視線が刺さる。
だがサガワはまったく意に介さない。
お前そのうち夜道で刺されるぞ。
「俺やイトウは、サガワから聞かされたんだ。」
とオノ。
「サガワはおもしろがるだけだし、かといって俺もイトウもなんか手があったわけじゃなくてな、ナツカワに協力を頼んだわけだ」
そして、今日のナツカワさんの仕込みですか。
うわぁぁ、なんだその一大ドキュメントは。
カミヤさんは俺の背に隠れて、恥ずかしそうに小さく震えている。
………うん、その気持ち、よくわかるよ。
俺だって今すぐ逃げ出したいくらい恥ずかしいもん。
「あ、そうそう」
なんだよナツカワ。
「もう用事は終わりだから帰っていいわよ」
とてもとても意地の悪い笑顔が、そこにあった。
見回すと、周り全員が意地悪くニヤニヤ笑っている。
「それと、カミヤさんも今帰りなんだって」
………送れっていうことか。
「お前らはいつまでいるんだ?」
「別に、いつどこで何してようと、俺らの勝手だろ?」
オノ………お前は味方だと思っていたんだけどなぁ。
公開処刑か。
憎悪をこめて睨み付けてやったが、トマトのように赤い顔では迫力も半減で、しかも敵を喜ばせるだけだ、ちくしょう。
覚悟を決めた。
―
――
―――
初夏ということもあって、最近は夕方が長い。
空は紫色で、夕日と星が同時に見えるお得な時間帯でもある。
俺は自転車を押しながら、歩幅の小さい彼女に合わせて歩いている。
お互い顔がまだ真っ赤で、ずっと無言だった。
話したいことはいっぱいあるけど、何を話せばいいのかわからない。
あの後、一緒に帰ることの他に、文化祭を一緒に回ることも、みんなの前で約束させられた。
熱烈な冷やかしという名の祝福の中を、ようやく抜けてきたのだった。
一気に疲れた。
5年分くらいの恥ずかしさを味わったと思う。
「あの………」
沈黙を破ったのは彼女の方からだった。
「ご迷惑………でした………よね?」
「いや、悪いのはあいつらで、カミヤさんは何も悪くないよ」
「でも………その……私が……その………」
誰かに相談しなければ、こんなに冷やかされることはなかった、って?
そうかもしれない。
けど!
「けど、こうしてその………ね、こうなったんだから、逆に感謝してるよ」
こうして突然、かわいい彼女ができたのだから、嬉しくないはずがないじゃないか。
彼女は一瞬きょとんとした後、かぁーと顔を赤らめて、小さく頷いた。
くそぉかわええ!
思いっきり抱きしめたい!
けどそれやるには時期尚早だよな。
いきなりやって嫌われたら最悪だよな。
一人悶々と考えていた。
二人はまた沈黙してしまい、周囲の音がやたらよく聞こえる。
―
――
―――
ふと空を見上げると、いつのまにかかなりの数の星が輝いていた。
ここで星にまつわるロマンティックな話の1つや2つできたらかっこいいだろうなぁとは思うけど、あいにくとそういう話はぜんぜん知らない。
今度二人で帰るときまでには、星の勉強をしておこうと思う。
そう心に決めたのだった。
今年の夏は、楽しくなる気がする。
恥ずかしそうで、それでいて嬉しそうな彼女の横顔が、そう思わせた。
昔(2008年)に書いた落書きが発掘されたので、載せてみました。
最近、ひとごろしの話ばっかり考えてたので、真逆の話をしたくなりました。
今回は「少年誌とかだと、まず主人公に好きな女がいて、それに一生懸命アタックしてようやく結ばれる話が多いけど、実際は、今まで全然意識したことがなかったけど、かわいい女の子から突然告白されたら、十中八九OKするんじゃね?そいうのもありじゃね?」という作者の思いつきによって出来てます。