第二話 マイナーな同士と出会うとテンション上がりますけど、そこを知り合いに見られると気まずくなりますわね。
おはようございますこんにちは。ただ今死に際を思い出したショックでの気絶から目が覚めた、エレオノーラ・ベルクヴァインでございます。
ここは王宮の治療室のベットの上です。
気絶する前は、婚約者であるレオンハルト殿下との初対面でした。まさに恋する乙女という風情だった初々しい五歳児が、いきなり奇声を上げて倒れたのですから、皆様相当驚かれたでしょうね。
ですが、それも仕方がありませんわ。小さな子供が、運命の王子様だと思っていた方に処刑されたり処刑されたりたまに発狂したりする記憶を思い出したら、混乱するのも無理はないでしょう。
そう、無理はないのです。
「…………何が言いたい」
「つまり、そんな絶望の記憶を思い出した幼子が、目を覚ましたら目の前に人相のわr……んんっ、少々厳しい表情の男性がいたら思わず平手打ちをしてしまうのも仕方のないことだと思うのですわ。誰とは言いませんが」
そう、隣のベットで頬を押さえてこちらを睨み付けているルードヴィヒ・ヴァルテンブルク王弟殿下へ言いました。
大の男がいじけているのを見ることほど気持ちの悪いものはございませんわね。
どうやらルードヴィヒ殿下も、わたくしと同時期に記憶を取り戻し、その奔流で気を失って、ここへ運ばれてきたそうですわ。ルードヴィヒ殿下の身体がある程度成長していたからか、割と早く意識が戻りわたくしを発見。そして、前回の処刑のこともあり、あれ? もしかしたらこの子も記憶を取り戻すんじゃね? と考えて不躾にも淑女の顔を観察していたところを、わたくしにはたかれたという訳らしいです。
確かに気が急いていたのはわからなくもないですが、いくら王族で、相手が子供とはいえ、許可もなく婚約者でもない女性の顔を覗き込むのは失礼だと思いましてよ。
まあ、確かに叩いたことは申し訳ないと思いますし、王族に危害を加えたとなれば恐ろしいことになるとは思います……が…………。
わたくしは今、それ以上の危機が迫っているのです。
なんとルードヴィヒ殿下は、その悪鬼のごとき眼力を除けば、 “ボクチンパパにもぶたれたことないのに!” と今にも言い出しそうな格好をしているのです。
ストイックな悪役美形が……パパとか…………ぶふっ……
わたくしの腹筋よ、耐えなさい……! 拷問器具の一種としか思えないコルセットで鍛えられたわたくしの腹筋、今こそその真価を見せるときですわよ…………!!
「パパにもぶたれたことないのに! とか言いそうですわね。言ってくださいませんかしら」
あら、口に出してしまいました。
「それは私もすごい思った。噴き出すのを耐えきったのは尊敬に値する。だが、ここは兄上だな。私はほら、忌み子だから、父上は触りもしなかったからな」
そう、ルードヴィヒ殿下は “忌み子” と陰で囁かれているのです。
十五を過ぎた男を忌み “子” って……。秘されている王宮の平均年齢が垣間見えましたわね…………。
理由はとしては、今までの王族は、皆金髪碧眼か、それに類ずるものだったのですが、ルードヴィヒ殿下は黒髪に赤い目なのです。その異形っぽい外見を揶揄されていたのでしょう。人相が悪いくせに無駄に色気のある顔もよくなかったようですわね。やっかみもあったのかもしれません。男の嫉妬は醜いですから…………。
当時の王妃様は茶髪でいらしたので、不貞の子、とも呼ばれていたそうですわ。
お可哀相に……。こうしてルードヴィヒ殿下は擦れていったのですね…………。
ですが気になることがございます。確かに当時の王妃様は茶髪ではありましたが、その王妃様の母方の祖母が異国の令嬢だったらしく、黒髪だったと耳にしたことがあるのですが……。
「もしかして…………隔世遺伝という言葉をご存じなかった…………?」
わたくしの言葉に、ルードヴィヒ殿下は沈痛な面持ちで首をふりました。
失礼でしょうが、少々当時の治世が心配になってしまいましたわ。
そんなわたくしの心をさっしてくださったのか、ルードヴィヒ殿下は、とても清々しい…………だろうと思われる笑みを浮かべて、こうおっしゃいました。
「大丈夫だ。問題ない。当時の政務や私の教育は、すべて家臣がどうにかしてくれていた。多少父上がやらかした名残が残っていいたが、王になった兄上がかたづけた。おかげで私はただ飯食って悠々とひねくれることができた。今は歳の離れた弟の、遅い反抗期を生暖かく見守ってくれている。」
「とても潔い他力本願ぶりですわね! 素晴らしいですわ!」
ルードヴィヒ殿下はニヒルに笑って親指を上げました。
そこでふと気付きました。
「わ、わたくしはなんということを……。王族の方を叩くなんてまねを……。」
そうです。すっかり忘れておりましたが、この方は王族でした。いくら他力本願の虎の威を借りる狐とはいえ、そんな方を叩いた挙げ句、失礼な口をきいてしまいましたわ……。どうしましょう……………。
すると、慌てるわたくしに、王弟殿下は優しく肩に手を置くとおっしゃいました。
「本当に今さらだな。だがいいんだ。私は何の仕事もせずに、国の金で生きている。まさにロイヤルニートだ。この怠惰を享受できるのならば、少しくらい殴られても私は気にしない。もっとも、私の顔面の迫力は兵器級だから、誰もそんなことをしなかったがな……。そんな私の威圧の波動に耐えられた君は勇者だ。そんな君に右の頬を殴られたならば、左の頬も差し出そう!」
わたくしは感動に打ち震えました。確かにルードヴィヒ殿下は、ただのニートではありません。家族の嘆きや怒りに耐え、あろうことか堂々と国の資金を消費している、そう、まさにロイヤルニートなのです。開き直りもここまでくると、尊敬いたしますわ。
わたくしは重々しく頷きました。その覚悟、しかと受け取りましてよ。
目で構えるように合図すると、殿下は泰然と微笑んで、左の頬をこちらへ向けました。
では。いきますわよ!
バチーン!!!!
「ぶったな! 兄上にもぶたれたことないのに!」
「…………何をしている。」
「「あ。」」
陛下でした。
王弟登場。