第四話 現実逃避は有効な防護だと思いますわ。ばれたとき以外は。
国王陛下のあとに続いて歩いて行きます。わたくしが倒れる前にいた謁見の間へ向かう道筋、陛下、無言。わたくし、無言。そしてなぜか付いてきたルードヴィヒ殿下、無言。なんであなたついてきましたの? 床にコツコツと靴音が響くだけです。
たまに侍女や侍従などとすれ違ったりしますが、皆すっと脇にそれて頭を下げ、通り過ぎて行くだけ。つまり、無言。無音。
衛兵二人がすごく気まずそうですわ。
陛下を見上げると、穏やかに微笑まれました。ルードヴィヒ殿下にも、あくどく微笑まれました。
いえ、あなたではありませんから。
思わず鼻で笑ってしまいましたわ。
ルードヴィヒ殿下がむっとした顔で足を引っかけてこようとしてきます。もちろんわたくしは華麗によけて、踵のヒールで足先を踏んで差し上げましたが。まったく、幼気な五歳児に対して、大人気ないにもほどがありますわね。
跪いて足を押さえるルードヴィヒ殿下を、髪をうしろにはらって見下ろし、勝ち誇って陛下を追いかけました。
わたくしに刃向かうからそうなりますのよ。
衛兵が微妙な表情でわたくしと殿下の攻防を見ておりましたが、この際気にすることはないでしょう。陛下は気付いておりませんし。
わたくしが振り返ると、なんと殿下はもう追い付いていました。チッ。わたくしを追い越して振り返ったときの顔が、とても頭にきます。
…………わかりました。その挑戦お受けいたしましょう。そちらに大人の長い足があるのならば、こちらには小回りの効く小さな身体がありますわ。せいぜい無様に転ぶといいのですわ!!
戦いは壮絶でした。いろいろあって、謁見の間につくまでに、わたくしは必殺技を出しきり、殿下はリーチの長さに奢らず名密な技術を使い、戦いを通してお互いの内面を知り、憎き敵からよき盟友になりました。結果は引き分けでしたわ。
謁見の間についたとき、ちょっと目的を忘れていたほどです。
謁見の間に入りました。人払いをされました。ルードヴィヒ殿下は逃げ遅れていらっしゃいました。きっと先ほどの戦いで足がつっていたのでしょう。
そして、陛下に凝視されております。
わたくし、何かしました?何か罪になることをしました?
…………あ、してましたわ。思いきりしてましたわ。王弟を殴ってヒールで踏んで、暴言を吐きました。ねえ不敬罪? 不敬罪ですの? 処刑?
おそらく死ぬことはないでしょうけど。十八歳の処刑の日まで、何をしても死ぬことはありませんから。自殺をさんざん試みたことのある身ですので、確実です。
唐突に陛下が壁に埋め込まれた宝石に触れて、魔力を込め始めました。
まあ、ただの悪趣味な大きい宝石だと思っていたあれは、魔石でしたのね。
よかった。わたくし、この宝石を見たときに、少々陛下のご趣味を疑いましたの。
書き込まれた術式は……何かの感知系に、外部からの接触防止、あと…………盗聴、覗き防止。契約魔術もありますわね。封印の術式に似ている気がするのですが、何でしょう。もう少し近くで見たらわかりそうなのですが…………。
「これは魔石だ。書き込まれた術式は、外部からの接触、盗聴、覗き防止に……」
なんと、陛下みずからが説明してくださいました。知ってます。とは言えない空気ですわね。普通は見ただけで術式なんてわかりませんし。
「……それと、この部屋であったことを外で話せなくなる契約魔術だ。契約対象はこの部屋に入った者。この魔石に魔術を込めると発動する。さらに、この魔術を発動された場合、相手が嘘を言っているか術者にわかるようになっている。………おっと、動くなよ。外部からの接触を断っているとはいえ、俺が呼べば衛兵がすぐにくるから、変な気は起こすな。」
最後の言葉はルードヴィヒ殿下に向けられたものでした。釘を刺された殿下は浮かせた足をそっと下ろしました。
………………陛下!あなたが思っているようなことではありませんから! つってしまった足を揉もうとしただけですから! 揉ませてあげて! ちょっと殿下の足がぷるぷるしておりますから!!
というよりも陛下、あなた口調が違いますわね。そちらが素なんですの?
「単刀直入に言おう。何を企んでいる? エレオノーラ嬢、さっきの言葉は嘘だろう? それにルードヴィヒ。昨日までとまったく雰囲気が違う。もう一度言おう。嘘をつけばわかる。言え。」
それにしても、ただの封印ではなく、無理やり破ると代償を払うことになる契約魔術を刻むとは制作者のいやらしs……ではなく、用意周到さが表れておりますわね。
ですがやはり年代物だからでしょうか。少し欠陥がありますわ。この契約は、 “部屋のなかにいる者” が対象者ですから、つまり陛下も対象内に入ってしまいます。嘘の判断の魔術については、そうでもないようですが。この術式は、契約魔術などの術式に対し、割と最近に刻まれたようですわ。
だけれどやはり昔の術式。現代ほど最小限に最適化された魔術陣ではないため、嘘判断の術式が、お互いの力を邪魔しない程度に契約や防止の術式に重なっております。だから改良ができなかったのでしょうね。
それに…………
現実逃避をしておりますと、ルードヴィヒ殿下にそっと指でつつかれて我に返りました。正直邪魔だったので睨みつけると、殿下は何か焦っているようでした。本当になんでついてきましたの? しきりに顎でうしろを示すので、しぶしぶうしろをふりかえると……。
あ。
陛下のこと、すっかり、完璧に、綺麗さっぱり忘れておりましたわ!!
睨まれております。すごい睨まれております。ですわよねー。自分が真剣に話しているのに、相手がアホ面で何も聞いていなかったら、すごい腹立ちますわよねー。
……………こうなれば、 “あれ” を発動させるしかありません。
ルードヴィヒ殿下と鋭く視線を交わします。
『死なば諸共。逃げんじゃねえぞ。』
『あたぼうよ。』
実際にそうだったかはわかりませんが、気分的にそんな感じだと思いますわ。
そして、わたくしとルードヴィヒ殿下は、国王へ挑むのでした……。
陛下の名前をまた出せなかった………。
このラスボス系陛下が徐々にヘタレていきます。