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猫の戦争  作者: 富山晴京
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第四話

 私は天童光輝の住んでいたアパートの一室へと行きついた。ちなみに天童光輝というのはあくまでネット上の名前である。私が運転免許証でこいつの名前を確認したところ、本名は御影光彦ということが分かった。

御影の家の中はひどく汚い。床にはごみが散乱し、そのごみに混じって服などが放っておいてある。そしてすえたような嫌なにおいがする。猫というのは人間のようににおいに鈍感な生物ではない。であるからして、たとえ天童某が平気でいられるでも、私には多いな苦痛であった。もっとも、この悪臭は普通の人間であっても絶えられたかどうかはわからぬ。とにかくそれぐらい臭い。

 私は到底この家で眠ることなど許容できなかったが、やむを得なかった。私は一番きれいだった廊下を片付け、そこに身を横たえた。

 翌日、私は御影の働いていたアルバイトに出勤した。しかし私は彼の勤務する喫茶店に到着してから甚だ困惑した。彼は喫茶店に勤務していたのだが、奴がどのような仕事をしていたかなどわからないし、店の中の同僚も誰が誰だか皆目見当もつかないからである。

 私は早速誰だかわからない中年の女性に会った。

「おはよー御影君」

「おはようございます」

 さ手ここからが重大事だ。どうやって切り抜けたものか。私はこうなればと、目の前の女性を頼りにすることにした。

「すいません、私は何をしたらいいのでしょうか?」

 女性は眉を寄せて私を見返した。

「何って、ホール」

「ホール?」

「ホール」

「ホールとは何でしょうか?」

「え?」

「いや実は私、ここでのことを全く知らないと言いますか、何も覚えていないのです」

「え?何言ってるの?どうした御影君?え、待って待って。御影君だよね?」

「御影です」

「本当に?なんか喋り方変だし、何で覚えてないとかいうの?」

「ええ、記憶喪失、というやつを起こしてしまいまして……」

「え?記憶喪失って、冗談とかじゃなくて?」

「ええ」

「何それ……ていうかさ記憶、無いんでしょ?よくここへ来られたね。シフトとか、道とかはどうしたの?」

「まるっきりすべての記憶が抜け落ちているというわけではないみたいでして。ここへ来なくてはならないということやここへ来る道のりは覚えていたんです。シフトは手帳を見て」

「ああ、手帳ね。写してたもんね、シフト」

「ええまあ」

「そうか、ええ、でも何それ…………川口ちゃーん。ちょっと来てくれる?」

「はーい」

 しばらくすると、二十代くらいの女性がやってきた。エプロンとバンダナをつけている。

「御影君さ、なんか記憶喪失とかになっちゃったらしくて」

「え?」

「でさ、今日さ、御影君いなくても何とかなりそう?」

「いやあ、ちょっと待ってください。それ本気ですか」

「本気っていうか、御影君がそういうから」

「御影君、冗談で言ってるんじゃないよね?」

 若い女性は訊いた。

「はい。本当に何も覚えていないんです」

 女性はしばらく私のことを凝視していた。やがて、女性は私を見るのをやめた。

「ちょっと待っててください。シフト表持ってきますから」

 女性はまたしても奥へ戻っていく、帰ってくるときにはバインダーに挟んだシフト表を持っていた。

「御影君がいないと?うーん、午前中は三人、四人、うわ、午後三時から五時まで二人だけですよ」

「あー、きついね」

「きついですけど、できないことはないですね」

「できれば今日は病院行かせてあげたいんだよね、御影君には。ほら、頭とか打ってるかもしれないし、記憶喪失ってことは。記憶喪失ってさ、そんないきなりなるものじゃないでしょ」

「そうですよね。なんか脳に損傷とかあったらやばいですもんね」

「送ってったほうがいいかな?」

「大丈夫ですか?休憩時間なのに?」

「平気平気。それじゃあ、病院まで送ってくからさ。今日はとりあえず休んでいいよ。もし診察終わって、結果出たらラインとかで送って」

「わかりました」

 私は全く成り行きに任せることにした。なにやら大変そうではあったが、そうするよりほかに仕方がない。私にこの状況をどうこうできるものではないように思われた。

「じゃあ、送ってくるね。行こう、御影君」

「はい。どうも、私にこんなにも手厚くしていただいてありがとうございます。大変助かりました」

 二人は私を凝視した。

「こりゃ重症だわ」

「うん。御影君はこんなこと言わないし」

 二人はそんなことを言った。


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