第六話 かつらとか育毛剤という言葉を口にすると、ピクッとされる方が常に一定数おりますわよ。
暇です。正直、暇です。何度でも言います。暇ですわ。
ただ今オーバーヒート中の陛下の復活を待っております。部屋の隅に、ルードヴィヒ殿下と二人で膝を抱えてうずくまっております。無言ですわ。
そうだ! あれをやりましょう。今も昔も、三百六十五日欠かさず幼女が狂ったように遊ぶ “あれ” 、どんなお姉様もおネェ様も一度は通る道、それは……。
「ルードヴィヒ殿下。“家族ごっこ” いたしましょう。」
もちろん拒否権はございませんわ。
◇◆しばらくお待ちください◆◇
「もう我慢の限界です。付き合っていられませんわ! いくら政略結婚とはいえ、ここまで女遊びの激しい方だとは思いませんでした。実家へ帰らせていただきます。我が公爵家との契約はなかったことにされると思われるよう。」
「待て! 待ってくれ! 違う、誤解なんだ! 私が愛しているのは君だけだ、エレオノーラ! あれは………あれは、あの魔女に騙されたんだ!!」
「あら、自分の罪を女のせいにするとは情けないですわね。そのうえみっともなく追いすがるとは……汚らわしい。それと、もうわたくしのことを名前で呼ばないでくださる? ヴァルテンブルク侯爵?」
「こいつ………こっちが下手に出れば付け上がりやがって。大人しくしろ! エレオノーラ・ベルクヴァイン!」
「あらぁ? 公爵家の者であるわたくしに刃向かうんですの? たかが侯爵家風情が?」
「はっ! 身分を振りかざさなければ何もできない女狐め!」
「キーッ! 何ですって!?」
「…………ねえ、何やってるのかな? 陛下ちょっと疑問だなー。」
「あら、陛下。ようやく戻ってこられたのですね。ずっとお待ちしておりましたのよ?」
「ああ、兄上。ようやく気がついたのですね。心配いたしました。」
「嘘だよね! 絶対嘘だよね! なんか今すっごいノリノリで遊んでたよね! 陛下のこと忘れてなかった? ねえなんで黙るの? なんで目を逸らすの?」
「どうどう兄上。兄上も家族ごっこの仲間に入れて差し上げますから。そんなに怒らない怒らない。ハゲますよ。」
ルードヴィヒ殿下が陛下を宥めます。まあ、陛下ったらそんなに家族ごっこがしたかったのですね。一国の王が家族ごっこ………いえ、考えるのをやめましょう。誰もが童心に返りたくなることがありますものね。
「うっさいわ! 陛下の頭髪はふっさふさだわ! それにルードヴィヒ! 今馬を宥める感じだったよね? 陛下馬じゃないよ? あとさっきの、家族ごっこだったの? すごい家庭環境だね! そしてエレオノーラ嬢! 可哀想なものを見る目はやめて! 痛い、心が痛いから!!」
「すごいですわ。陛下。見事なツッコミコンボ。そして頭髪についてまっさきに言いかえすさまは、密かな焦りを感じましたわ。」
「大丈夫です、兄上。この世には育毛剤という素晴らしい物がある。まあ、私には関係のないことですがね。私の髪はふさふさですからな。私の髪はふさふさですからな。私には関係のないことです。」
「うわぁ。うわぁ。二人の発言にすごい悪意を感じるわ。やめて。本当やめて。陛下見た目ほどメンタル強くないから。威厳がある感じにしてるだけだから。ルードヴィヒ、二度も言わないで。」
「あら、申し訳ありません。ですが、この部屋では嘘がわかると聞きましたから、下手に煽てられて嘘だとわかるよりは、最初から真実を申し上げた方が傷は浅いと愚考いたしましたの。」
「そうだよ! そうだけどさあ! 陛下はもっと言い方ってものがあると思うんだ。」
「あら、それは申し訳ございませんわ。」
「心にもない言葉をありがとう!」
この会話で、陛下に対してわたくしはこう思いました。
陛下が頭髪を気にしていること? 陛下が打たれ弱いこと?
いいえ。わたくしは考えたのです。
あれ? 陛下って案外簡単にまるめ込めるんじゃね? と。
いえ、もちろんこの方は一国の王で、不利になる条件をのむなど万が一にもあり得ないでしょうが…………あり得たら困りますわ。けれど、自分に不利ではなく、利益すらある取り引きでしたら、多少釈然としなくても押せ押せでどうにかなる気がしますの。いいえ、させますわ。
とはいえ、わたくしが望むのはそんな大層な要求ではございません。
ベルクヴァイン公爵家から離れたいのです。いや、ね? 政略結婚で産まれた子供が可愛いと思えないのはまあ、理解できますわよ? ですが、一日中部屋に閉じ込めて、人と接するのは家庭教師の先生がいらっしゃったときと、侍女が食べ物を持ってくるときだけ、というのはどうかと思いますの。
しかもその家庭教師と侍女とも、必要最低限しか話したことがないのです。
と、いうことで。
「陛下、わたくし、王宮に引っ越しますわ。」
「え、え、どうしてそうなった? 少しの間で、何がどうしてそうなった? しかも断定?」
「理由はどうにでもなるでしょう。わたくしがレオンハルト殿下の近くにいたいと駄々をこねた、王子妃教育のため、いきなり倒れた未来の王子妃であるわたくしに何か病があるかもしれないから、設備の整った王城で治療する………などなど。最悪、王の勅命を出せば、皆従うでしょう。」
「あ、スルーされた。」
「でなければ、実は陛下も幼女趣味で、王弟と共に、人のいない謁見の間であんなことやこんなことをされたと言いふらしますわよ。」
「え? もしかして陛下脅されてる? 逆のつもりだったんだけど。………だけど、そう簡単に許可を出す訳にはいかないことはわかっているよね? 理由によっては、君に刑罰を与えることもいとわないよ、エレオノーラ嬢。」
でしょうね。むしろ、簡単に許可を出されたらびっくりですわ。陛下の頭のなかに虫がわいているのか、切り開いて確認しなければならなくなりますもの。
「理由は簡単です。ベルクヴァイン公爵家にいたくないからですわ。ネグレクトです。幼児虐待です。あんなところにいたら鬱になってしまいます。だから五歳にしてこんなに擦れた子供になるんですの。陛下やその周辺の方の害になる行動はいたしません。直接的にも、間接的にも。」
「擦れてることに関してはちょっとどうかと思うけど、真実、だね。」
「ええ。それに、五歳から引き取って教育を施せば、十年も経つと王家に忠実な駒の完成ですわよ。」
「うわー、それ言っちゃうかー。陛下もちょっとそれ思ったけど、それ言っちゃうかー。けど、まあ、嘘は言ってないし………
いいんじゃない?」
はい、言質取りましたわー!
次は、次は陛下の名前を出す。絶対出す。今回は出てくるはずだったのに、いったいどこへ消えたのだろうか………。