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7話「治癒」

 母親なら二人とも助けると思った。


 たとえ理不尽な危害を加えられ、息子が殺されようとしても、母親ならそうするという確信があった。


 虫も殺せないような母親が怪我人を見過ごすはずがない。たとえそれが俺達家族を襲った代償であったとしても、それが原因で見捨てることなどない。


 正直、俺はどうすればいいか分からなかった。あの二人を見殺しにするか、否か。だから、母親に頼った。そう言うことにしておきたい。


 しかし「殺したい」ではなく、「殺さなければならない」と言う状況であったことは間違いない。むしろ「救う」か「救わないか」にまで発展していた。


 俺には救うか救わないかの判断が出来なかった。だから母親なら救うと思ったから、二人を救うと判断したわけだ。


 実際カナンも迷っていたのかもしれない。元々向こうが襲ってこなければカナンは手を出さない風だった訳で、二人が降参した瞬間にカナンの標的からは外れていた。しかし二人を救うか否かと問われれば、カナンも詰まっただろう。冗談めかしくても俺に委ねてきたことがその推測の裏づけだ。





 「ユル、そっち持ってなさい。あ、ほら、バランス崩れちゃうじゃない」


 「そんなこと言われたって、力が無いもんはしょうがないだろ。--あ」


 幾らカナンも支えているとは言え、この体では大の大人一人運ぶことは出来ない。ブルームが頭を玄関に打ち付ける音は何とも甘美な物だ。


 「アンタわざとやってるんじゃないでしょうね?」


 「そんなまさか」


 「まあいいわ、面倒くさいから能力使いましょう」


 カナンはブルームを二人では運べないと判断したのか、屈んで両手を玄関と言う木の板に付けると、ブルームの下に魔方陣が地面から浮かび上がる。初めからそうしろと思ったことは言わないでおこう。

     

 「さて、起工」


 魔方陣から直径1mほどの小さな船--と言うよりは舟が練成され、舟が宙に浮かぶとブルームも舟に乗っかる。そして2,3回角を曲がってリビングのソファに行き着いた。


 落ち着いてから分かったことは、カナンの能力は造船師だ。


 漕いで進めるような小舟から舵を切って進む帆船、果てには現代科学の最新鋭、鉄の塊の軍艦まで召還出来る。


 カナンはブルームとの戦闘中に一級、準特級など能力の階級のような存在を示唆する発言をしたが、準が付くと言う事は特級もあるのだろう。数字が低いほど強く、一級の上に準特級、その上に特級があるというのが俺の考えだ。後でカナンに聞いてみよう。





 リビングにある客人用のソファはこの家が屋敷と区分される程度の大きさであることも相まって、人一人寝そべられるだけの大きいのが4つはある。その内2つにそれぞれブルームとキサラギを寝かせ置いた。


 二人とも能力者ではあるが、ひどい出血なので放置することは出来ない。迅速な処置が求められる。


 「それじゃあ治療を始めようかね」


 カナンは腕を捲くり、手首を回す。


 「カナンは医療の心得があるのか?」


 「そう言う訳じゃないわ。能力者には能力を使ってある程度傷を治すことができるのさ」


 「へぇ、そうなのか」


 「尤も能力の種類では出来たり出来なかったりするんだけどさ。アタシの場合は傷口を塞ぐ位が限度だから、後は医者を呼ぶしかないわ」


 「--と言う事は、サラは治療出来ないのか?」


 母親は屋敷に戻った時点でまだ気絶していたのでカナンが寝室に運んだ。外傷は意外にも無く、鼓膜は破れたかもしれないが、カナン曰く一週間もあれば治るらしい。


 「ええ、残念ながら。でも大した怪我はしてなさそうだったから、後で医者を呼んでそれにまかせましょ。--ああそうだ、セフィアをほったらかしにしていたわ。(セフィアにとって)知らない人達に囲まれて泣いたりしてないかしら……」


 カナンはセフィアの事を思い出したら急に狼狽し始めた。案外親馬鹿なのか。





 そんな訳で俺とカナンは俺の命を狙った奴を介抱している。ソファとカーペットは血みどろになってしまったが止むを得ない。どうせ金はあるんだから新しいのを買えば良い。


 「さて、[艦船医療術]」」


 カナンは空中に半径30センチの弧を描き、その弧の軌跡から魔方陣が生まれた。さらに魔方陣の中から医療キットのような物が出てきた。


 「しかし二人ともひどい有様ね。ユルも加害者なんだから手伝いなさいよ。そうね、包帯を巻いて頂戴。アタシはこっちの尖ってるのやるから、ユルはそっちのちっこい方頼むわ。包帯はただ巻き付けるだけで良いから」


 カナンに包帯を投げ渡された。包帯を手に取った瞬間魔力の流れを感じた。成る程、カナンの能力で召還された包帯なら、能力が掛かっていても不思議ではない。


 「ああ、問題ない。--一応こっちからも言っておくが、そっちのトゲトゲがブルームって名前で、こっちのがキサラギって名前らしい」


 「ええ、わかったわ」





 キサラギを寝かせているソファを俯瞰する。皮肉にも自分が殺そうとした方を回されてしまった。包帯を投げ渡された以上やるしかない。


 深く被った白のフードで表情が分からないのでフードを捲る。後頸部から刺したため血はあまり付いておらず、純白の衣のように穢れ一つ無い純粋な白の髪を初めて認識した。首まで届かないくらいの短い髪、しかし裏側は純白から一転して赤黒く染まっている。


 艶かしい唇からは僅かな光沢を確認した。改めて全体を俯瞰すると、体系はゆったりとしたローブのせいで分からないが、ローブの隙間から見せる足はすらりと伸びて健康の良さを感じさせる程良い肉付きと、普段から美容を意識していそうなすべすべととした肌白さがあった。


 「--っん、んん……」


 苦痛に顔を歪ませ、痛みから逃げるように足を擦り合わせ、唇を震わせて苦しそうに喘ぐ。その様子は並みの女性より女性らしいエロスを感じる。


 こいつ、男にしては大分女っぽいな。まあ世界は広いんだから女っぽい男なんていても不思議じゃない。第一キサラギの一人称は「僕」だ。「僕」と付ける女なんか劇場や劇画にもいない。


 取り合えず包帯を巻くために服を脱がそう。ローブを剥ぎ取るため手を掛ける。





 もにゅ。





 もにゅ? 念のためもう一度。





 もにゅもにゅ。





 うん、あれだ。


 キサラギは女だった。





 いや、思い当たる節は色々ある。ローブに隠れて見えなかったが、近くで見た体形は女のそれだった。


 さらにキサラギがつじつまが合う行動もある。例えばブルームとキサラギが親友だとしても、命を捨ててまで敵討ちに出るのはあまり納得がいかない(ありえなくは無いが)


 しかし、恋仲だとしたらどうだろう。俺がリュックサックから出る前の軽い会話でさえ恋人同士の会話と見ることも出来る。


 それだけの理由があってもキサラギを女を認めたくなかった。


 だって、「ボク」だぜ? どういう経緯があったか知らないが、あり得ないだろう。


 いや本当に。


 カナンにキサラギを任されたと言う事は、カナンもキサラギを男と思っていたのだろう。だったら俺は悪くない。悪いのは一見で女と思われないキサラギだ。





 とは言ってもやることは変わらない。ローブをリッパーで切れ目を入れ、引き千切ると朱に染まった胸元が露わになる。


 --絶句した。


 能力者でなかったら間違いなく死んでいる。キサラギの胸元は背中から突き破られ風穴が開き、心の臓が露出している。俺の攻撃は元から心臓には届いていなかったが、血管を突き破られて尚ドクドクと脈打つそれは、残酷なまでに俺に自責の念を与えた。心臓の側には、血流が止まって赤血球が見えそうなほど鮮明な血管がひしゃげて俺と目を合わせていた。


 これを俺がやった事実から目を背けてはいけない。


 よく見ると心臓に魔方陣が張られてある。魔方陣は露出する血管と心臓の間に繋ぎ止めるように張られていて、出血を最大限抑えているものと考えられた。キサラギの能力は不明だが、ブルームのような物体的な物ではなく、精神とか自然現象的な物に作用する能力のような気がする。


 逃げるわけにはいかない。包帯を巻くのだ。キサラギの右胸に包帯を置き、左に転がす。


 「ん、うぅ……」


 傷口を刺激されたことで声を漏らす。気にせずキサラギの上半身を持ち上げ背中に手を回す。俺の力ではひっくり返すことは出来ないし、出来たとしてもキサラギの体に負担が掛かるだけだからやらないだろう。それに、傷口を見て耐えれる自信が無い。自分でつけた傷となれば尚更だ。


 背中は激しく血が露出し、手を掛けるとぬるりと滑る。それがキサラギの血である事は間違いないが、経年劣化した排水溝を触っているような不快な気分になる。


 身長のせいで背中に包帯を回す時は自然とキサラギに体を寄せるしかない。特に背中に伸ばし終えて再び前面に回す瞬間は、キサラギの胸に体を突っ込む形になる。パン生地のように柔らかい二つの果実が俺の頬になすりつく様は大変なよなかで甘美だが、それ以上にサバンナの肉食獣の唾液に真赤の染色液を混ぜたような液体が頬を朱に染める為、マイナスが上回る。


 「カナン、終わったぞ」


 苦心の果て包帯を巻き終えた。俺の全身は血みどろだ。他者が見たら俺がキサラギを殺した図にしか見えない。実際殺そうとしたのだが、それは気の迷いである。[何者か]のせいである。


 「刺繍が無いってことはあいつら・・・・じゃないのか。--ああユル、良くやったわ。それにしてもひどい有様ね」


 カナンはぼそっと呟いた。あいつらとは何だろうか、カナンにはブルームとキサラギの組織に思い当たる節があるのだろうか。


 カナンは血まみれの俺を見て若干引いている。俺だってこんなのは嫌だ。


 「俺の体じゃ密着しないと包帯を付けられなかったからしょうがないだろ。むしろなんでカナンはそんなに綺麗なんだよ」


 「それは--アタシだからだよ」


 なんじゃそりゃ。


 ブルームの方を見ると、ミイラのように顔を覗いた全身が包帯で包まれていた。心臓一点をやられたキサラギと違って、全身を満遍なく打ち付けていた故の状態だ。


 「兎も角細かい話は後でいいからさ、体洗ってきなさい」


 カナンに促され俺は体の血を洗った。このまま体に一生残るのではないかと思われた鉛臭は意外にもすぐ消えた。それが[何者か]の仕業と知るのは今日の深夜、俺が熟睡する時を待たねばならない。





 「サラ、耳以外の体の痛みはないか?」


 カナンははっきりとした声でゆっくりと語りかける。


 「ええ、大丈夫。心配してくれてありがとう」


 母親は自室のベッドを椅子にして座っている。耳には包帯が巻かれているが、魔力を介さない普通の包帯であるため応急処置の域を出ない。包帯からはうっすらと赤い染みが漏れ出ている。それを見ていると二人を救った事を後悔する感覚に襲われるが、それは間違っている。誰も死んでいない。誰も悲しむ必要は無いのだ。


 鼓膜は破れても何も聞こえなくなるわけじゃないらしい。但し放置すると大変なことになるので医者に見てもらう必要がある。ブルームとキサラギも同様で、能力の掛かった包帯を巻いて傷口を塞いだとは言え、失った血が元に戻るわけではない。しかしこの町にサラは兎も角。重体の能力者二人に手を施せる医者は存在するのだろうか……。


 「それで何があったのか、説明してくれる?」


 「ああ、アタシから説明するよ」


 カナンは母親に二人のこと、俺の能力の事を嘘偽り無く説明した。その間ひたすら胸が痛かったが、言い様の無い開放感があった。自分を偽らなくて良い、それだけで心が綿のように軽くなった。


 しかし、カナンは俺がキサラギの心臓を刺したことは言わなかった。母親を気遣っての行為だろうが、新たに秘め事を作ってしまったようで快い気分ではなくなった。下手したらこの自責の念は一生ついて回るかもしれない。


 「お母さん、俺は……」


 しかし言うべき言葉が口から出て来ない。胸の奥から咽びあがっては唾と共に飲み込まれていく。


 狼狽していると、母親は天使のように微笑んで俺の頭を撫でる。


 「大丈夫、分かってるから。自分を押さえ込む必要はないわ」


 「そう……だな、そうだよな。母さん、俺はこんな子供っぽくない可笑しい餓鬼でも、変わらないでいてくれるのか?」


 俺の震えた声を聞いて母親はふっと笑った。


 「あたりまえじゃない。それが家族でしょ」


 「ったく、変な心配してんじゃないよ」


 カナンに背中を強く叩かれた。叱咤激励のその一撃は心に響く物があった。


 「それでサラとユルに危害を加えた奴らの話だけどさ。あいつら・・・・じゃなかったけど、サラはどうしたい?」


 カナンは少し声色を変えた。言い聞かせるような、囁くような低い声だ。


 「どうって……?」


 サラは何とも言えない風で眉をひそめる。


 「正直言ってアタシはあいつらを許す事が出来ない。ユルもそうだろ?」


 「まあ、そうだな」


 殺す事こそ願わないが、このまま手当てだけして無事に帰すなんてことはしたくない。でも、彼らを傷つけることは正解ではないと思う。


 「奴らの怪我が治ったらみすみす奴らのアジトとやらに帰していいのかい? アタシは生かしたらまた襲ってくる可能性のほうが高いと思うけど」


 「そうねぇ……」


 母親は手を丸め、人差し指だけ第一関節を上げ、唇にその上がった人差し指を当て、考え込む。暫くして唇から人差し指を離して、手を叩いて端正な口を開く。穢れを知らない天使のような笑みを浮かべて。


 「その人達とお話しましょ。もしかしたら悪い人じゃないかもしれないわ」


 「は、はぁ? 何言ってるんだい!? サラの鼓膜を破壊したのは紛れも無く奴らだし、ユルに至っては誘拐されかけたんだよ?」


 母親の楽観的な言葉にカナンは呆然とする。


 「でも、その人達も怪我したのでしょ? だったらお相子じゃない。あ、でもユルに悪さしたのは母親として許せないかな」


 「--流石はサラね。ある意味天晴れよ」


 カナンは諦めたように溜息を吐いた。


 「とは言え結構な重傷だからそんな直ぐには目覚めないでしょう。--そうだ、セフィアを迎えに行かなくちゃ。一応知り合いの元に預けたけど、セフィアのことだから泣いているに違いないわ。困ったわ……」


 カナンは露骨に焦り始めた。こうなるといつもの厳しくて面倒見が良い母親の顔だ。


 「普通に迎えに行けばいいじゃないか」


 俺が当然のような助言をするとカナンは少しむっとする。


 「伏兵が隠れているかもしれないから今家を離れるのは危険だわ。せめて周囲の安全を確認してからじゃないと」


 「いや、奴らの会話を聞いた限りじゃブルームとキサラギの二人しか来てないと思う」


 「あ、そう。じゃあユル、行ってきてくれる?」


 「は?」


 「いやさ、ほら、サラはこの有様だから外出は厳しいし、アタシは二人を見張ってなきゃいけないから。まさか子供だから一人じゃ行けないとは言わないわよね?」


 うぐ、痛い所を突いて来る。俺の本性を顕にした以上なまじ断ることが出来ない。


 「分かったよ。どこに行けばいい?」


 「シザス公園付近にある「カルディ」ってコーヒーショップだ。アタシはそこの店主と顔なじみだから店に預けてある。公園には何度も行っているから道は分かるだろ? 子供じゃないんだしさ」


 「分かったよ。後一言余計だ」


 「いいじゃない。だって子供と違うんでしょ?」


 カナンは体を震わせて今にも噴き出しそうだ。悪意しかない子供じゃない扱いは後日改めさせてもらおう。でないと恥ずかしくて死ぬ。俺が。


 「でもユル一人じゃ不安だから、私も行くわ」


 母親がおもむろに立ち上がった。


 「いや、母さんは良いんだよ。俺一人で行くから」


 「なんだい、サラに対してはそんな控えめなのかい」

 

 「カナン、少し黙ってろ」


 俺がそう言うと、母親が口元を抑えて小さく笑った。


 「か、母さん!? 何笑ってんだよ」


 「ごめんね、馬鹿にしてるわけじゃないのよ。ただ、慣れないから」


 「ったく、これだから嫌だったんだ」


 俺は煽ってくる二人を他所にセフィアを迎えに行くことにした。

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