第七話 興奮したあとに訪れる賢者モードでは、シリアスな思考になりやすいですわ。
ちょっとシリアスが入ります。
言いましたわね? いいって言いましたわね? 撤回はさせませんわよ? 約束を絶対に破ることのできない契約魔術とか発動させちゃいますわよ?
いいですわよね。
「 『万物の神の名において、我がエレオノーラ・ベルクヴァインとランベルト・ヴァルテンブルクの契約を交わす。魂に刻まれるこの契約を破るならば、神々の怒りによって罰が下されるだろう。』 わたくし、エレオノーラ・ベルクヴァインは、ランベルト・ヴァルテンブルクにひとつを望み、ランベルト・ヴァルテンブルクのひとつの望みを叶えましょう。」
「私、ランベルト・ヴァルテンブルクは、エレオノーラ・ベルクヴァインにひとつを望み、エレオノーラ・ベルクヴァインのひとつの望みを叶えましょう。」
はい、決定。もう撤回はできませんわ。神々と呼ばれる者たちを呼び出した以上、目的を履行しなければ、怒りをかいますものね。陛下もひきつった顔で、わたくしの言葉に応えておりますわ。
わたくしと陛下は、わたくしの髪から引き抜いたピンを指に刺し、指を重ねて血を混ぜ合わせました。さすがは凶器と呼ばれる淑女の道具第三位。ちなみに一位はコルセットで、二位は無駄に重くて大きい針金のパニエですわ。
「 『契約は交わされた。何人にも破ることはできない。』 」
そう言い終えた瞬間、一瞬だけ視界が歪み、眩い光が放たれ、強い衝撃が身体を襲いました。これで完成ですわね。
「おっまえ……なんつーもん呼び出してんだよ!」
「…………まあ、何事もなかったからよかったではありませんか。わたくし、エレオノーラはベルクヴァイン公爵家から離れ、王城で暮らすことを望みます。陛下も、わたくしがひとつだけ願いごとを叶えますので、考えておいてくださいましね。では。」
怒るのも無理はありません。強く魔力を持つ古語で、精霊どころか、神、しかもすべての神々に誓ったのですから。わたくしが陛下だったら、絶対に怒ります。ガチギレです。
こうなったら、言い逃げですわ。
「ルードヴィヒ殿下! 脱出いたしますわよ!」
「あいあいさー。」
わたくしの魔力で魔術を書き換えると、素早く部屋を脱出いたしました。惨殺の魔女というちょっとアレなネーミングセンスの渾名を冠したことのあるわたくしとしては、この程度の術式を書き換えるなど、造作もないことです。
魔石が壊れた気がしましたが、気のせいでしょう。
陛下が何か言っていた気もしますが、気のせいでしょう。
「この部屋、外に出られないはずなんだけどな……。」
……………気のせいでしょう。
王宮の、謁見の間から一番遠い廊下で、ようやく息を整えられました。
すれ違った者たちの視線が痛いですが、わたくしは気にしませんわ!!
そして当たり前のようにルードヴィヒ殿下が隣におりますわね。まだ付いてきていたのですね。わたくしと比べて、そちらは息ひとつ乱しておりません。邪悪なドヤ顔がとても腹立たしいですわ。
正直、殿下とは改めていろいろ話したいことがありましたので、結果的には付いてきてくれてよかったのでしょう。
記憶を取り戻したばかりのときは、わたくしも殿下も初めて自分と同じような存在に出会えてテンションがおかしくてまともに話せる状態ではなかったですし、そのあとは謁見の間へ連行されましたし。
ですから、ベルクヴァイン公爵家にいたくないから王宮で暮らしたい、という言葉はほとんど建前で、ルードヴィヒ殿下に近付きたい、というのが本音だったりいたしますの。
ですが、さすがに先ほどの陛下との話は、性急すぎたと思いますわ。
あの契約魔術など、五歳の子供が使えるものではありませんし。長く生きた賢者レベルでなければ使えない魔術ですし。ていうか禁術ですし。
絶対に警戒されますわね。いくら嘘を見破る魔術がかかっていたとしても、その魔術を書き換えて謁見の間を出ることができるほどですから、目的が知れたものではないでしょうし。そもそも陛下の軽い態度も、半分くらいはこちらを油断させるためだったようですから。
もっと別の方法があったと思いますわ。
ですが、それだけわたくしも焦っていたのです。
虚ろな世界に、確固たる存在というものは今までありませんでした。
自分ですら、いえ、自分が一番作り物めいて感じられ、すべてが紛い物に思えるこの世界において、わたくしと同じ経験をした者がいるという事実に、どれだけ救われるか……。それだけで、わたくしがおかしい訳ではないと、異物ではないと肯定されたように思えるのです。
だからこそ、ルードヴィヒ殿下が消えてしまうのではないか、なんて考えてしまったのです。
“焦り” などという感情を覚えたのは、はたしていつぶりでしょうね。
まあ、それはそれ。反省はあとにして。
「これは独り言ですが。わたくし、未来の王子妃として教養を深めるために、王城内の蔵書館へ向かおうと思っているのですが、その道筋で、たまたま誰かと出くわすこともあり得ると思いますの。」
「私も独り言ですが。少々暇をしておりまして、時間を潰すために蔵書館へ行くつもりなのですが、同じ目的地へ向かう誰かとどうしても行動が一緒になってしまうのは、仕方がないことだと思いますな。」
まあ。ノリがいいですわね。ルードヴィヒ殿下。
「あら、王弟殿下。失礼ながら、蔵書館へ行かれるとの言葉が耳に届いたのですが。実はわたくしも蔵書館へ向かおうとしていたところなのです。エスコートをお願いできませんかしら?」
「おや、それは面白い偶然ですな。これも何かの縁。未来の姪となられるエレオノーラ嬢の願いならば、お受けしない理由はございません。お手をどうぞ?」
「ありがとうございますわ。殿下。」
見たところ人はいないようですが、誰が見ているかわかりませんので、こんな茶番を演じるくらいがちょうどいいでしょう。腰を据えて話すなら、人の来ない蔵書館にしましょう。
では、殿下。お話しいたしましょう?
ですわ口調が難しい……!




