第六話」
店に来店して、私は仕事を教わりつつこなしていった。そうして忙しさで自信を見失いそうになっていた昼間のことである。
何か入口の方で騒ぎがあった。私は何事かと思った。下げた食器類を棚に置くと、私は入口を覗いた。
見ると、灰色の縞模様の猫が店の中に入っているではないか。私はその猫を見て実子が店にやってきたと知った。
私はひとまず、手を出さずに様子を見守ることにした。
「猫が入ってきてる!」
店員の一人、皆川が叫んだ。
実子はさも身の置き場もなさそうにうろついている。そこへちょうど、また店員の一人、三井が歩いてきた。その三井はトレンチに、下げた食器類を載せて運んでいた。三井は猫が道を遮っているところへたまたま通りかかった。すると三井は脚で猫を追い払い始めた。幸い、足蹴にすることこそなかったものの、それでも危うく足が実子に当たるところであった。
実子は逃げ出した。そして店の奥へと入っていってしまった。私はここでもさらに観察を続けることにした。
周りの人間を見る。周りの人間は猫が店に入ってきたと知るや、注目した。誰もが座ったまま実子を見ている。中には、実子が近づいてくると食器をとおりから遠ざける仕草をした者もいた。
店員の一人である皆川が猫を追いかけ始めた。しかしその様子はさながら獲物を捕らえようとする肉食獣のごとくたくらみに満ち、かつ獰猛だった。とてもではないが、猫を助けようという様子などみじんもなかった。大方皆川はすぐにでも猫を捕まえて仕事に戻りたかったのだろう。何しろ、今は忙しいティータイム時であった。お出ししなくてはならない料理はおびただしい数があり、片付けなくてはならない机もいくつかあった。お待ちになっているお客様もいた。一刻も早く仕事を終わらせる必要があった。
しかしそんな恐ろしげな皆川を見た実子は怖くなったのだろう。逃げ出した。逃げ出した猫というのは人間などよりはるかに早い。到底皆川などというものにつかまるものではない。
同時に私はこれでもう観察は十分と判断した。もう実子を逃がしてやってもいいだろうと思った。それで私は扉を開けてやった。
実子は私の開いた扉を潜り抜け、とうとう店の外へ逃げ出した。猫が逃げ出したのを見ると、皆川は何事もなかったかのように仕事に戻った。私もまた、たまっている料理を運びに行った。
『人間というのは猫に対してはすこぶる冷淡のようである。ことに自分の利害がかかわるとそうなる。おそらく実子の報告もあって店内での騒動について仔細は伝わっているだろうから、ざっと書くだけで済ます。客は逃げ惑う実子を見ても、助けようと気を起こしはしなかった。それどころか、嫌悪するしぐささえ見せた。おそらく食事に実子の毛が入るのを嫌がったのであろう。また店の者たちが実子を邪険に扱い、また追いかけまわした理由であるが、これはまったく店の忙しさに理由があった。私がここで忙しさを持ち出したのは決して、忙しさが彼らにそうさせたのだ、などという弁解をするためではない。店の者たちが自分たちの都合を優先して一匹の猫をないがしろにしたという事実をかきだしたいためである。
またこれは指示にはなかったことだけれども、私はのちに猫についてどう思うかという聞き込みを店員たちにした。そうしたところ、大半のものは猫が好きだと答えた。なんと猫を追いかけまわした皆川でさえも猫が好きであると主張した。何でも扱いがわからなくてついああ乱暴なことをしてしまったということらしい。
猫嫌いなのはただ、三井ばかりである。それも嫌いな理由が仕事を邪魔したからだというのである。
三井以外の彼らが猫を好きな理由として、可愛いから、という理由がすべてであった。では不細工な猫はこの世に必要だろうか、と質問したところ、答えは二つに分かれた。いらないと、不細工な猫はいない、だ。彼ら人間は猫を単なる道具と思っているようであった。自分たちを楽しませるための。私は少なくとも、そうした印象を受けた。
結論として、人間は猫に対して可愛いという印象を持ってはいるが、その一方で一匹の生物としての尊厳を認めておらず、場合によっては害することもためらわないということが分かった』
翌日、通達文が届いた。それは猫の歴史に関するものであった。
その昔、猫は人間よりもはるかに偉大であった。そして人間が生まれた時、猫は原始的な人間のために言葉を教え、道具を作ることや火を起こすことを教えた。すべては全く未熟な人間を助けるためであった。
のちに人間は猫にお礼をしたいと申し出た。ところが高潔な祖先はそれを断り、代わりにのちの素晴らしい繁栄によって我らが行為の無駄でなかったことを証明せよ、といった。そして我々は人間が繁栄するのを見守り続けることを誓ったのだった。
それに伴い、猫は人間社会に干渉することを禁じた。人間は人間の社会を作るべきであり、基礎的なことよりほかは猫が口出しすべきではないと。そこで猫は飼い猫となり、野良猫となり人間社会へと溶け込む暮らしをすることとなり今に至ると。
こうした内容の事実を私は通達文で知った。私はこうした事実を見て愕然とした。私たちの祖先がもたらした繁栄の結果がこれなのかと、悲しくなる思いがした。忘恩の輩とはまさにこのことである。自分たちに繁栄をもたらしたはずの猫を虐殺するところまで来てしまったのだ人間は。
私たちの中にはこれまで、人間に決して高い知性のあること、また物を教えることを猫社会の戒律によって禁じられてきた。まさかそれがこんな理由だったとは思いもしなかったが。
だがそれも今日でおしまいかも知れないと思われた。猫が繁栄をもたらした生物は無礼な愚か者となった。であればもう、我々が彼らを見守る理由も消失したように思われる。私はこの時、自信の中で一度、人間を見限った。




