プロローグ
いつからだろうか。繰り返すようになったのは。
何度も同じ時間を繰り返し、記憶があやふやになっても、最初の人生だけは鮮明に憶えている。
最初の自分は、とても愚かだった。
家族に愛されなかったために、唯一価値が認められていた“王族の婚約者”という地位にしがみついて生きていた。
そもそも、男だったら産まれたばかりの第二王子の家臣に、女だったら婚約者にするためだけに産まれたのだ。
だからこそ、第二王子のために産まれる第二王子のために努力し、第二王子の役に立つことこそが生き甲斐だと育てられてきた自分にとって、その第二王子がぽっと出の平民に掠め取られるのは、自分の生き方を否定されることと同等だった。
そこで、利害が一致した王弟と手を組んだ。
実はこの平民は、王太子を産むと同時に亡くなった王妃と縁戚関係にあったのだ。
王は王妃が亡くなってから心労で病を患い、暗殺しても怪しまれない状況だ。第二王子は才覚はあるものの、妾腹であるため王太子以上の王位継承権はない。凡庸な王太子が即位するならば摂政を付けることが必至で、その摂政彼の叔父である王弟が選ばれるのは当然だ。
つまり、あと少しで事実上王権を手に入れられるはずだったのだ。
だが、王妃と縁が深い彼女と第二王子が結婚してしまったら、付け入る隙がなくなってしまう。
どちらにせよ、二人にとって彼女は邪魔だった。
よって、暗殺を企んだ。
結果は惨敗。暗殺が発覚し、王弟は王位継承権の破棄。自分は婚約の破談。とどめとばかりに庶民である彼女が王妃の縁者だったことがわかり、第二王子と婚約し、自分は王族への暗殺、王弟は王位を狙った反逆者として揃って処刑台送りになった。
まるで物語のように完璧なシナリオだ。ヒロインは運命の王子様と出会い、真実の愛を知り、王子様とその家臣たちとで悪役を倒してハッピーエンド。実は高貴な生まれだったことを知って、王子様と結婚し、二人は幸せに暮らしました。
で、終わるのが妥当だろう。でもそれでは終わらなかった。少なくとも、悪役にとっては。
時間が遡っていた。処刑台で首を落とされたと思ったら、その十三年前の五歳の、第二王子と初めて出会ったころに。
初めは歓喜した。神がやり直す機会を与えてくれたのだと思った。
繰り返すたびに第二王子を繋ぎとめ、暗殺を成功させようとしたが、ことごとく失敗し、王弟と共に処刑された。
五回目からは、婚約者の立場にこだわることをやめた。長い時間を繰り返すことで、この考えがいかに愚かかわかったからだ。だが、何度繰り返しても同じ暗殺容疑で殺される。やっていないのに、だ。
十回目を過ぎたとき、これは運命なのだと悟った。どうやっても逃れられない結末に、呆然とした。
十三回目、繰り返される死に絶望した。
二十回目には、何度も同じ理由で殺されることに作為的なものを感じ、恐怖した。
神か悪魔かわからないが、もしかしたら自分の一挙一動は誰かにチェスの駒のように動かされていて、そこに自分の意思はないのかもしれない。
もしかしたら、記憶を持って繰り返す以前から、記憶を持たずに同じ時間を延々と繰り返していたのかもしれない。
そもそも、自分が今見ているものは現実なのだろうか?現実とは何なのだろうか。
三十回目は、自分だけ繰り返される孤独に気が狂いそうになった。もう既に狂っていたのかもしれない。
三十五回目を過ぎたころ、自分が狂っていることを自覚した。何もかもどうでもよくなった。この世界がどうなっていようと、どうでもいい。自分の意思があっても、なくても、どうでもいい。
五十回を過ぎてから、もう数えていない。何をする気も起きなかった。しいていうなら、学べるだけのことを学んだくらいだ。ただの年寄りの暇つぶしだ。なにせ生きている時間すべてが余生のようなものだったのだから。おかげで大抵のことは完璧にできるようになったが、特にどうとも思わなかった。むしろ、この金のかかった家庭教師から学びたい人がいるだろうから、そちらを教えればいいのに、とすら考えた。
からっぽのまま、流れゆくときを絵画のように眺めた。
死んで、生きて、死んで、生きて、死んで。涙の出し方も忘れた。
自分以外のすべてと、音を通さないガラスの壁の隔たりがあるように感じられた。
繰り返す時間にも、死にも、もう何も感じなくなった。絶望もしないが、喜びもしない。
いつからだろうか。繰り返すようになったのは。
何度も同じ時間を繰り返し、記憶があやふやになっても、最初の人生だけは鮮明に憶えている。
最初の自分は、とても愚かだった。
暴力的なまでに愛し、怒り、憎み、哀しんでいた………………はずだ。
今はただ、最初の自分も過ごしていただろう時間を歩んでいくだけだ。
もう戻りたいとは思わない。だが、最初の名残を感じたら、ほんの少しだけ郷愁を覚えたりする。
そう、今みたいに。何度この光景を見ただろうか。
今回も、婚約者である第二王子と、その側近である宰相令息、近衛騎士団団長令息、魔術師団団長令息、大手商家であるバーテン家令息、辺境伯令息によって、断罪されている。
ここで、このとき、自分は、怒り狂って絶望し、世界のすべてを恨んだのだろう。ああ、懐かしい。