人殺し女と百貨店攻防 1
「このクズ男まで連れてこなくたって良いじゃん」
高羽は頬を膨らませながら由花の顔を見下ろした。由花は微笑みを返すだけだ。
「おいおい、早速あだ名付けてくれたな。普通に葛谷って呼んでくれよう」
この男に高羽は助けられたのだが、どうもこの男の男らしさというか悪かっこよさに由花が持って行かれるのではないかと思い、高羽は気が気でないのだ。
「ねえクズ」
「…………はいはい」
大人な葛谷は色々と飲み込でくれたようだ。大体にして、高羽の話を聞くときに少し屈むのも、高羽がこの男につらく当たる理由だ。
「仲良いねー」
高羽は由花のことは大好きだがここはスルーする。
「でさ、ゲーセン出たあとさ。巻き込まれた人たちが全員普通に帰って行ったのおかしくない? なに、日常茶飯事なの紅茶にされるのって」
「紅茶は珍しいから、皆ちょっと驚いてただろ」
「ちょっと過ぎだよ。俺が来た方だったらそれはもう、国家が動くよ」
「ま、そっちとこっちが違うってことだな。別の世界があるってのもまだ信じられないけどよ。あるっちゃあるんだろうな」
「なんか、由花もそうだけど、受け入れよすぎだから! でさ、今度はどこに向かってるの」
「どこ行くか分からないのに着いてくる高羽くんも大概受け入れいいよね」
由花の一言に高羽は返す言葉もない。
「んぬー」
「百貨店だよ。色々あるから見て回ろ」
「おっいいね!」
「お願いだから俺のいるときは盗みやんないでよ」
高羽は葛谷に釘を刺す。単純に気まずいからだ。
「あれだよっ」
由花が指さした先には、階数は多そうだがとても古そうな建物が建っていた。ガラス戸を手動で押して入る。高羽は案内板に目をやった。一階から五階までは服やら雑貨やらが入っていて、地下がスーパーマーケット。六階はもううんざりなゲームセンター。七階にはパソコン教室やら英会話教室やらが入っていて、最上階の八階は事務階だ。
「さ、行こ」
由花に言われ、高羽は彼女の後ろを着いて歩いた。葛谷はさらに後ろを、いろんな店に目移りしてあっちへふらふら、こっちへふらふら寄り道している。
「落ち着きの無いやつだなー」
高羽は呆れる。かっこつけた奴だと思ったが、思ったより子供っぽいやつでもあるようだ。
「三十過ぎてるのにね」
由花が微笑みながら言った。
「……嘘だろ? 若く見えるなあ」
嫌みである。
三人はゆっくりと見て回る。そして婦人服売り場は、さすがに由花には年が上過ぎる服ばかりだったため、よく見ることもなく通り過ぎようとしたときであった。
ベージュ一色の肌着コーナーの前で、まだ若そうなOL風の女性が立っていた。
あの人あれ着るのかよ、なんかショック……。
高羽のロマンが崩れ去ったときであった。その女が鞄に勢いよく手を突っ込んだのだ。葛谷がじろっと女を見る。
「下がれ!」
高羽はまだ何が起きたのか分からず、動けもしなかった。次に、女が鞄から取り出したのが包丁であると理解した。咄嗟に由花の腕を引く。
走る。走る。走る。
それを見かけた客たちも一緒に走る。逃げる勢はどんどん増えていく。そして壁際まで追いやられたところで、そこが店舗の移転した跡スペースであり、逃げ場はないと悟る。
「どうすんだ、あの女をどうにかしねえと逃げ場ねえぞ」
コの字型の開いたところで刃物を構えている女。なるだけ隅へ隅へと押し寄せる客たち。高羽は、重い腰を上げるように立ち上がった。
「俺が気を引くわ」
「ちょっと待ってよ!」
「おい何言ってんだ!」
制止も聞かずに女ににじり寄る高羽。そして突然床を蹴って前へ跳躍。女へ飛びかかる。大きな包丁を淀みなく突き出す女。その包丁の横っ腹を拳で殴り飛ばす。吹っ飛ぶ刃物。それに飛びつく女。高羽はこの後どうするかなんて考えてもいなかったものだから、とりあえず殴ろうと思ったときには、刃物を取り返した女は凄い勢いで走り去っていった。
もちろんこれも夢で見たのですが。夢の中の自分良く飛び出したなーと褒めたいくらいです。




