第一話 そのときは格好いいセリフだと思っていても、あとになって聞いてみるとすごい恥ずかしかったりしますわよね。
と、いう訳で、ベルクヴァイン公爵家の令嬢であるエレオノーラ・ベルクヴァインはサクッと断罪されております。
罪状は、第二王子殿下いわく、
「貴様は今は亡き王妃の縁者であり我が婚約者となった中略。~であり暗殺の咎で中略。よって極刑に後略。」
らしいですわ。
略しすぎですって? ですが、こう何度も同じ罪状を耳にしますと、ねぇ?
いえ、別に第二王子殿下やその側付きの方々、婚約者となったアンネリーゼ嬢を馬鹿にしている訳ではなく、今まで、まあ、発狂したり絶望したり……いろいろございまして、お恥ずかしいことですが無差別連続殺人者になって王都を恐怖に陥れたり、歴代最悪の悪女になって国を破滅へ導こうとしたりいたしましたが、何故か罪状は毎回同じなんですの。きっと世界の意思(仮)なのでしょう。運命なのですわ。
………………とりあえず語尾に運命とさえ付けておけばまるく収まった気になる不思議。
最初は原因が殿下とその取り巻きのボキャブラリの貧困さだと勘違いして、密かに戦慄しておりましたが、今ではそうではないとわかって一安心です。
大変お可愛らしかっtゲフンゴフン。昔のこととはいえ、愛したことのある殿下の語彙がゴブリン並みだとしたら、わたくしは悲しみのあまり死んでしまうでしょう。処刑だけに。ぷふっ。
まあ、くだらないことを考えていたら、断罪は終わっていたようです。殿下たちの晴れ姿を見逃してしまいましたわ。時間は少ししかありませんのに…………勿体ない。
特にアンネリーゼ嬢。涙目でうるうるしながらもきっとこちらを見ている様子が、とても愛らしい……。
きっと、いくら相手の方が悪いとはいえ(悪くないけど)自分の采配で刑を下した以上、最後まで責任を持って見届けようと思っているのでしょう。罪を犯した悪人にすら心を配るその様子は、まさしく聖女ですわ! (悪人じゃないけど)
殿下に寵愛されるのも納得ですね。わたくしが男でしたら絶対にお持ち帰りしていましたもの。
…………殿下。ちょっと殿下!どいてくださいまし。アンネたんが見えないでしょう?
それに宰相令息のユリウス・フィッツェンハーゲン様。その蔑むような目!!
イイ!!! 見た目はまるっきり儚気な美人さんなのに、そのギャップが……!!
いけない、いけないわ、エレオノーラ。あちらに行ってはだめ。あなたは蔑む側だったのを忘れたの!?
強気なあなたを屈服させてみたいわユーリたんはぁはぁ。
…………ハッ!? 失礼。取り乱しましたわ。
そして近衛騎士団団長令息、ヴォルフガング・ゼーバルトと、魔術師団団長令息であるゲオルク・ボーデヴィヒ、大手商家のマティアス・バーテンと辺境伯令息のアルフレッド・リンデンベルク。それぞれ脳筋、根暗、気弱、阿呆。以上。もっとないのかって? ございませんわね。
そして、第二王子であるレオンハルト・ヴァルテンブルク。彼は高貴な……王子で、あー、剣と魔術がつかえて、偉そう……じゃなくて、俺様…………も違う。内弁慶……あれ? 悪化してる? じゃなくて、気位の高い方ですわ。金髪碧眼の、まさに “王子様” で、わたくしの初恋ですの。………………当時は彼以外に同じ年頃の異性が側におりませんでしたけど。
少し微妙な顔で殿下を見てしまったのですが、何を思われたのか鼻で笑われて、ヴォルフガング様に王弟と一緒に処刑台まで引き立てられてしまいました。さすがは殿下。見事なドヤ顔でございましたわ……。
断頭台から見下ろせば、殿下とユリウス様とヴォルフガング様とゲオルク様と……面倒ですわね。ヒロインと愉快な仲間たちと命令しましょう。
そのヒロインと愉快な仲間たちが、愛の寸劇を繰り広げております。もうすぐ人が死ぬというのに、不謹慎だこと。
なんていいながらも、くっ…………わたくしの出歯亀精神が…………疼くッ!!!耐えて!耐えるのよッッ!!こんなシリアスな場面で罪人がニヨニヨしていたら締まらないじゃないッ!!!
結論。負けました。
あらあら、あらあらあら! 殿下がアンネリーゼ嬢を抱き寄せて…………まあ、マティアス様がさり気なく手に口付けを……。意外とやりますわね、マティアス様。手への口付けはあくまで親愛の証。殿下が許すぎりぎりのラインを狙っていますわ。あっ! ユリウス様が機会を窺っております! 次はユリウス様のターン…………?
閑話休題。
我に返りましたわ。
それにしても…………皆さん、疲れないのかしら。
我ながら枯れているとは思いますが、ちょっと当てられてしまいましたわ。
胸焼けで見ていられなくて、視線を彷徨わせました。微笑ましいですわよ? 微笑ましいのですけれど……若いってすごいですわねぇ。この空気のなかで喚き散らすことができたとは、わたくしも若かったのでしょう。
生温い眼差しでそれとなくあたりを見まわすと、同じような瞳をした王弟殿下と目が合いました。
そうですわよね。お熱いですわよね? 恋に燃える年頃ですもの。ちょっと付いていけませんけど。
………………。
…………………………。
……………………………………ん?
えっ、ちょっ、え?
なんで王弟殿下がそんな目をしておりますの!?
悟った? ねえ悟ったの? ってレベルに世俗を離れた目をしておりますわよ。わたくし並みに。わたくしの知っている王弟殿下はもう少し俗物っぽかったはずです。もっとアホの子でもありました。わたくしもそうでしたけど。
……………………。
いや、ね? 確かに二、三十回ほど前から、おかしいな? って思うことがありましたわよ?
少しはっちゃけていたとき、あれ? こんな災厄起こしたっけ? っていうのがいくつかありましたし。
もしかしなくとも、お仲間でしょうね……。
ですが、まだ確定した訳ではありませんわ。いつもは流れ作業のごとくスルーしていた処刑の瞬間に、注意を向けてみましょう。
ただ今わたくしと王弟殿下は、跪いて断頭台に首を潜らせ、処刑を待っております。
「これより、処刑を開始するっ!!」
第二王子殿下が素晴らしいドヤ顔で言い放ちました。
「…………。」
「…………。」
…………はい。この白けた空気は間違いありませんありがとうございます。
微妙な沈黙があたりを漂っております。
「……っ! アンネリーゼが、最後の言葉を残してもいいと言っている! 彼女の慈悲に感謝するんだな!!」
この空気を断ち切れるとは、さすが殿下ですわ。勇者です。そして相変わらずドヤ顔が素晴らしい。その勇気に免じて、いつもなら「は?」みたいな顔で無言を貫いているところを、最後の言葉とやらを残して差し上げましょう。
それは、あの伝説の言葉。王弟殿下が最初に死んだときに遺した言葉ですの。彼に記憶があるのなら、きっと印象に残るはずですわ。わたくしが今でも一言一句違わずに憶えているほどですもの。
ですが、これはとても残酷なことです。心の傷を掘り返して塩と胡椒と唐辛子を塗り込むようなことですわ。ですが、これはあなたに記憶があるか確かめるために必要なことなのです。
申し訳ありません、王弟殿下。あなたにはわたくしのために、犠牲になってもらいます。
そんな意味を込めて、王弟殿下にフッと微笑みかけました。
別に、わたくしが言ってみたいだけという訳ではありません。ありませんったらありません。
わたくしは気高く前を見据えました。こう、冤罪をかけられても屈しない、高貴な令嬢っぽい感じに。
そして。
大きく息を吸って。
「例えわたくしが滅んでも、第二、第三のわたくしが現れるでしょう!!!」
第二王子殿下と負けず劣らずのドヤ顔で言ってやりましたわ。
最後に見たのは、唖然とした顔のヒロインと愉快な仲間たち(仮)と、
「…………っ!……!?!?っ!!」
悶絶しながら首を跳ねられた、王弟の姿でした。
エレオノーラはかなりの変態さんです。そしてナチュラルに人の傷口をえぐっていくスタンス