第九話 ユリアちゃんが欲しければ、わたくしの屍を越えて行きなさい。
カーテンの隙間から朝日が降り注ぐベットの上。
聞こえてくる小鳥の鳴き声。
爽やかな朝。
そして…………
侍女に凝視されているわたくし。
昨日、あれから陛下の元へ突撃し、無事それなりの客室を借りることができたのですが、そのとき侍女も一人付けられたのです。彼女が監視も兼ねていることも理解しております。
ですが、ね? 確かに警戒されるとは思いましたわよ? ですが、ここまであからさまだと、なんとも言えない気持ちになりますわね……。
「おはようございます。エレオノーラ様。」
「おはようございます。」
伸びをしてから起き上がると、ベット脇のテーブルに置いてあった陶器の洗面器で顔を洗い、ふかふかのタオルで拭いました。準備がいいですわね。ベルクヴァイン家ではこうはいきませんでしたわ。
侍女はカーテンを開けております。
「朝のお茶は召し上がりますか?」
「ええ。紅茶をお願いいたしますわ。ストレートにしてくださいまし。」
「かしこまりました。」
しばらくして、ティーセットと茶葉を持ってきて、お茶をいれ始めました。王宮では、毒の心配がないように目の前でお茶をいれますからね。慣れているのでしょう。流れるようなその仕草には、一切の無駄がありませんわ。
「あなたがわたくし付きになるんですの?」
「はい。」
「あら、でしたら名前を知っておいた方がいいですわね。なんて呼べばいいでしょうか?」
「ユリア、とお呼びください。」
「あら、ユリアちゃんとおっしゃいますのね。可愛いお名前ですわね。」
「ちゃん……?」
本当にユリアちゃんは可愛いらしい方ですわ。薄茶の巻き毛に、クリクリとしたエメラルドの目。歳は十七、八ではないでしょうか。恋人はいるのかしらね。いなかったとしても、こんなに美人さんですからモテモテでしょうね。
ですが、クールな感じで、色恋に興味がありそうには見えません。主人となるわたくしとしては喜ばしいかぎりですけれど、この冷たい視線で心を折られた男共が目に浮かびますわね。けれども……………。
「あまりやりすぎると、開花させてしまうかもしれないから気を付けてくださいましね、ユリアちゃん。」
「……は?」
アレにはわたくしも経験があります。アレは無敵です。人類と別のものと考えた方がいいのです。邪険に扱えば悦ぶ、放置しても悦ぶ、だからといって、感じよく接すると脈があると思われる。死角はありませんわ。思い出したら寒気がしてきましたわね。
「強く生きてくださいね。ユリアちゃん。」
「!?」
ですが、安心してください、ユリアちゃん。わたくしの庇護下へ入った以上、そんな不埒な輩は何人たりとも近付けませんから。わたくしの侍女になったのならば、わたくしの娘と同等。いや、むしろ孫。……はっ!? これは……念願の “おばあちゃん” になれるのでは?
「ねえ、ユリアちゃん。わたくしのこと、おばあちゃん、と呼んでみてくださらないかしら?」
「………意味がわかりかねます。」
「あらあら。遠慮しなくてもいいですのよ?」
「…………朝食はいかがなさいますか?」
ユリアちゃんは、素晴らしいスルースキルの持ち主だと考察いたしますわ。
あれから、部屋で軽い朝食を食べ、湯浴みをしたのち、未来の王子妃になるための勉強という名目のもと、着替えて蔵書館へ向かいました。
王太子妃でもあるまいし、礼儀作法が完璧で、ある程度の教養さえあれば妾腹の王子妃なんてつとまるので……というかぶっちゃけ、年の功もあり王太子妃も余裕でつとめられるので、蔵書館へ行く必要はないのですが、暇潰しにはちょうどいいと思ったのです。おじさまに会えるかもしれませんし。
……………ルードヴィヒ殿下をおじさまと呼ぶのは違和感がすごいのですが、こればかりは慣れるしかありませんわね。
昨日と違い、今日はユリアちゃんも一緒です。わたくしほどの身分の者が、供も付けずに王宮をうろうろするのは非常識ですからね。一人しか供がいないことすら、珍しいですし。
それに、ユリアちゃんは陛下からわたくしの監視を仰せつかっているでしょうから、付いてこないように言ったとしても、無駄ですものね。あと、わたくしが可愛い女の子と一緒に歩きたいと思っているのもありますが。
案の定というべきか、おじさまはいらっしゃいました。
昨日と同じ場所で、昨日と同じローテーブルやクッションを用意して、すごくくつろいでいらっしゃいました。本日のお菓子は、パウンドケーキのようですわね。昨日と違うところは、おじさまの背後に侍従が控えていることでしょうか。
おじさまは、すごくつまらなさそうな本を、すごくつまらなさそうな顔で読んでおりました。まさに、噛ませ役を倒した悪役が、「他愛もない……」などと言いそうな顔ですわ。
「おはようございます。おじさま。あえてつまらない本に時間を割く、清々しいまでの時間の浪費っぷりには強く感銘を受けましたので、わたくしも些細なことだと見越してあえて問います。どうしてその本を読んでいらっしゃるのですか?」
おじさまの読んでいる本は、淑女教育で誰もが一度は読む、いかに面白くない本の中身に耐えきり、どれだけ覚えられるかの限界に挑戦するための教材なのです。
ちなみに内容は、どこかの名家のご令嬢が自費出版された、作者である “アタクシ” がどうして神のごとく素晴らしいかを延々と書き連ねてあるものですわ。
「うむ。おはよう。君の心意気に応え、教えて差し上げよう。昨日、君と別れたあとのことだ。私は通りすがりの侍女に、陛下の頭髪がはたして地毛なのかどうかについて、ずっと話し続けていたのだ。彼女は、嫌な顔ひとつせずに頷き続けた。私はその鉄壁の笑顔が少々怖くなってしまってな。どうして興味のない話に微笑むことができるかわからなかったのだ。その謎がこの本にあると耳にしてな。」
「まあ! その侍女の方がとても可哀相ですわね!」
「だろう。という訳で、座りなさい。」
「何がという訳なのかは理解できませんが、失礼いたしますわ。」
クールなユリアちゃんを、いかにしてエレオノーラさんたちは苦労性属性へ変質させていくのか……。




